リリスの命令
眩い光がまぶた越しに私の目を差した。
私はその光によって、段々と意識を取り戻し、目を開けた。すると、ギラギラと光る太陽が木々の隙間からこぼれ落ちていた。辺りを見渡すと、木々は高くそびえたち、隙間なく生えている。ただ、私の寝そべっている所だけが、太陽の光が入る隙間となっている。
その雰囲気は、勇者の剣が封印される妖精の森のように神聖な感じがした。そして、吹き通る風は涼しく、気持ちがいい。私は寝そべったまま、大きく空気を吸い込んだ。
森の澄んだ空気の匂い、太陽の明るさと風の心地よさ、視界の限りに広がる森。
長年、かび臭く、せまっ苦しい暗い部屋で暮らしてきた私にとって、このような自然の空間は久しぶりに心躍らす体験だった。私はこの心のわくわくを胸の中にとどめながら、肺に溜めた森の空気を吐いた。そして、体を起こし、立ち上がると、あることに気が付く。
体が軽い。私は自分の手や足を見てみると、手には潤いがあり、しわはない。さらに、寝たきりによって、しぼんだ足の筋肉は若い頃のまま、元気なままだ。もちろん、その若返りに伴って、体は軽く、煙草によって、蝕まれた肺もきれいになっているようだった。
「はーい。聞こえていますか?」
私の頭の中に、リリスの声が流れ込んできた。私はそのリリスの声に応えるように、うなづいた。
「どうやら、異世界転生はうまくいったようですね。あなたはぴちぴちの20代の男の子に転生しました。身体能力は普通よりも高めの農業向きにしておきました。そして、この世界の言語を問題なく聞き取れるように、マルチリンガル機能も付けてまーす。
まあ、裏を返せば、それ以外の能力を何もつけていないんですが……
それはさておき、重要なことを伝え忘れていました。その異世界なんですけど、魔法や魔物がないような異世界です。本当は問題になっている魔王のいるような異世界に飛ばしたかったんですが、私が選べる異世界は、天使や神が選ぶ異世界の余り物しかないので、魔法や魔物の無しのノーファンタジー世界しかないんですよ。」
「魔法や魔物がある異世界は、価値が高いのか?」
「そうですね。やはり、そのような魔力が主流の世界は、神や天使の上級職が管理してしまうので、一般悪魔に回ってくる異世界は、本当にあなたの住んでいた地球と同じく物理法則が主流の世界ですね。
だから、よく話のネタにされるのは、神や天使の管理する異世界なんです。私達一般悪魔も仕事として、悪人を異世界に送り込んでいるのですが、ノーファンタジー世界ではつまらないらしいので、悪魔も異世界転生をしていることは、一種のうんちくみたいになっていますね。」
「私は悪人なのか?」
「そうですね。出ないと、地獄には来ないでしょう。悪魔の異世界転生はスパルタですよ。結果を出さないと……。」
私はリリスが言葉に詰まったかと思っていると、心臓の辺りに激痛が走る。
「心臓、握り潰しちゃいますからね!」
私はあまりの痛さに、息ができず、心臓を押さえた。
「じゃあ、あなたが私を怒らせない方法を伝えましょう。
その世界は先ほど言った通り、魔力がないので、世界としての価値が低いです。なので、その世界を魔力のある世界の同等、もしくは、それ以上の価値のあるものにしてください。きっとそうすれば、ジゴチカとしては十分ではないかと思っています。」
「少し曖昧ではないでしょうか。?」
私は心臓を押さえ、痛みをこらえながら、リリスに質問をした。
「確かにそうですね。では、具体的な目標を示しましょう。
あなたが今いる森の近くに村があります。一年で、その村の村長になってください。」
「村長?」
「村長です。
まあ、いきなり、世界を変えれないでしょうから、まずは村一つを支配してみてください。これを一年目の目標とします。もちろん達成できなければ……。」
「大丈夫、分かってます。必ず、その村長になるんで、心臓を握るのはやめてください。」
私はリリスが私の心臓に何かする前に、そう頼み込んだ。
「あら、私はあなたの心臓をもてあそぶのは楽しいのだけれど……。」
「私は楽しくありません。」
「まあ、良いでしょう。せいぜい頑張ってください。でも、忘れないでください。私はあなたの変わりをいくらでも用意できますからね。もし、あなたが駄目なら、次の転生者を探せばいいのですから。」
リリスのその言葉は、目標を達成できなければ、すぐに殺すことを暗示していた。
「大丈夫でしょう。必ず、目標を達成して見せます。」
私はリリスに従順になることにした。
「あら、威勢が合って、良いわね。転生前とは大違い。転生前のやる気のないあなたよりも今のあなたの心臓の方が潰しがいがありそうね。
まあ、一年後を楽しく観察させてもらうわ。」
そう言った後、心臓を撫でられるような感覚があり、全身に嫌な寒けがした。リリスからの言葉はそこで途絶えてしまった。
私は一度深呼吸をした後、周りを観察した。リリスはこの近くに村があると言っていた。とりあえず、村にたどり着かなければ、何も始まらない。私は人がいるヒントがないか探した。すると、ざわざわと揺れる木々の音の中に、水の流れる音が聞こえた。
私はその音の方へと目を向けた。すると、その視線の先に、岩と川の様なものが小さく見えた。私はその方角へと足を進めた。私は木々の隙間をすり抜けるように走ると、水の流れる音が大きくなっていく。
森を駆け抜けた先には、案の定、川があった。
岩肌がむき出しとなって、その岩の上を透明な水が流れている。かなり川幅は大きく、私の体では、大股では渡り切れない程だった。
これほどの川があれば、下流には人が住んでいる可能性もあるが、山で遭難した時の鉄則として、川の下流に降りてはならない。川は危険だし、滝になっていれば終わりだ。何か他に人間につながる情報があればいいのだが……
そう思って、川の反対岸の木々を見てみると、何か違和感を感じた。反対側の木々はランダムに生えているのだが、その中に列を作るように直線的な並びの木々がある。その木々は森の遥か奥まで整列されている。
私はその自然では不自然な並びに、人の気配を感じた。人が何かの意図をもって、並べたとしか思えない木々の並びだ。私は川をぴょんと飛び越えると、その不自然な木々を見てみた。
「イチョウ?」
私は思わず、独り言をつぶやいた。木々に付く真ん中がくぼんだ扇形の葉っぱと少し黄色く色付いている。明らかにイチョウだった。私はそのイチョウの整列の先に何かがあるはずだと感じとった。私はその予想を確かめるために、私は等間隔に植えられたイチョウをたどるように歩き出した。
このイチョウの並びはかなり続いているらしく、5,6分歩いても、終わりが見えず、視界の奥にイチョウが続いている。まだ、川に出合っていないから、同じところをループしているというオチはないだろうが、あまりにも長い。
こんなにもイチョウを人が植える意味など何があるのだろうか? 考えるものと言えば、山で迷わないように、イチョウの木々で道しるべを作っているとか、京都の大文字焼きの様に、山に紅葉の模様を付けているとか、でも、イチョウだから、やっぱり……
そんな考え事をしていた瞬間、歩いていた地面が急に柔らかくなったことに気が付く、それはまるで、空気を踏んでいるかのように、踏み応えのない地面だった。それもそのはずだ。私は足元を見てみると、そこにはそこが暗く見えない大穴が開いていたからだ。
私はそのまま成す術なく、その奈落の大穴の中へと落ちるしかなかった。




