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恋いろ  作者: AlphaLD
6/6

ろく 強か

 綺音と瀧黎ちゃんも昼食を注文し、4人で机を囲む。


「いただきますわ!」

「「いただきます」」

「いただきます」


 嘩珀弥さんが先頭を仕切り手を合わせて声をあげる。それに続きアタシと綺音が同時に放ち、遅れて瀧黎ちゃんが言葉を続けた。

 嘩珀弥さんは丁寧に箸を手で持ち、焼き鮭の果肉をほぐす。


「これは、ホロホロですわ……」


 柔らかく切りやすいその肉に感動しつつ、箸で解した一部を持ち上げる。かなり少量しか取っていないが、彼女の小さな口には丁度良さそうだ。

 満を持して嘩珀弥さんが解した鮭を口へと運ぶ。その一つ一つの動きにどうも目が吸われてしまう。その所作が上品で美しいから、というのもあるが、きっといつも良いものを食べてきたお嬢様だ。ここの学食が口に合うかどうかが多少の気がかりとして存在している。

 そんなことを知る由もない嘩珀弥さんが鮭を口に含み、1度、また1度と咀嚼そしゃくをする。そして真剣で落ち着いたその表情は遂に決壊し、口元を綻ばせて閉じていた目を小さく開く。


「……美味しいですわぁ♪」


 口に含んだ鮭を飲み込んだ嘩珀弥さんがそう口にする。その顔は幸せに満ちており、頬を軽く上気させていた。

 その顔にホッとする。それとは別に、その蕩けた顔についつい見蕩れてしまう。


「……見すぎだよ」

「え?」


 前方に座る綺音が小声でそう伝えてくる。しまった、うっかり嘩珀弥さんの顔を凝視してしまっていた。

 当の本人は気づいていないようなので、アタシはそそくさと視線を逸らし、生姜焼き定食を頂くことにする。


(うん、変わらず美味しい)


 その味の美味しさはいつもと変わらない。けれど、隣で美味しそうに嘩珀弥さんが食べているからか、いつも以上に美味しくも感じた。


─────────────────────────


 静かに食べるのも良いものだが、お喋りな綺音がいるため、自然と食事中でも話が弾んでいた。


「───そうなの!?」

「えぇ、そうなんですわ!」


 会話に鼻を咲かせる綺音と嘩珀弥さんとは対象的に、アタシと瀧黎ちゃんは黙々と食べていた。昨日の食卓でも話していたのはほぼ唯那、アタシと瀧黎ちゃんは話を聞きながら食べていた。

 アタシも瀧黎ちゃんも特に気にすることなくご飯を食べていると、綺音が嘩珀弥さんとの会話で言葉を詰まらせた。


「みんな、気を使って聞けてなかったけど……」


 そこで言葉を止める。どうやら婚約破棄の話が気になっているようだ。しかし、話していいものかと思案しているようだ。それを見た嘩珀弥さんが首を傾げるも、すぐに察してくれた。


「ん?あぁ、婚約破棄の件ですの?」


 とまぁあっさりと。そのあっさりさに黙々と食べていたアタシと瀧黎ちゃんも視線を送ってしまう。


「え、そんなあっさり言っていいものなの?」


 綺音も驚きに声を漏らしていた。


「別に隠すこともないことですわ。テレビでも取り上げられていることですもの」

「た、たしかに……」


 嘩珀弥さんは綺音に笑みを向け、箸を置く。トレーの上に置いてある料理はほとんど無く、話している間に完食していたようだ。

 箸をトレーに置いた嘩珀弥さんが手を合わせ、ご馳走様でしたとつけてから綺音に顔を向けた。いや、正確に言えばアタシと瀧黎ちゃんにも。


「ニュースで見ている通りですわ。わたくしは許嫁の方との婚約を破棄しましたの」

「や、やっぱりそうなんだ……」

「ですがご安心を。お互いに納得の上での決断ですわ」


 そう言って笑顔を見せる嘩珀弥さんの言葉に嘘はないと確信させるものがある。


わたくしとあの方は小さい頃から共に育ってきましたが、正直姉弟のような関係ですの。2ヶ月ほど付き合ったりもしましたが、どうにもその関係としか思えず結婚もありえない話でしたの。それにあの方にはもう心に決めた方がいましたので」


 そう淡々と語る嘩珀弥さんに名残惜しさや躊躇いはない。本当に言葉の通りなのだろう。


「心に決めた人?」

「えぇ、わたくしから見てもあの2人はとてもお似合いで、とても仲睦まじかったですわ。そんなお2人を()であるわたくしが邪魔をするなんていけませんわ。ですので、おおやけに婚約破棄と言葉にしましたの」


