第二章 二話
マルコとフィニアが大魔王城へ向かうという話は、忠臣たちの間にたちまち広がった。
すると、我も我もと付き従おうとする魔物たちが、廊下にずらりと並んだ。
「精鋭だけでいいッスよ」
「そうじゃ。お主らは大魔王城を見てみたいだけじゃろ」
「ソ、ソンナ。見ルダケナンテモッタイナイ。掃除モシタイデアリマス!!」
ビシッと直立するオークたちに、フィニアは半目になった。
「お主ら、いい性格しとるのう」
「モッタイナキオ言葉!!」
「いい返事ッス。なら、みんなで一緒に行くッス」
「ハッ!!」
「ちょ、連れて行くのか!?」
「そうッスけど?」
フィニアは不満そうに頬を膨らませた。
「二人っきりじゃと思ったのに」
「……?」
マルコは首をかしげた。
「なんじゃ、その顔は」
「掃除は人数が多い方が早いッスよ」
「もうよい!! 父上の城にゆくぞ!!」
そうして、掃除夫マルコ率いる掃除遠征部隊は、大魔王城へ向かうこととなった。
「妻さん、何してるッスか?」
城門の前で、フィニアが片手をかざしていた。
黒い石畳の上に赤い光が走り、複雑な魔法陣を描いていく。
「大魔王城へ門を開いておる」
「門を?」
「まさかお主、歩いていく気じゃったのか?」
「ウッス」
「全く人間は。魔界は人間界と違い、時空が歪んでおる。まともに歩いても、生涯大魔王城には着かぬわ」
「そうなんスね」
魔法陣の光がひときわ強くなり、城門の向こうの景色がぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間、そこには黒い空と、天を突く巨大な城があらわれる。
大魔王城。
遠目には、威厳ある黒い城だった。
魔法陣が開いた転移門をくぐり、マルコたちは大魔王城の城門前へ出た。
「あれが大魔王城ッスか」
「そうじゃ」
「遠目にはカッコいいッスね」
「当たり前じゃ。魔界の中心にそびえる、黒曜石で作られた威厳ある――」
得意げに胸を張るフィニアをよそに、マルコは城壁へ近づいた。
黒曜石の壁に、そっと指を這わせる。
指先には、黒くべっとりとした汚れがついた。
「デジャ・ブ、ッスね」
「……ぐっ」
「物が積み上がってて、門が開けられないッス。大魔王城はどうやって生活してるッスか?」
その時、上空からしわがれた声が降ってきた。
「コレハコレハ、フィニア様。オヒサシュウゴザイマス」
見上げると、城門の上に一体のガーゴイルが座っていた。
「おお、ガーゴイルの爺か。久しいな」
「ソコノ人間ハ?」
「我が伴侶となった、人間族のマルコである」
「ウッス」
ガーゴイルはガカッと石の目を見開いた。
「大変ジャ!! フィニア様ガ婿殿ヲ連レテ、里帰リナサッタゾ!!」
その声は、緊急警報のように城中へ鳴り響いた。
門の奥、城の方から、ガッシャガッシャと慌てて近づいてくる魔物の影がある。
黒い甲冑に身を包んだ、首なしの騎士。
デュラハンだ。
デュラハンは、抱えていた自分の頭を近くの木箱の上に置くと、両手で門の前に積み上がった物をどかしはじめた。
「あー、なんか気ぃ使ってもらってすんませんッス」
甲冑の手が「コチラコソ」と言うように、ぶんぶん振られた。
ようやく門の前の荷物がどけられた。
だが、肝心の城門はびくともしない。
デュラハンは慌てて奥へ走っていき、屈強な城の番犬、ケルベロスを連れて戻ってきた。
三つの首を持つ巨大な魔犬は、門の前に立つなり低く唸った。
「コノ城門ヲ開ケルノカ」
「数百年開ケテナイ」
「開クノカ」
デュラハンは抱えていた自分の頭を持ち上げ、うんうんと頷かせた。
「オークさん、油持ってきてるッスか?」
「ハッ。マルコ様、ココニ」
オークが素早く小瓶を差し出す。
マルコはそれを受け取り、先端に布を巻いた細い棒を瓶の中へ差し込んだ。
油を含んだ布を、城門の蝶番と金具に丁寧に当てていく。
「ケルベロスさん、ゆっくり門を引っ張ってほしいッス」
「ユックリ」
「引ッ張ル」
「噛ンデハ駄目カ」
「噛まないでほしいッス」
ケルベロスが三つの首で唸りながら、太い前足を踏ん張る。
やがて、油が回った城門は、ぎぎぎ、と長い眠りから覚めるような音を立てて開いた。
「さすがッスね」
「門開イタ」
「久シブリダ」
「オ散歩行キタイ」
ケルベロスはマルコに褒められて嬉しそうに胸を張ったが、すぐに後ろ足で首元をぼりぼりと掻きはじめた。
「蚤ッスね。後でお風呂とお薬するッス」
「ホレ、褒美じゃ」
フィニアは自分のおやつとして持ってきたジャーキーを取り出し、ケルベロスの三つの頭に一本ずつ咥えさせた。
「肉」
「肉ダ」
「姫様、好キ」
ケルベロスの尻尾が、嬉しそうにぶんぶんと振られる。
城の中へ入ったものの、入口から廊下に至るまで、物という物が積み上がっていた。
壺、箱、古い燭台、用途の分からない魔道具。壁も床も見えず、人ひとりがようやく通れる獣道のような隙間だけが、奥へ続いている。
「姫サマアァァァ!!」
奥から、甲高い叫び声が響いた。
白く透けた女の魔物が、積み上がった箱や壺をすり抜けながら、ものすごい速さで飛んでくる。
「おお、母上の侍女のバンシー。久しいのう」
「アアアアア……姫サマァァァ!!」
バンシーは、しくしくどころではなく、大号泣しながらフィニアに抱きつき、そのまま彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「お、おお。相変わらず泣き声が大きいのう」
「オ妃様ガ……オ妃様ガ、精霊国へ帰ッテシマイマシタ」
そう言うと、バンシーはまた大号泣した。
涙がぽろぽろと床へ落ち、小さな水たまりを作っていく。
「バンシー、泣くでない。母上のことは聞き及んでおる」
「姫サマ、オ妃様ハ、何度モ大魔王様ニ言ッテオラレマシタ。コノ城ヲ、大切ニシテ下サイ、片付ケテ下サイと」
「母上は清浄を好む精霊であるからな」
「デモ、大魔王様ハ、後デヤル、バカリ……ソシテトウトウ……」
バンシーは、またわっと泣き崩れた。
マルコは黙って廊下を見回した。
積み上がった物。閉ざされた窓。湿った空気。
床の隅には、うっすらと黒いカビが広がっている。
「これは、早めに換気した方がいいッスね」
さっとオークがマルコに敬礼をした。
「ハッ。デハ我々ハ積ミ上ガッタ物ノ整理ヲ――」
「待てい!!」
雷のような声が、廊下の先から響いた。
─ 続 ─




