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私とGPTさんの千夜一夜物語  作者: テスト


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0067.タイムトラベル × ビクトリア滝 × アカペラ (まだまだ実験中)

ここは架空のアフリカ


ビクトリアの滝が轟く土地では、水の声は夜も止まない。遠く離れた村にいても、風向きによっては、あの白い怒号が耳の奥に侵入してくることがある。眠れない夜に、それを聞いた。


青年の名はモヨ・マドア、十七歳。


異変は三日前から始まった。


最初の夜、夢の中で見知らぬ老婆に追われた。老婆の顔には目がなく、かわりに濡れた土がつまっていた。次の夜、夢の中の村が燃えた。炎の色が赤ではなく白く、音がなかった。三日目の朝、モヨ・マドアは自分の両手を見て声を失った。てのひらに、小指の爪ほどの赤い痣が、点々と咲いていた。


ハートの形をしていた。


母親に見せると、女は顔色を変え、しばらく黙った。それからゆっくりと息を吐いて言った。


「大夢麻疹だ」


声に恐れよりも、疲れに似た何かがあった。



村はずれの道を、母子は並んで歩いた。赤土の道が乾いて白く粉を吹いており、モヨ・マドアの素足に細かい砂が絡みついた。太陽はすでに傾いていたが、熱はまだ地面に溜まったままだった。


「なぜ昼間に行かないのか」とモヨ・マドアは聞いた。


「昼間の熱さは、老体にはきついのよ」と母は言った。それ以上は説明しなかった。


道の両側に、バオバブの木が間隔を置いて立っていた。幹が異様に太く、枝が空に向かって根のように広がり、まるで木が逆さまに埋まっているように見える。夕暮れの中でその影が長く伸びて、モヨ・マドアたちの足元を横切った。


やがて、においがした。


煙ではない。腐敗でもない。強いて言えば、濡れた土と、何か植物性の、青みを帯びた揮発するもの。鼻腔の奥を刺すような、しかし不快ではない──いや、不快かどうかを判断する前に、体がその匂いを記憶してしまうような、そういう種類のにおいだった。


小屋が見えた。



それを小屋と呼んでいいのかどうか、モヨ・マドアには迷いがあった。


骨格は確かに小屋だった。泥煉瓦を積み上げ、草を葺いた屋根がある。しかしその外壁に、夥しい数のものが吊るされ、貼り付けられ、差し込まれていた。動物の骨、乾燥した植物の束、色褪せた布の切れ端、錆びた金属片、意味の判別できない記号を刻んだ木の板──それらが風もないのに、かすかに揺れていた。


揺れているのではなく、震えているのかもしれなかった。


入口には扉がなく、かわりに細い骨を何本も縦に並べて吊るした簾があった。骨と骨の隙間から、内部のほの暗い赤い光が漏れていた。火の色だが、揺れ方が火らしくなかった。一定のリズムで、まるで呼吸をするように、明るくなり暗くなりを繰り返していた。


母がモヨ・マドアの背を軽く押した。


骨の簾をくぐると、音がした。骨同士がぶつかり合う、乾いた、小さな音。それがひとつひとつ、バラバラに鳴るのではなく、不思議な和音を成してモヨ・マドアの耳に届いた。


内部は狭かった。


狭いのに、奥行きがあった。


目が慣れてくると、壁という壁が棚になっており、棚の上にはびっしりと瓶や袋や、形容しがたい物体が並んでいるのがわかった。天井からも何かが垂れ下がっており、モヨ・マドアが頭をかがめると、指先に乾いた何かが触れた。見上げると、草の束だった。パセリ、セージ、ローズマリー、タイム──確かめる術はなかったが、においの一部がそこから来ていることはわかった。


奥に、人がいた。



老人、あるいは老女。判別がつかなかった。


体を布で幾重にも巻き、顔の半分が影の中にある。目だけが光を持って、こちらを見ていた。座っているのか、浮いているのか──いや、これは錯覚だとモヨ・マドアは思った。小さな台座の上に座っているだけだ。しかしその確信は、見れば見るほど薄れた。


