第一章 三話
魔物たちに案内されたおかげで、マルコはすんなり魔王城にたどりついた。
瘴気に覆われた魔王城は、昼間だというのに薄暗かった。
黒い壁には、雨だれの跡とほこりがこびりつき、窓は白く曇っている。あちこちに古いクモの巣がはっていた。門の前には枯れ葉と泥が積もり、風が吹くたび、すえたニオイがむわりと漂ってきた。
「すごいニオイッス」
魔物たちが全員鼻をつまんでいる中、マルコだけが嬉々として魔王城を見上げた。
「皆さんに感謝ッス。必ずこの汚城を綺麗にするッス」
その言葉に、魔物たちは「ウオオオオ!!」と歓声をあげた。
そして、まるで救世主を迎えるように、重い門を開いていく。
マルコは、魔物たちに歓迎されながら門をくぐった。
腐葉土が堆積したような庭を抜け、魔王城の玄関にたどりつく。
扉を開けた瞬間、中から黒いモヤがどろりと流れ出してきた。
すえたニオイが、鼻の奥にまとわりつく。
一歩踏み込むと、床に積もったわたぼこりがふわりと舞い上がった。
マルコは黙って荷物を下ろし、マスクを装着する。
「これは本気のやつッスね」
そうつぶやき、廊下を進んでいくと、端の方でオークがぐったりとうずくまっていた。
「どうしたッスか?」
マルコが声をかけると、オークはのろのろと顔を上げた。
そして、マルコの背中にくくりつけられた聖剣を見るなり、目を見開く。
「ソノ聖剣……オマエハ勇者カ!?」
「いや、掃除夫ッス。ここが汚城と聞いて、掃除しに来たッス」
「掃除……!?」
オークは一瞬、希望に目を輝かせる。
だがすぐにその顔はくもり、首を横に振った。
「ムリダ!! 魔王サマハ筋金入リノ汚嬢様ナノダ!!」
「汚嬢様……」
マルコの前髪の奥で、目がきらりと光った。
「いい響きッスね。腕が鳴るッス」
「勇者ヨ、本当ニ、コンナ城ヲ掃除デキルトイウノカ?」
「まず、掃除の基本は換気ッス」
マルコは近くの窓へ手をかけた。
だが、窓は長年の汚れで固まり、びくともしない。
「わぁ」
思わず歓喜の声を上げて目を輝かせるるマルコを見て、オークはドン引きした。
「オークさん、窓を開けるの、手伝ってほしいッス。俺の力じゃ開けられないッス」
オークは、汚れでベトベトの窓に触るのをためらった。
「はい、厚手の手袋ッス」
荷物から手袋を取り出してオークへ渡すと、マルコは玄関の扉を全開にした。
「俺、城の周りを掃除してくるッス。換気は頼んだッス」
「オ……オウ」
マルコは熊手とほうきとちりとりを持って、魔王城の外周へ向かった。
庭には、腐った葉が何層にも重なっていた。
長年のほこりと湿気で固まり、地面に黒くこびりついている。
「これは放置したらダメなやつッスね」
マルコが腐葉をどんどんかき集めていると、そこへローブ姿の魔術師メイジがやってきた。
「オマエ、ナニシテル」
「おっ、メイジさん。いいところに来たッスね」
マルコは集めた枯れ葉の山を指さした。
「安全な場所にまとめるから、サクッと火魔法で焼いてくれないッスか?」
「……ナニ言ットル?」
「腐った物を放置してると、病気の元になるッス。頼んだッスよ」
「オ……オイ……」
マルコは返事を待たず、今度は階段や外廊下、手すりにこびりついた汚れを見た。
「おーい、メイジさーん!! 水魔法は使えないッスか?」
「オレハ火魔法専門ダ!! 水ハ池ニイル、ウンディーネニ言エ!!」
マルコは城の裏手にある池へ向かった。
池には、丸い水の塊のようなウンディーネが沈んでいた。
その身体は茶色く濁り、輪郭もどこかぐったりとしている。
「あんたがウンディーネさんッスか? 魔王城の外周に水まいてほしいッス」
「ムリダ……体ノ水ガ汚レテ、チカラガ出ナイ」
ウンディーネは力なく答えた。
「そうスか。じゃあ、まず池から掃除するッス」
マルコはデッキブラシと、炭の入ったザルと、桶を持ってきた。
「ウンディーネさんは、この炭のザルで何回か体の水を濾して下さいッス。活性炭で汚れが取れるッスよ」
「オオ……!!」
ウンディーネは恐る恐るザルをくぐった。
一度、二度、三度。
炭を通るたびに、濁っていた水は少しずつ澄んでいく。
やがてウンディーネの身体水は透き通り、透明な水晶のような輝きを取り戻した。
「チカラガ……戻ッタ……!!」
「よかったッス。じゃあ、水まき頼むッス」
「オオ!!」
ウンディーネは嬉しそうに跳ね上がり、魔法で水を高く巻き上げた。
ウンディーネの本気の放水で、魔王城の外周はどんどん綺麗になっていった。
マルコもデッキブラシを握りしめ、隅々まで力を込めてこすっていく。
黒ずんだ汚れが流れ落ちるたび、城の壁は少しずつ本来の色を取り戻した。
瘴気にくすんでいた外廊下や壁も、磨けば白く艶めく大理石だったらしい。
「綺麗になったッス。皆さんのご協力に感謝ッス!!」
マルコが顔を上げると、魔物たちはぽかんと城を見上げていた。
「コ、コンナ色ダッタノカ……」
「魔王城、白カッタノカ……」
マルコは満足そうにうなずき、城内へ戻った。
オークが開けてくれた窓から、外の風が流れ込んでいる。
「外のニオイがなくなったから、入ってくる空気も気持ちいいッスね」
オークは、涙を浮かべた。
「臭クナイ城ナンテ、先代ノ魔王ブリダ……」
「それはなかなかッスね」
マルコは天井を見上げた。
高い梁のあたりに、灰色のほこりが分厚く溜まっている。
「オークさん、風魔法を使える魔物さんはいないッスか?」
「風魔法ナラ、小型竜ガ使エル」
「呼んできてもらってもいいッスか?」
「ドウスル気ダ」
「天井に溜まったほこりを吹き飛ばしてもらうッス」
オークは、今度こそ本気でマルコを見つめた。
「勇者ヨ……本気デ城ヲ救ウ気ナノダナ」
「掃除するだけッスよ」
マルコはオークに親指を立ててニカッと笑った。
━ 続 ━




