0057.カフェラテ × シャーロック・ホームズ × 月夜(実験中)
その1:相撲部屋
浅草の裏通りにある 西岩部屋
タニマチの京極さんから特別なものが届いた。
木箱の蓋を開けた若い衆が「うわ……」と声を漏らす。
薄暗い土間の中で、青白く光っていた。
まるで、夜の海に浮かぶクラゲのようだった。
「なんでも月夜の夜だけ、月に反応して光るという幻のキノコらしい」
親方が鼻を鳴らす。
「ツキヨダケツキヨダケ。美食家の間でも垂涎の品だそうだ」
若い衆の一人が首を傾げた。
「親方……名前、二回言ってません?」
「知らん。最初からこういう名前だ」
西岩部屋では、元バリスタでもある親方のもと
ここでしかないユニークなちゃんこがあった
そう「カフェラテちゃんこ」
味噌ベースのちゃんこに、濃い珈琲を加え、最後に温めた牛乳を流し込む。
最後に、親方自ら毎回ラテアートをほどこすという徹底ぶり
想像できないだろうが不思議と癖になる。
特に冬場は、身体の芯が熱くなった。
「今日はこのキノコを入れるぞ!」
♠ ♠ ♠
今回のラテアートは、幻想的だった
青白くぼんやり光るキノコで
まんまるの月を再現していた
「親方、美しいですけど いつもよりシンプルですね」
「ああ、ツキヨダケツキヨダケだけに、月夜だけにしてみた」
その2:某 探偵
ベイカー通り。
時間通りに、いつも通り、鹿撃ち帽の男が石畳を颯爽と歩いていく。月明かりに濡れたロンドンは、白く静かだった。
三階の事務所には目立った看板はない。知る者だけが辿り着ける場所だ。
男――シャーロック・ホームズは、細い階段を上がり、慣れた手つきで扉を開けた。
部屋では既にジョン・ワトソンが待っていた。机の上に、湯気を立てる二杯の紅茶。
「遅かったじゃないか、ホームズ」
「定刻通りだよ、ワトソン君」
ホームズは椅子に腰を下ろし、紅茶を一口飲んだ。
「それで? 『大変な依頼』とは何だね」
ワトソンの表情が曇る。
「毒殺事件だ」
ホームズの目が細くなった。
「ほう」
「昨夜、資産家ハドリー卿の私設ラウンジで小規模な夜会が開かれていた」
ワトソンは手帳を開いた。
「ラウンジにいたのは五人。カフェラテを飲んだ四人と、給仕をしていたメイドが一人」
「被害者は?」
「貿易商エドガー・ミルズ。五十二歳。午後十一時十分頃、突然苦しみ出して倒れた」
「死因は毒殺か」
「ああ。しかも妙なんだ」
ワトソンは声を落とした。
「四人全員のカップから、毒物反応が出た」
ホームズの指が止まる。
「……続けたまえ」
「だが、死んだのはミルズ氏だけだ」
窓の外では満月が静かに街を照らしていた。ワトソンは容疑者の資料を読み上げる。
「一人目、ジョースター卿。貴族で、欧州各地の植物蒐集家として知られている」
「二人目、クラレンス・ベイル。銀行家。ミルズ氏とは投資事業で対立していた」
「三人目、エレノア夫人。未亡人。化学薬品工場に勤めている。ミルズ氏に多額の借金があった」
「四人目、メイドのアンナ。事件当夜、カフェラテを運んだ人物だ」
ワトソンは手帳を閉じた。
「犯人はこの四人の中にいる」
ホームズは椅子に深く腰掛けたまま、目を閉じた。
「ワトソン君。死に方について確認したい」
「何だ?」
「ミルズ氏は、飲んですぐ倒れたのかね」
「いや、数分後だ。急に呼吸困難を起こし、喉を押さえて倒れた」
「発疹は?」
「あった。首筋が赤く腫れていたそうだ」
「他の三人は?」
「軽い吐き気程度だ」
ホームズは静かに頷いた。
「もう一つ聞こう。ミルズ氏の食歴に心当たりはないかね。特に、食事の後で体の不調を訴えたことは」
ワトソンは眉をひそめながら手帳をめくった。
「……ある。三週間前、ジョースター卿の晩餐会の翌朝に、軽い蕁麻疹が出たという記録が、かかりつけ医に残っていた。原因不明とされていたが」
「それで十分だ」
「十分?」
「ああ。現場へ行く必要はない」
ワトソンは眉をひそめた。
「本気か、ホームズ」
「本気だとも」
ホームズは紅茶のカップを見つめた。
「四人全員のカップから毒物反応が出た。にもかかわらず死者は一人。つまり、違いは飲み物ではなく、人間の身体の側にある」
ワトソンは息を呑んだ。
「アレルギー反応……」
「正確には、二度目の摂取によるアナフィラキシーショックだ。一度目は三週間前、ジョースター卿の晩餐会。あの夜の蕁麻疹が、最初の毒だった」
「待て。それだけで犯人がわかるのか?」
「わかるとも」
ホームズは静かに言った。
「この犯行には、毒物に関する深い知識と、長期的な計画性が必要だ。そして四人の中で、その条件を満たす人物は一人しかいない」
ワトソンは小さく呟いた。
「ジョースター卿……」
ホームズは窓の外の満月を見上げた。
「月夜は星を隠す。誰もが派手な毒殺劇に目を奪われ、『スター』を見落としていたのさ」
数日後。
ワトソンは興奮した様子で事務所へ駆け込んできた。
「ホームズ! 鑑定結果が出た!」
ホームズはヴァイオリンを置き、静かに顔を上げた。
「被害者のカップから、特殊なキノコ毒が検出された」
「ほう」
「東南アジアの毒キノコ――ツキヨダケ由来の成分だそうだ」
ワトソンは新聞を握ったまま、呆然とホームズを見た。
「まさか、そこまで読んでいたのか?」
ホームズは小さく笑った。
「いや、毒の正体までは推理していなかった」
「では何故……」
「単純だよ、ワトソン君」
ホームズは冷めかけた紅茶を口に運んだ。
「それっぽいこと言えば、だいたいその通りになる探偵だからね」
西岩部屋
西→シャー
岩→ロック
部屋→ホームズ




