0066.カフカ × バレエ × 電気電子工学
ここに一枚の絵画がある。
セーヌ川の左岸、オルセー美術館に飾られたエドガー・ドガの『バレエ・レッスン』
観ていると引き込まれる、不思議な引力を持った絵だ。
パリのソルボンヌ大学で量子ビットの研究に没頭する日本人研究者、反田雷香[男36才]も、この絵に魅了された一人だった。
異国での張り詰めた研究生活の息抜きとして、彼は週末になるとオルセーへ足しげく通い、セーヌの風を感じながら、その絵をただ眺め続けるのを習慣にしていた。
ある秋の週末、反田は奇妙な体験をする。 キャンバスの中で、それぞれのステップを踏む踊り子たちの配置、床に落ちる影の角度、そして背景の光の陰影。
それらすべてが突如、極めて洗練された「電子回路」のトポロジーとして脳内に飛び込んできたのだ。
その夜、反田は大学近くのカフェのテラス席で、同僚のフランス人精神神経研究者ピエールにその話を打ち明けた。
「脳が壊れたかな? 毎日、超伝導基板ばかり見ているから」
ピエールはエスプレッソを啜り、ニヤリと笑った。
「いや、共感覚の一種じゃないかな」
「共感覚?」
「文字に色が見えたり、音に形を感じたりするあれさ。お前の場合は、踊り子たちの配置や空間の対称性が、脳内で勝手に量子回路の図面に翻訳されたんだろ。量子屋なんて変人ばかりだから、驚くことじゃない」
それからも、美術館で絵画が回路に見える現象は続いた。
反田は、これが何かの研究のブレイクスルーになるかもしれないと考え、共感覚によって見えたビジョンを克明に図面へと起こし、実際に基板を製作してみることにした。
完成した回路は、驚くほど美しかった。
彼は敬意を込めて、それを「バレエ・レッスン回路」と名付けた。
そして、研究室でその回路に初めて通電させた時、決定的な異変が起きた。
基板自体が、まるで意志を持った踊り子が爪先で立ち上がったかのように、実験机の上でくるくると華麗に旋回を始めたのだ。
そして数秒後、、、「ボン」という間の抜けた音とともに、一センチほどの小さなキノコ雲を立ち上げて沈黙した。
─── 後日、徹底的な再現実験が行われた。
反田は同じ部品を使い、同じ図面を用い、全く同じ条件で「バレエ・レッスン回路」を製作した。
狂いがないか、顕微鏡で何度も確認した。
しかし、あの日の現象は二度と再現されなかった。
基板がくるくると回転することはなく、一センチのキノコ雲が立ち上ることもなかった。
反田自身の解析ログから、キノコ雲は回路への瞬間的な過負荷によるものと判明した。
だが、解せないのは「回転」だった。。。
現代の電気工学において、ただ通電しただけの長方形の基板が物理的にスピンを始めるなど、到底説明がつかなかった。
反田はさらに、焼き切れていない予備の回路の解析を続けた。
すると、予想外のデータが弾き出された、ただの汎用的な電子部品を組み合わせただけのはずのその回路の一部に、明確な「量子的ふるまい(量子もつれ)」を示す特性が見つかったのだ。
最初は測定器のバグだと思った。 だが、何度測っても、どの時間帯に試しても、結果は変わらない。
物理的な回転は再現しない。爆発も再現しない。
しかし、量子的ふるまいに関する特性だけは、完璧な再現性を持ってそこに存在していた。
反田はデスクで深く首をひねった。
そもそもこの回路は、彼が数式から設計したものではない。
19世紀の画家が描いた、踊り子たちのステップの模写に過ぎないのだ。
なぜその構造になったのか、なぜこの特性が現れるのか、理論的な説明はまだ何一つできなかった。
しかし、測定結果だけは確かだった。
研究者として最も重要なのは、高尚な説明より先に「再現性」があることだ。
そして、この回路が秘めた量子特性には、間違いなく再現性があった。
週末、反田は再びオルセー美術館の、あの絵の前へと戻ってきた。
19世紀のパリを生きたエドガー・ドガ。
まだ量子力学など影も形もない時代に、彼はただ己の美学だけを頼りに、この構図を描き切った。
ドガは天才ゆえに、この世界の真理、あるいは「宇宙の計算式」を本能的に視ていたのだろうか?
答えは分からない、だが目の前の絵画は今日も、完璧な設計図をキャンバスに湛えたまま、静かに反田を見返している。
過負荷 → カフカ
エッシャーの絵は、数式に変換できる的な話からのインスピレーション
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