悪魔の契約
「はい、はい、起きましょう~、朝ですよ~。」
ぱちぱちと乾いた拍手の音と近くで叫ぶ声に思わず目を開けた。すると、果てしない闇の中に、女子高生の見た目をした女の子が立っていて、私達のいる空間にだけ光が当たっていた。
そして、その女の子は人間ではないようで、長い黒髪から立派な赤い角が二本生えていて、吸血鬼の様な八重歯を生やし、背中にはコウモリの様な翼が生えていて、呼吸に合わせて蠢いている。
服は黒いフリフリのドレスを着て、背中に悪魔特有の銀色のフォークを背負っている。その悪魔のような女の子は、腰回りに自分の握りこぶしを置いて、偉そうに立っている。
「おはようございます。晴野耕太郎さん。私は一般悪魔のリリスです。
今世は残念ながら地獄送りとなってしまいました。ご愁傷様です。南無南無。」
リリスと名乗る悪魔は目をつぶって、手を擦るようにして合掌した。
「さて、成仏が終わったことで、本題に入りましょう。」
リリスはそう言うと、咳払いをし、合わせた手を開き、腰に当てた。悪魔のくせして、仏教用語が多いのはいいのだろうか? そんなことを思っていると、リリスは話を続けた。
「突然ですが、あなたを異世界へ転生し、農家になってもらいます!」
リリスは声を張り上げ、手をパチパチと叩いた。やはり、悪魔なのに、転生などと仏教用語満載だ。
「あら、もっと驚いても良いのですよ。そもそも、今の状況をお分かりですか?」
「ああ、お前が悪魔のコスプレをした騒々しいあばずれだってことだけは分かった。」
リリスは頭の血管をピキリと動かして、顔を曇らせた。
「じゃあ、まだ状況を飲み込めていないみたいね。私はあなたの心臓を握りつぶしてあげたのだけれど、もう一度、握り潰されたいのかしら?」
リリスは拳を握りしめて、こちらを睨んできた。
「あれ、お前だったのか?」
「ええ、悪魔が人間を殺せないとでも思って?」
「すいませんでした。許してください。」
私はリリスに向かって、土下座した。あの痛みをもう一度体験するのは嫌だったからだ。とはいえ、こんな奴に頭を下げるのは、なんだか屈辱だった。
「まあ、いいでしょう。ここは地獄ですから、あなたのような無礼者の扱いは慣れています。デコピンだけで許してあげます。」
リリスは空中に向かって、デコピンをした。すると、心臓がズキンと痛んだ。あまりの激痛に呼吸が一瞬出来なくなった。
「私はあなたを従者としています。それは命を握られていることと同義だということを理解して下さい。」
「……はい、分かりました。」
私は痛む心臓の痛みに耐えながら、声を絞り出した。
「よろしい。そんな従順な下僕君に主として、状況を説明してあげましょう。」
「……よろしくお願いします。」
「では、あなたを異世界へと転生させる理由を話しましょう。その理由は私が天使になるためです。」
「どういうことでしょうか?」
「説明しましょう。私たち悪魔は、人間の堕落させる一般悪魔と人間の性を奪い取る性職悪魔に分かれます。そして、昔から性職悪魔は悪魔の中でも少数しかおらず、ほとんどの悪魔が一般悪魔でした。そして、例にも漏れず、私も一般悪魔です。
しかし、最近、人間があまりにも恋愛をしなくなってしまった。
そうなればどうなるか分かりますか? 性職悪魔の需要が高くなってきたのです。そして、地獄は数の少ない性職悪魔の人員不足に悩まされました。そうなっていることを知った閻魔大王は、女悪魔を皆、性職悪魔とすることを決定したんです。
酷くないですか?」
悪魔の上司は閻魔大王なのか。鬼の上司だと思ってた。
「一般悪魔になるために、就活頑張ったのに、意味がないじゃないですか? どう思います? って言うか、あなた達みたいな根暗で根性なしな男のせいですからね!」
悪魔にも就活があるんだ。それと、恋愛しないのを男だけの責任にしないでくれ。まあ、男が大部分悪いのかもしれないが……。
「そこで、私は何かこれを避ける方法はないかと考えたんですが、それが天使に転職することだったんです。
しかしですね。悪魔が天使に就職するには、”ジゴチカ”がいるんですよ。」
「ジゴチカ?」
「地獄時代に力を入れたこと、略してジゴチカです。」
しっかり転職だ。
「それで、一番価値のあって、手っ取り早いジゴチカが、異世界転生なんです。」
「そして、私が異世界転生者に選ばれたと。
で、農家をしながら、魔王でも倒せばいいのか?」
「魔王は倒さなくてもいいです。他の悪魔と差をつけることができないですから。ジゴチカ界隈では異世界転生の魔王討伐はテンプレートと化して、もう採用の対象にならないんです。」
やっぱり、転生界隈はそうなっているのか。
「さらに、異世界転生業界では、魔王を倒したところで、文明が中世ヨーロッパで止まったまま、発展しないという問題も出てきているんです。
そこで、あなたには異世界に転生し、農業を通して、文明を発展させてほしいんです。」
「なるほど。」
「私調べによると、あなたは農業ノウハウを十分持ち、農業界の風雲児として期待された。しかし、××××××があってから、農家を辞め、煙草をふかして、寝るの繰り返しで、ずっと日々を浪費してきた。」
「……。」
「安心してください。私もあなたに活躍してもらわなくてならないですから、あなたの活躍を邪魔する××××××の記憶は転生の時に消しますよ。ただ、その記憶にもやがかかって、思い出せず、思い出そうとしても、××××××みたいになってしまいます。
まあ、いいでしょう。とりあえず、時間がないので転生させましょう。じゃあ、異世界でのセカンドライフを楽しんでくださいね。」
リリスは右手を上に挙げて、指パッチンをする準備をした。
「あなたの活躍を期待しています。まあ、活躍しなければ、あなたの心臓を握りつぶしますが……
それでは、いってらっしゃい。」
そう言って、リリスは指を弾き、パチンという音が鳴り響いた。その音を聞くと、意識がパツンと切れてしまった。