 話ぶりに、恐らく形だけの結婚も視野に入れていたのだろう。だが、そうすれば否応なしに相手方たちの会う頻度も減ってしまう。それを危惧した嘩珀弥さんがそれはやめておこうと折り合いをつけたのだろう。


「ふふ……」


 自然と笑みが漏れる。アタシのそんな反応に嘩珀弥さんが首を傾げていた。


「?」

「大切な弟を思って……いいお姉ちゃんね」

「……えぇ」


 アタシの言葉に嘩珀弥さんが笑みを浮かべ、頷いてくれる。


「お互い納得の上でもすごい決断だよね」


 綺音の言葉に嘩珀弥さんが苦笑いを浮かべた。


「そうですわね、そのせいで家を追い出されることになるとは思ってもいませんでしたわ」


 その言葉を聞いた瞬間、全員の思考が固まる。そして、嘩珀弥さんを除く全員が一斉に顔を合わせ、一斉に嘩珀弥さんを向く。その無駄のないスムーズで息のあった動きに嘩珀弥さんが驚いている。


「え、どうかされまして?」


 そうキョトンとする嘩珀弥さんに綺音が一番に口を開く。それに続くようにアタシと瀧黎ちゃんも言葉を続けた。


「待って待って待って!」

「どうしたって、なんでそんな平常心っ!?」

「家、家を追い出されたって!」

「え、え?わわっ!?皆様落ち着いてくださいませぇ!」


─────────────────────────


「ふぅ、ふぅ……ちゃ、ちゃんとご説明を致しますから」


 嘩珀弥さんが肩で息をする。それもそのはずだ。一斉に質問を投げるアタシたちをどうにかこうにか制止したのだから。


「ご、ごめんなさい、取り乱しちゃったわね」


 実際ここまで取り乱したのはいつぶりだろうか。


「いえ、お気になさらずに……」


 そう言って嘩珀弥さんが深呼吸を繰り返す。その呼吸はまるで自分を落ち着かせ、覚悟を見せるかのようだ。


「ふぅ……」


 何度か深呼吸を繰り返し、嘩珀弥さんが最後とでも言うように息を小さく吐いた。


「……許嫁との婚約を破棄と、先程お話しましたわよね?」

「う、うん」


 綺音がそう返答する。その様子は固唾を飲んで言葉を選んでいるようだった。


「その許嫁の方はわたくしのお父様が設立した財閥……いえ、もう解体されていますから、グループと言った方が適切ですわね。そのグループと同じくらいに力を持つグループを担う方を父に持っていますの」


 嘩珀弥さんの父親が持つグループ。苗字を取り『嘩珀弥グループ』と名がつけられているグループ。ウミヘビをモチーフにしている家紋を掲げていることから、『ウミヘビグループ』なんて呼ばれ方もしている。いや、主にはそちらで名を通している。

 そして、そんな嘩珀弥さんの父親が持つグループと同じ力を持つグループ。こちらも苗字を取り『臥嶽ががくグループ』と名がついている。しかしこちらも烏をモチーフとした家紋を掲げているため、『カラスグループ』と呼ばれている。

 先ほど嘩珀弥さんが掲げていたカードに書かれた絵柄がそれぞれの家紋につけられていた動物。とすると、あのカードは両グループの共同開発物ということになるのか。


わたくしのお父様は弟のお父様と小さい頃から仲が良く、親友関係と呼べる間柄ですわ。それもあってグループ間でもとても仲が良いんですの」


 話を聴けば聴くほど、そのスケールの大きさに驚かされる。


「そして、ウミヘビグループにはわたくしが、カラスグループには弟が産まれたことで、その2人を将来的に結婚させて2グループの結合及び未来を託そうと考えていたみたいですわ」

「政略結婚、てことですよね?」

「砕けて言えばそうなりますわね。それを取り仕切ったのがわたくしのお父様ですの。ですから、わたくしと弟の婚約破棄宣言は言ってしまえばお父様の顔に泥を塗る行為に他なりませんの」

「じゃあ、その責任として……?」


 綺音の言葉に嘩珀弥さんが頷く。その顔には先ほど婚約破棄の話をしていた凛々しさはなく、弱々しく見えてしまった。

 まさか本当に家を追い出されていたなんて思ってもみなかった。和翔の勘は意外と当たるが、ここでも当たるなんて。


(責任か……)


 その言葉の重みはきっとアタシたちのような平民には分からない。だからここでそんな親は最低だなんて軽々しくは言えない。それはきっと綺音や瀧黎ちゃんも思っていることだから沈黙が流れるのだろう。しかし、喋るのが好きな綺音がこの沈黙に黙っていられるわけもない。