老いた声が言った。


「大夢麻疹だな」


問いではなかった。


「ご先祖さまが、関わっておルルかも知れん」


ルル、とモヨ・マドアは心の中で繰り返した。その語尾は方言でも訛りでもなく、この人物だけが持つ何か──言語の皺のような、あるいは言葉が老いてできた節のような──そういうものに聞こえた。


老人は懐から、おもむろに何かを取り出した。


赤い紙だった。


薄く、小さく、モヨ・マドアの小指ほどの大きさしかない。しかし色だけは鮮烈で、この薄暗い小屋の中で、まるで自ら発光するように赤かった。


「これは10アカペラだ」


老人はそれをモヨ・マドアの前に差し出した。


「寝る時に、おでこに貼れ。 ──ただし、効き目はイマイっちだ」


イマイっち。それも、モヨ・マドアの知らない言葉だった。しかしなぜか意味はわかった。少しだけ効く、というのでも、あまり効かない、というのでもない、その中間にも言葉が届かないような微妙な効能を示す言葉として、モヨ・マドアの脳はそれを自然に受け取った。


老人はさらに懐を探り、今度は手のひらほどの大きさの、同じ赤い紙を出した。


「これは20アカペラだ。効き目はスコッちある」


スコッちある。確かにある。相当ある──そのくらいの意味合いが、言葉の輪郭から滲み出てきた。


最後に老人が取り出したのは、紙ではなかった。赤い布で作られた、顔を覆うほどの大きさのマスクだった。表面に、何かの記号が縫い付けられている。


「これは50アカペラだ」


老人の声が、このときだけわずかに低くなった。


「効き目は──ずんどこスンゴい」


沈黙が落ちた。


赤い光が呼吸した。骨の簾が、外から来た風もないのに、かすかに鳴った。


モヨ・マドアは三つの赤いものを見比べた。財布の中身を思った。大きな悪夢を思った。手のひらのハート型の痣を思った。


そして、一番小さい紙を指さした。



骨の簾をくぐると、乾いた和音がまた鳴った。


外の空気が、小屋の中より広かった。当たり前のことなのに、モヨ・マドアはそれを改めて体で感じた。胸が少し、開いた。


母はモヨ・マドアの顔を見て、何も言わなかった。視線だけが、おでこの赤い紙の上に一瞬止まり、それから逸れた。


赤土の道を、来た方向へ戻る。


夜が完全に降りていた。


バオバブの木の影は、もう地面と区別がつかなかった。幹だけが、星明りの中にぼんやりとした塊として立っている。行きには不気味に見えたその輪郭が、今は何か古いものの──言葉より古い、名前より古い何かの──残滓のように見えた。


ビクトリアの滝の声が、また遠くから届いてきた。


水は止まらない。どんな夜も、水だけは流れ続けている。


歩きながら、モヨ・マドアは気づいた。


においがした。


呪い師の小屋で嗅いだあの複雑な匂いの、一番底にあった層──草の、澄んだ、夜に似合う香り。遠くにいるときは気づかなかったが、こうして風の中を歩くと、おでこの紙からゆっくりと揮発して、顔の周りに薄く漂ってくるのだった。


パセリ。セージ。ローズマリー。タイム。


モヨ・マドアはそれが何の草かを知らなかった。名前など、どうでもよかった。


名前のない安心というものが、確かにあった。


赤い紙をおでこに貼ったまま、モヨ・マドアは夜道を歩き続けた。母の足音が隣にある。滝の声が背後にある。草の香りが顔の周りにある。


家に戻り、寝台に倒れ込むように横になった瞬間、モヨ・マドアはもう半分眠っていた。三日間の悪夢が、三日間の寝不足が、腐ったバナナが自重に耐えきれず枝から落ちるように、意識をずるりと引きずり下ろした。


