第二章 三話
マルコとフィニアが物をかき分けながら廊下を進むと、扉が開けっ放しになった大広間にたどり着いた。
そこには、フィニアの玉座よりもさらに大きな、玉座……と思われるソファーがあった。
その上に、マルコよりずっと大きな男がだらしなく横になっている。
大魔王である。
フィニアとよく似た、長く美しいはずの金髪はぼさぼさだった。額の両端からは、後ろに反った大きな黒い角が伸びている。
本来ならば見る者をひれ伏させるほどの威圧感があるのだろう。だが今は、長いローブの裾をだらしなく床へ広げ、ソファーの上でしおれた魔獣のようになっていた。
「デジャ・ブ、ッスね」
「言うと思った」
フィニアは半目でマルコを睨んだ。
「フィニアよ。その人間族の男は誰だ」
「父上も手紙を読んでおらんようじゃの。この前、手紙で知らせたであろう。我が伴侶である」
「なにっ!?」
大魔王は、ガタタッと音を立ててソファーから飛び起きた。
「そそそそその手紙というのは……!?」
「さて。小さな封書ひとつ、この城から見つけられるやら」
フィニアは呆れたようにそっぽを向いた。
「して、人間よ。我が城に何用だ」
「掃除しに来たッス」
「……は?」
「お義父さんの城が、大魔汚有城と聞いて、掃除しに来たッス」
「掃除」
「ウッス」
「大魔汚有城」
「はいッス!!」
大魔王の顔から、みるみる血の気が引いていく。
そのまま、へなへなとソファーへ沈み込んだ。
「我が城が……大魔汚有城……」
「知らぬ方が幸せなこともあるのじゃ」
「妻さんが言ったッス」
「バラすでないわ!!」
大魔王はソファーに突っ伏したまま、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「妻も、そう思っておったのだろうか……」
「そうッスね」
マルコは容赦なく叩き斬った。
「それで? 貴様はこの城を掃除しようと?」
大魔王がゆっくりと顔を上げた。
赤い瞳に、かつて世界を震わせた魔王らしい鋭さが戻る。
「ウッス。俺、掃除洗濯が命ッスから」
「その前に、父上に命を取られそうじゃがな」
フィニアが半目になって突っ込む。
「じゃ、ここら辺から片付けるッスね」
マルコは近くにある壺をひょいと持ち上げる。
「いやいや待て待て!! それは触ってはならぬ!!」
大魔王が、ソファーから転がり落ちる勢いで叫んだ。
「それは新婚旅行で妻に買った壺だ!! ちゃんと年代別に置いておるから触るでない!!」
「デジャ・ブ、ッスね」
フィニアは嫌な汗をかきながら両耳を指で塞いだ。
「片付けられない人の常套句ッス」
マルコは大魔王の側へ行き、肩をぽんと叩いた。
「せっかくの記念品なら、なおさら綺麗にして飾るッス。そうしたら、お義母さんも喜んでくれるッス」
「妻が……?」
「ウッス」
マルコは大魔王が持つ壺の汚れを指先で拭った。
「お義父さんの汚城は、妻さんの汚城とはタイプが違うッス」
「どう違うのじゃ?」
「妻さんのは散らかしタイプ。お義父さんのは、思い出を片づけられないタイプッス」
マルコは近くにあった空の木箱を集めた。
「思い出は大事ッス。でも、こんなありさまだと、思い出が可哀想ッス」
「思い出が……可哀想……」
大魔王は、埃をかぶった壺を見下ろした。
「さ、お義父さん。俺たちに教えてほしいッス」
「何をだ」
「どれが、どんな思い出の品なのかッス。思い出ごとに分類して、綺麗にして、改めて飾るッスよ」
大魔王は壺を抱えたまま、弱々しく目を伏せた。
「妻は……私を許してくれるだろうか」
「それはお義母さんが決めることッス」
「……」
「でも、帰ってきたいと思える場所にすることは、今からできるッス」
マルコはいい笑顔で親指を立てた。
「掃除は世界を救うッス」
─ 続 ─




