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暗く狭い穴の中で

「フフフフッ


 穴の住み心地はどうですか? 耕太郎さん?」

「ああ、じめじめして気持ちが悪いね。それに、落ちた後から体中が痛いよ。」

「ドジですね。考え事をして、あんなあからさまな大穴に落ちてしまうなんて。」

「そうだな。それは否定できない。」

「ああ、あなたはもしかしたら、私の力でこの落とし穴から出してもらえるんじゃないか?と思っているかもしれませんが、助けられませんよ。」

「なんで? 助けられ気満々で、会話していたんだけど。」

「基本、悪魔は異世界に干渉できないんですよ。」

「そうなの?」

「そもそも、異世界に干渉できるのならば、あなたを送り込んだりせずに、私自身が世界を創造すればよいじゃないですか?」

「確かに?」

「だから、あなたを救う力は私にはありません。強いて言えば、あなたがその穴で孤独死しないように、話し相手になってあげることかあなたのこれを使って遊んであげることしかできないですよ。」

 そう言った後、私の心臓が撫でられるような感触を感じた。


「やめてくださいよ。その心臓を撫でるやつ。むず痒いし、怖いんですよ。一回、殺されてるし。」

「フフフッ、まあ、頑張ってその穴から出てみてください。餓死したら、その時はその時で。」

「そんなあ。」

「それと、私は悪魔の本業が忙しいので、一旦連絡が取れなくなります。話し相手になってあげられなくてごめんなさいね。じゃあ、生きていたら、また、お話ししましょう。まあ、死んでいても、地獄で会うことになるでしょうけど。」

 そう言って、リリスからの連絡は途絶えた。私は再び、穴の出口を見上げる。穴は深く、私の身長を二人縦に積み上げたとしてもまだ穴の出口に届かない。穴の広さは私が足を畳まないと寝そべることができないほどの広さだった。


 私は何度もジャンプして、手を伸ばしたが、まだ穴の出口まで60cm程の高さだった。さらに、穴の壁はとても柔らかく、いきなり土が崩れ、生き埋めになってしまう可能性があったので、むやみに穴の中で動くことは出来なかった。


 この穴は生き物が掘ったにしては垂直すぎる上に、深すぎる。どう頑張っても、人間が道具を使って、掘ったとしか思えない。だから、穴の堀主が助けに来る可能性に賭け、私は穴の底で待つことにした。幸い、土は柔らかく、寝心地は悪くはない。足を伸ばして寝ることができないことが残念だが、私は穴の底で寝そべり、目を閉じた。




 私は頬の上に落ちる水滴に気が付いて、目を覚ました。目を開けると、穴の上暗くなっていて、夜になっていた。そして、頬に落ちる水滴はぽつぽつと多くなる。


 雨だ。


 次第に雨粒の大きさと頻度は多くなる。強くなった雨は、すぐに私の服と体を濡らした。雨はただでさえ、夜で冷えている私の体から体温を奪い取る。体の芯が冷え、手足が震えて止まらくなるまで、そう時間はかからなかった。


 そんな私の状況を嘲笑うかのように、雨はどんどん強くなる。雨は木々を揺らし、ザーザーと強い雨の音が穴の上から聞こえてくる。そして、穴の上で降った雨だけでなく、地上の地面に降った雨が穴の中に流れ込むので、滝のように冷たい雨が落ちてくる。


 これで、穴の中に水が溜まれば、泳いで、穴の上に脱出できるかもしれないが、無情にも雨水は地面に吸収され、穴の中に水が溜まることはなく、ただ、穴の底の土を泥に変えるだけだった。


 私は何もできずに、座って耐えるしかなかった。鼻水がだらだらと溺れ落ち、手足の感覚は少しずつ失われている。私は手のひらに息を吹きかけようとするが、震えが酷く、腕が自由に動かすことができない。私の体は憔悴しょうすいしきっていた。


 私は駄目だと思った瞬間、体の力がすっと抜けた。そして、私は座ったまま、バランスを崩し、横へ倒れてしまった。私の倒れこんだ顔には泥がべっとりと付き、顔を冷やした。


 やっぱり、神様はいないんだ。


 私が頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。私の人生の最後にずっと思っていたことが、二度目の人生でも再び思うことになった。


 神様がいるのならば、なぜ、私を助けないんだ。なぜ、私をいじめるんだ。なぜ、私が何かしようとしたら、それを奪い去るんだ。あの時もそうだ。××××××の時もそうだ。


 ……ああ、そうか、記憶を消されているんだ。


 もうどうでもよくなった。二度目の人生も誰にも看取られることもなく、寂しく、暗く狭い空間で死んでいくんだ。私はそう覚悟を決めると、目をそっと閉じた。




 久しぶりに目を覚ますと、明るい日差しが目に入り込んできた。雨は止み、小鳥の鳴き声が聞こえる。体は何かに押さえつけられているかのように重い。体はまだ冷たく、腹は異常に減っている。


 だが、生きている。 神様は私を見放さなかったのだろうか?


 いや、違う。


 私が神に勝ったんだ。


 どれだけ、私が神に何を奪われようと、命だけは奪われずにいる。それは幸運だ。私だけが持つ、他人が持ちえない幸運だ。


 そうだ。だから、また、こんな暗く狭い穴の中で、終わる人間じゃない。


 そう考えると、体から力が湧いて来た。私の頭はおかしくなったってことは気が付いている。それでも、私はそんな考えを信じるしかなかった。そんな頭のおかしい希望が自分の中で神様になろうとしていたからだ。


 私は立ち上がり、体と服に付いた泥を払った。それでも服は泥まみれで、服に染み込んだ水が服の端からだらだらとしたたり落ちている。


 どれだけ落ちぶれた姿でも、やり直すんだ。この世界で。


 私は後ろ歩きで、穴の壁に背中を付け、穴の上を見上げた。私は深呼吸をした後、ぬかるんだ地面を踏み締めて、真上に飛んだ。ふわりと浮き上がった体だったが、やはり、体は疲れているらしく、最初に飛んだ時より、全く飛べていない。


 まだ穴の出口が見上げるような位置で、体が落下を始めた。そんな中、私の体は咄嗟に、穴の壁を蹴り上げた。すると、私の体は蹴り上げた反動で、後ろ側に向かって進み始めた。そして、私は体を反転させて、目線を変えると、穴の出口が手を伸ばせば届くところにまで来ていた。私は穴の出口に向かって、全力で手を伸ばし、穴のへりに指がかかった。


 しかし、私が掴んだ地面はボロリと崩れてしまった。そして、私の体はそれに従って、落下し始めた。落下する私の視界は、太陽の光が段々と小さくなり、その光を包み込む穴の闇が大きくなっていくのだった。


 光は、希望は、段々と失われる。そして、闇に、絶望に、段々と引き戻される。


 私は無意識に、光へと手を伸ばしていた。誰かが、この手を取ってくれれば、私がようやく、希望を見つけたって言うのに……


 すると、その伸ばした手が、自分以外の手に掴まれていた。それは、とても白く、美しい手だった。


「危なかったですよ。もうちょっとで、落ちてましたよ。」

 私が穴の上を見上げると、若い女性が私の手を掴んでいた。その女性の顔は太陽に照らされ、光り輝いていた。

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