草の香りが、鼻の奥にあった。


それだけを最後に感じて、モヨ・マドアは沈んだ。



夢は、なかった。


悪夢も、なかった。


というより、何もなかった。暗く、深く、底のない場所に、モヨ・マドアはただ在った。老婆も、白い炎も、音のない村も、現れなかった。水の声さえ届かない、完全な静寂の中で、モヨ・マドアは眠り続けた。



朝の光が、草葺きの隙間から細く差し込んできた。


モヨ・マドアはゆっくりと目を開けた。天井が見えた。見慣れた天井だった。それがひどく、懐かしかった。


体を起こしたとき、おでこから何かが剥がれ落ちた。赤い紙が、床に舞った。


モヨ・マドアは自分の手を見た。


息を飲んだ。


昨日まで、両手のてのひらと甲に、足の甲に、散らばるように咲いていた赤いハートの痣──それが、半分になっていた。消えたのではない。薄くなったのでもない。数が、はっきりと、半分に減っていた。残ったものは昨日と変わらず鮮烈な赤で、しかし、確かに半分だった。


モヨ・マドアはしばらく、自分の手のひらを見つめていた。


10アカペラ。


呪い師の言葉が、耳の奥で響いた。


効き目はイマイっちだ。


イマイっち──モヨ・マドアは今、その言葉の正確な意味を、昨夜より少しだけよく理解した気がした。



モヨ・マドアは母に言って、ウガリをひとつ包んでもらった。


トウモロコシの粉を練って固めた、白い塊。村では何にでも添えられる、最も普通の食べ物だ。それが10アカペラの値段だった。


布に包んだウガリを小脇に抱えて、モヨ・マドアは村はずれの道に出た。


昨夜と同じ道だった。しかし何もかもが違った。


赤土が朝の光の中で明るく乾いている。バオバブの木の影は短く、足元にちんまりと縮んでいる。昨夜あれほど不気味に見えた幹が、今朝はただ太くて古いだけの木だった。鳥が鳴いていた。昨夜は気づかなかったが、この道には鳥がいた。


足が、軽かった。


昨日より、だいぶ軽かった。体の中の何か重いものが、眠っている間に半分、地面に抜け落ちていったようだった。手のひらの痣が半分になったように、重さも半分になっていた。


モヨ・マドアは少し、速く歩いた。


においが、また来た。まだ遠いのに、風がその小屋の方角から吹いてくると、草の香りが混じった。パセリ、セージ、ローズマリー、タイム──昨夜おでこに貼っていたあの紙と、同じ香りだった。


骨の簾が見えた。


昼間でも、そこだけ光の質が違うように見えた。


簾をくぐった。乾いた和音が鳴った。


小屋の中は昨夜と同じだった。赤い光が呼吸している。天井から草の束が垂れている。棚の上の瓶や袋や、形容しがたい物体たち。何一つ動いていないのに、何一つ静止していないような、あの感覚。


