第二章 四話
「これは妻に求婚した時の壺。これは妻と結婚式をした時の壺。これは妻と新婚旅行先で買った壺……」
「壺好きッスね」
マルコは埃にまみれた壺を、ひとつずつ仕分けしていった。
最初は饒舌だった大魔王の声が、壺を手に取るたび、少しずつ小さくなっていく。
「ここにある壺はすべて、精霊である母上のために、清浄なマナを貯めるための物じゃ」
フィニアが、壺のひとつを見つめながら言った。
「精霊にとって、魔界の空気はあまり気持ちのよいものではないからの」
「妻さんはハーフだけど、大丈夫なんスか?」
「わらわは丈夫で健康がウリじゃからな」
「私生活は不健康極まりないッスけどね」
「ぐっ……」
フィニアが何か言い返そうと口をパクパクさせる。
「妻さんはそのままがいいッスけどね」
「うっ!!」
マルコの笑顔の直撃を受けて、フィニアが胸を押さえながら崩れ落ちた。
「お義父さん、分類した壺は一旦表に出して、ウンディーネさんに洗ってもらうッス」
「……ああ」
「どうしたッスか?」
大魔王は、手の中の壺を見下ろしていた。
黒ずんだ埃の下に、かすかに青白い模様が見える。
「精霊の身で、妻はこの魔界に嫁いできてくれた。私は、妻が少しでも楽に過ごせるようにと、清浄なマナを集める壺を買い集めた」
大魔王は、壺の汚れを自分のマントでそっと拭った。
「だが……妻が本当に望んだ、城を片づけてほしいという願いすら、私は叶えなかった……」
「それだけ、お義父さんのことが好きだったんじゃないッスか?」
「私のことが……好き」
「そうッス」
マルコは、当たり前のようにうなずいた。
「好きじゃなかったら、魔界まで来ないッスよ」
マルコの言葉を聞いて、大魔王の顔がみるみる明るくなっていく。
「そうか!! 好きでなかったら、わざわざ魔界まで来ないな、人間よ」
「立ち直り早いッスね」
壺が入った木箱を庭まで運ぶと、オークたちがデュラハンたちに指示を出し、てきぱきと城の外周を掃除していた。
「皆さんすごいッス」
黒曜石の黒い壁は、もとの輝きを取り戻しつつある。
「物の分類はどうやってしたッスか?」
「ハッ!! マルコ様。宰相ノ、リッチ殿ニ、ゴ協力ヲ頂キマシタ!!」
見ると、ボロボロのローブをまとった骸骨が、巻物を片手に指示を出していた。
「リッチさんスか? 助かるッス」
「貴様ガ、フィニア様ノ伴侶ニナッタ人間カ」
「ウッス」
「我ガ大切ニオ守リシ、目ニ入レテモ痛クナイ程ノ可愛ラシイオ嬢様ヲ、人間風情ガ……!!」
「リッチさん、目ないッスけどね」
「フン、自分ノ伴侶ヲ名前デ呼ベモシナイ人間ノ分際デ」
リッチの言葉に、マルコは少しだけ黙った。
だが、その前にフィニアが一歩前へ出る。
「お主、気にすることはないのじゃ。リッチ爺など、頭が固すぎて奥方に三百年ほど口をきいてもらえておらぬからな」
リッチが巻物を取り落とした。
「妻さん……」
「さ、ウンディーネよ。壺を洗い上げるのじゃ」
フィニアはそう言うと、すぐに次の魔物たちへ指示を飛ばした。
大きな物はオークへ。壊れやすい魔道具はメイジへ。古い布や書類はリッチへ。
小柄な身体で、だらしなくソファーに寝そべっていた時とはまるで別人のように、てきぱきと場を動かしていく。
マルコは、その背中を見つめていた。
「妻さん」
「なんじゃ」
フィニアが振り返る。
「かっこいいッスね」
「うっ……」
フィニアはまた胸を押さえかけたが、今度は踏みとどまった。
「い、今は掃除中じゃ。そういう攻撃は後にせい」
「攻撃じゃないッスよ」
「お主のそれは、だいたい攻撃なのじゃ!!」
照れながらずんずん歩いていくフィニアを、マルコは笑顔で追いかけた。
─ 続 ─