「家、追い出されちゃったって言ってたけど、住むところとかは大丈夫なの?」


 綺音の疑問に嘩珀弥さんが口を開く。


「大丈夫ですわ、そこは家の者が色々と手配してくれていますの」


 そう語る嘩珀弥さんの顔に先ほどの悲しげな表情はない。


「へぇ、てことは追い出されたけど別に家の人たちとは仲が悪いとかじゃないんだ」

「ちょっと綺音……」

「えぇそうですわね。特にわたくしを小さい頃から支えてくださっていたメイドや執事たちはわたくしの為に家を出てきてくださっていますわ」


 綺音の遠慮のない質問に大丈夫かと言葉を漏らすも、嘩珀弥さんに気にする様子はなく、こちらもかなり素直に言葉を続ける。


「家を出て、ですか?」

「そうですわね。と言っても、わたくしが住む場所の手配が終わるまででしたので、今日でまた家へと帰ってしまわれるのですけど」


 驚く瀧黎ちゃんに正直こちらも賛同せざるを得ない行動力だ。小さい頃から世話をしてきた娘のような存在の子が突然家を追い出されたともあれば心配にもなるのだろう。


(……いや、きっとそれだけじゃ───)

「……慕われているんですね」


 アタシがそう思う前に瀧黎ちゃんが口にする。たった数日であろうとも、家の全てを放って嘩珀弥さんについて行くことはきっと家主、嘩珀弥さんの父親が許さないだろう。反対もされただろうし、止められただろう。それでも、その言わば雇い主の言葉にそむいてまで家を出て嘩珀弥さんについて行った。そんな行動ができるのは嘩珀弥さんのことを心から慕っているからだ。


「えぇ、そうですわね」


 嘩珀弥さんが断言する。その目に揺るぎはなく、心の底から慕ってくれている人たちのことを信頼しているからだろう。


(強いな……)


 その強かな様子に執事の人たちがこの人を慕う気持ちが分かる。アタシには少し眩しいけれど。


「じゃあさじゃあさ、この学園に転校してきたのは?」


 綺音がまた新たに質問を投げる。


「住む場所から元々の学校が遠いというのもありますし、色々と学びたいとも思っておりましたので、こちらに転校を決意しましたの」

「色々と学ぶ?」


 嘩珀弥さんの言葉にどういうことだろうと思い、問いかける。


「えぇ。いつか家に帰り、お父様の跡を継ぐのであれば色々と学んでおかなければいけません。先ほどの支払いでも、基本は硬貨や紙幣と呼ばれるものと商品との等価交換だと学べましたわ」

「さすがに初歩的な気が……」

「えっ、そうなんですの……?」


 強かに発言したと思えば瀧黎ちゃんの言葉に弱々しくなってしまう。


「いつかは家業を継ぐために努力する、すごくいい心構えね」

「ふふん、そうでしょうそうでしょうともっ!」


 かと思えばドヤッと胸を張る。本当に感情表現が豊かな人だ。


「この学園に入るから越してきたんじゃなくて越してきたから学園に入ることにした……うぅん、わたしたちじゃ到底到達しそうにない考えだ……」

「ただこちらへと引越しをするからこちらの学園に転入を決めた、というだけの理由ではありませんわ」

「あ、そうなんだ」

「えぇ、これも家の者の伝手というものですわ」


 嘩珀弥さんの家族の人、いや執事やメイドはかなり顔が広い様子だ。この学園すら伝手だとは。


「そういえばさ、暮らす場所は確保できてるって言ってたけど、どんなところかはもう聞いてるの?」


 綺音がそんな質問を嘩珀弥さんにする。先ほど話していた内容と繋がりはあるが、多少違うため急と言えば急な話題変換だ。綺音はこういうことをよくやりがちだ。その度に多少驚かれたりされているのだが。


「えぇ、場所のことはしっかりと聞き及んでおりますわ」


 嘩珀弥さんは特に気にする様子はない。テレビに出て色んな記者から矢継ぎ早に質問されたことを何度も経験してきたであろう嘩珀弥さんからすれば気にならないのだろう。


「へぇ……あ、もしかしてそこって元々旅館の家だったり?」


 綺音の言葉にため息をつく。綺音の言う元々旅館の家というのはアタシと唯那が暮らす家の事だ。そこ以外で元旅館の家はないから間違いないだろう。


「そんな訳ないでしょ綺音、変なこと───」


 そう言葉を続けようとした。しかし、意外なことに嘩珀弥さんの表情は呆れや否定と言ったものはなく、ただただ驚きに満ちていた。


「なんで知っていますの?」

「───え?」


 さすがに呆気にとられた情けない声が漏れ出た。

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