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ミナミ

 私の手を掴んだ彼女は、両手を使い、穴から私の体を引き上げた。私は掴まれていない方の手を穴のへりに手をかけて、自分の力でも穴から抜け出そうとした。そして、何とか、穴の中から這い上がることができた。私は周りが太陽で囲まれている森の景色を見て安心し、その場の地面に寝そべった。


「うわ、びしょびしょ。もしかして、昨日の夜からこの穴にはまっていたんですか?」

 私は寝ころびながら、小さくうなづいた。


「それは大変!何か温かいものがあればいいんですが……。今、火種は持ってないからなあ……。


 ああ、ちょうどいいものが。」

 そう言って、彼女は立ち上がると、近くの地面から、何か赤白いものを拾い上げ、私の手の上に置いた。その赤白い物体は手から零れ落ちるほどの大きさで、全体的に生暖かい。だが、獣臭く、血生臭い。


「鹿の臓物くらいしかないですけど、これで少しは暖かくなるかなあと。」

 彼女は悪気のない顔でにこりと笑っている。その笑顔の右頬には、鹿の血が付いていた。凍えていれば、獣の臓物を渡される異世界と言うのは恐ろしいものだと思った。私は彼女の笑顔に、苦笑いで答えた。


 そして、彼女はもう一つ地面に置いてあった腹の臓物が抜き取られた鹿の死体をヒョイと持ち上げた。

「ところで、ここで何をしていたんですか?


 ここら辺の人だったら、この森に入ろうとしないと思うんですけど、ジュバングの人ですか?」

 私は鹿の臓物を握りしめながら、彼女の質問に答えた。


「ああ、少し、遠くから来てね。そしたら、こんな穴にはまってしまった。」

「それは申し訳ないです。この村の風習で、この時期には落とし穴を掘って、狩猟をするんです。このくらい深く掘らないと、獲物が逃げてしまうので……。」

「そうですね。これだけ深ければ、獲物は逃げることができないですね。私が保証します。」

「すいません……。この他にも落とし穴はたくさんあるので、私の後についてきてもらえますか? きっと、穴の中で一晩を過ごしたなら、きっと疲れているでしょう。」

「そうですね。かなり。」

 私はそう言うと、穴の中での出来事が走馬灯として流れ込んだ。


「ところで、あなたの名前は?」

「ミナミです。 私の名前はミナミ。」

「ミナミさんですか? 私は晴野耕太郎です。」

「へえ、苗字があるなんて、身分が高いんですね。」

 私は彼女の姿を見渡すと、血で汚れた古い浴衣を着ていて、頭の黒髪にはかんざしを挿している。庶民に苗字もないとなれば、大体、中世日本くらいの世界観だろうか?


「まあ、もう、その身分も地の底に落ちてしまいましたがね。」

 私は穴の底を指さして、そう言った。


「フフッ、そうね。


 でも、穴に落とさせてしまったことは申し訳ないと思っているわ。きっと、お腹がすいているでしょうから、私の家に着けば、ご馳走しますよ。ちょうど、良い肉がありますしね。」

 そう言って、彼女は笑顔で、鹿を持ち上げた。私はその笑顔につられて、笑みをこぼした。そして、私は、鹿の臓物を持ちながら、立ち上がった。


 しかし、私は自分の体が限界に来ていることに気が付いていなかった。今までに感じたことのない立ち眩みが私の意識を揺さぶるのだった。私はこの短期間で、何度気を失うのかと思いながら、頭から倒れてしまった。

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