奥に、老人がいた。昨夜と同じ場所に、昨夜と同じ姿勢で。眠っていたのか、待っていたのか、それとも昨夜からずっとそこにいたのか、判別がつかなかった。


しかし目は開いていた。モヨ・マドアが入ってくると同時に、光を持った目がこちらを向いた。


「アカペラが、きオオったな」


問いではなかった。


モヨ・マドアは布包みを両手で差し出した。


「効きました。約束の品でございます。お納めください」


老人はウガリを受け取り、布をひとつめくって中を見た。それから顔を上げた。


「いやまだ残ってルルぞ。完治してないゾ」


モヨ・マドアは自分の手のひらを見た。赤いハートがまだそこにある。半分になったが、消えてはいない。わかっていた。


「うちは貧しいので」とモヨ・マドアは言った。「もうこれでいいです」


老人はしばらく黙った。


赤い光が、ゆっくりと呼吸した。


「そうか」


老人の声から、値段の話が消えていた。


「心配してルル」


それだけだった。


追いかけてくる言葉も、引き止める手も、なかった。ただそのことばが、小屋の薄暗い空気の中に、煙のように残った。


モヨ・マドアは頭を下げた。骨の簾をくぐった。乾いた和音が、見送るように鳴った。


外の光が、眩しかった。


鳥がまだ鳴いていた。


モヨ・マドアは赤土の道を、村の方へ歩き始めた。手のひらにはまだ、半分の赤がある。しかし足は、今朝よりさらに軽かった。


心配してルル。


あの言葉は、呪いではなかった。薬でもなかった。


ただの、言葉だった。それだけなのに、なぜか胸の奥の、名前のつかない場所に、静かに落ちて沈んでいった。



二十年後



キンシャサの医学大学の廊下を、ひとりの外科医が歩いていた。


白衣の袖から覗く両手の甲に、薄いピンクの痣が散っている。ハートの形をした、小さな痣が。学生たちはその手を知っていた。患者たちもその手を知っていた。キンシャサ中央病院の心臓外科棟では、その手を知らない者がいなかった。


モヨ・マドア医師、三十七歳。


心臓外科の天才、と呼ぶ者もいた。あの手が執刀すると助かる、と言う者もいた。ハートの手の先生、と子どもたちは言った。モヨ・マドア本人は、そのどれにも特別な反応を示さなかった。ただ手を洗い、手袋をはめ、胸を開いた。


ピンクの痣は、二十年前から変わらなかった。


消えもせず、増えもせず、ただそこにある。あの夜、10アカペラのウガリで半分になり、そのまま止まった痣。完治しなかった半分。貧しかったから諦めた半分。それがそのまま、薄く色褪せて、彼の皮膚に棲みついた。


同僚に病歴を聞かれるたびに、モヨ・マドアは短く答えた。


「子どもの頃、風土病にかかった。大夢麻疹というやつだ」


「治らなかったのか」


「半分、治った」


それ以上は説明しなかった。



医学部の講義室で、モヨ・マドアは学生たちの前に立った。


今日のテーマは、心臓の解剖学だった。スクリーンに心臓の断面図が映し出される。四つの部屋、弁、冠動脈──。


モヨ・マドアは自分の右手を持ち上げた。甲のピンクの痣が、蛍光灯の下で静かに光った。


「心臓は、ハートの形をしていない」


学生たちが静まった。


「ハートの形は、人間が作った記号だ。本物の心臓は、もっと歪で、重くて、血まみれだ。だがそれでも──」


モヨ・マドアは手を下ろした。


「その記号に、意味がないわけでもない」


誰も笑わなかった。



講義の後、モヨ・マドアは窓の外を見た。


キリマンジャロがあった。


雪を頂いた山頂が、キンシャサの空の果てに、嘘のように白く浮かんでいる。あれほど遠いものが見えるはずがないと、頭のどこかでは知っていた。しかし見えた。子どもの頃から、晴れた日の夕暮れ時に、時々あの山は現れた。夢と現の境目が薄くなる時間帯に、キリマンジャロはそこにある。


モヨ・マドアは遠い目で、その白を見ていた。


そのとき、言葉が戻ってきた。


唐突に、しかし自然に──長い旅をしてきたものが、当然の顔をして帰ってくるように。


ルル。


「ルルの館」 あとで知ったが ──


この痣を見るたびに、不思議な感覚に襲われる。

「タイムマシン」

そんなものがあるなら、きっとこういう感覚なのだろう。

時間を遡るのではない、原点へ戻るのだ。


人生がどれほど枝分かれしようとも、どれほど遠くへ歩こうとも、最後に辿り着くのは、あの小屋だ。


骨の簾が鳴り、赤い光が呼吸し、草の香りが降ってくる。


モヨ・マドアは時々、自分がまだあの夜道を歩いているのではないかと思う。

大夢麻疹たいむましんは、、、くさびの風土病 いつも人生の岐路、原点に人をいざなう

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