0056.バリ島 × 時計塔 × ストリートアート(実験中)
世界的なリゾート地、インドネシア・バリ島。
ウブドの美しいライステラス(棚田)に差し込む神々しい朝日、クタやスミニニャックのビーチに響く波の音、
そして夕暮れ時に街を包み込む伝統芸能「ガムラン」のどこか切ない音色。街角には毎日、
神々への捧げ物である小さな葉の皿「チャナン」が置かれ、心地よいお香の香りが漂っている。
しかし近年、その「神々の島」の情景は、夜な夜な現れる謎のストリートアーティストたちによって塗り替えられつつあった。
高級ヴィラの真っ白な外壁、由緒ある寺院の割れ門のすぐ脇、観光客がひしめくナイトクラブの裏路地。至る所に、
鮮やかすぎるスプレーの飛沫や、社会を挑発するような奇怪なグラフィティ(落書き)が氾濫していたのだ。
楽園の美観は損なわれ、観光局の頭を悩ませる深刻な治安問題へと発展していた。
【始動:防犯AIプロジェクト『B.A.L.I.』】
事態を重く見たバリ島観光局は、最新のテクノロジーを導入する。
島中に設置された防犯カメラの映像と、日々増殖するアートの画像をディープラーニング(深層学習)で
解析する防犯・防衛プロジェクト、通称『B.A.L.I.(バリ)』の立ち上げである。
このAIの任務は、ただの落書きの消去ではない。
描かれた「筆跡(ストロークの速度・迷い)」「使用された塗料の化学成分」「描画された時間帯」「出現エリア」の相関関係から、
アーティストの「癖」を見抜き、同一犯の犯行をグルーピングすることだった。
熱帯の夜風が吹き抜ける観光局の作戦室。モニターには、昼間のリゾートの喧騒とは対照的な、冷たいデジタルデータが映し出されている。
【判明:10系統、10組織】
解析結果が出た夜、チーフオペレーターの手が止まった。
画面に浮かび上がったのは、見事に分類された「10の系統」のクラスター(群)だった。
系統01【神聖曼荼羅】: 伝統的なバリ・ヒンドゥーの幾何学模様を、驚異的な精密さで描く一派。
系統04【サイバー・ネオン】: スミニニャックのクラブ街の壁を、夜間だけ発光する特殊塗料でハックする国際派グループ。
系統07【ミスティック・エッジ】: ウブドの山奥、未開のジャングルの廃墟に、絶滅危惧種の動物を不気味なタッチで残す過激な環境活動家。
AIの系統分類が証明したのは、絶望的な事実だった。
気まぐれな旅行者や地元の不良の犯行ではない。この島には、少なくとも「10の独立した犯行グループ(アート・ギャング)」が存在し、
それぞれの縄張りを主張しながら、夜のバリ島をキャンバスに激しい抗争を繰り広げているのだ。
「……10個の系統、ですか」
部下の報告に、観光局長は窓の外を見つめた。
夜のクタの街からは、相変わらず観光客の歓声と、排気ガスの匂い、そしてどこか遠くでスプレー缶を振る「カチャカチャ」という乾いた音が聞こえてくる気がした。
神々の島を舞台に、10のストリート・カルチャーと、1つのAIによる「見えない戦争」の幕が切って落とされた。
10系統→ 時計塔
B.A.L.I.
Bayesian Art Linkage Interface
(ベイズ推定型アート関連分析インターフェース)




