第十八話
翌日からインストは、オーン星の工場とホログラムで超巨大Mパックの製造についての可能性の是非と、その手順の検討を開始していた。
工場長のキッテは、まさに星をつかむような話に途方に暮れている。
「インストさん。オーン星の技術をフル動員しても、Mパックの材料となる高密度人工炭素結晶板、つまり人工ダイヤモンド板は最大で二ミリ角が限界サイズです。このサイズを作れるのは、アンドロメダ銀河内では我が工場だけですし、他の銀河でもこれ以上のサイズを作れる工場は存在していない。宇宙の意図的な幾何学的秩序である(一の二乗、二の二乗、三の二乗)の比率で作られるMパック。サイズは、百ナノ、四百ナノ、九百ナノで、我々第二核の種族がMパックの存在に気が付けるように、千倍のホログラムで、百マイクロ、四百マイクロ、九百マイクロに映し出している。作るときには一マイクロ、すなわち千ナノ角の正立方体の人工ダイヤモンドを削り出し加工して作っているんだ。今回は長辺で十七センチのMパックを作れという話です。二十万倍近いものを作るなんて、どうしたらよいものか」
「キッテさん。鉄やアルミは電気でアークエネルギーを発生させて、部分熱溶解させて一つにする技術がありますよね? 人工ダイヤモンドでそれができませんか?」
「炭素結晶の熱溶解は無理だ。そんなことインストさんにだってわかっていることだろ?」
「はい。ですから熱溶解以外で」
「あんたも無茶言うなぁ……。我々オーン人では難しいが、あんたたちジャミ星人ならばあるいは……」
「というと?」
「まだ仮説として聞いてくれ。ダイヤモンドの硬い反発、電磁気力を、ヌルフィールドで一度黙らせるんだ。原子が、自分が何者であるか忘れている隙に、ジャミ星人の小ささと精密な感覚で、隣の板の格子とパズルのピースを合わせるように配置を固定する。いわば、物質の頑固さを何でも通過してしまうゴーストと呼ばれるヌルフィールドを使って一時的に無効化するってわけさ。ラティスアライメント、格子整合で完全一致させる。次に二枚のダイヤモンド板の間に純粋な炭素12を挟み込み 、高温のメタンと水素のプラズマを吹き込ませて、炭素12をダイヤモンド構造として再結合化をさせる。つまり電気エネルギーのプラズマ効果で、メタンをバラバラにする。結果として裸になった炭素をダイヤモンド板の原子格子に吸着させる。グラファイトに変化してしまう対策として、水素も使うことでグラファイトの削り取りも同時におこなう。まあ、こんな妄想なんだがな」
「素晴らしいです。キッテさん。ぜひ取り掛かりましょう。私たちが原子の配列を完璧にホールドします。そこにあなたたちがプラズマを注ぎ込む。……継ぎ目が消えるだけじゃない、これは最初から一枚の板として生まれてきたかのような、情報の純度百パーセントの結晶になる。ダイヤモンド板の溶接技術を確立しましょう!」
キッテは自分で言ったことに対する『軽い後悔』を含む感情を表していた。
**
インストは即日、人工ダイヤモンドの溶接技術確立のために、ジャミ星から工業技術者の数千人をオーン星に派遣した。その頃シュリアンは、次回の第三惑星調査の場所の選定に頭を悩ませていた。
この星のもっと知的水準が高い生命体とコンタクトが取れる場所について、こちらもまた星をつかむような話に悩みを深くしていたころ、エポンラインのボアから連絡が入った。
「なんだシュリアン。悩みが深き若者のようだな」
「ええ、第三惑星のどこにMパックを届けるかについて悩みまくっています」
「そうか。ちょうどヒントになるかもしれない情報をつかんだので連絡をしたんだ」
「それはまた、想定の斜め上を行くような言葉です」
「実はな、過日の不運な銀河の調査の中で、突然生命体コロニーらしきものに包み込まれてしまった、プロキシフォレジャーのE班操縦士、アスタからE班のMパックドライバーだったダイルに何度か連絡があったんだ。置き去りにしたプロキシフォレジャーがどうにも心配なんだろうな。現在はできるだけ浮遊酸素が少ない、黒い人工渓谷の谷底に寄り添うように並んでいるんだが」
「ええ、はい」
「二人は時間を見つけては、周辺調査をしているようなんだ。Mパックはもちろんだが、プロキシフォレジャーも、まだだいぶカプセルに余裕があるからな。アスタたちは前回の調査でMパックが到着した場所の概要についての調査も進めているようだ。どうやら到着した地形は、この第三惑星の多くを占めている塩化ナトリウム水溶液に浮かぶような長細い陸地のようなんだ。その延長線上に、ひし形の陸地があるんだが、そこに円形に近い超巨大な情報の『逆ひずみ』があるというんだ」
「逆ひずみですか?」
「ああ。上空からあらゆる波長でスキャンをかけたそうなんだが、その場所で原生ヌルフィールドを集めている可能性が高いというんだ」
「え? 天然のヌルフィールド素子ですか?」
「ああ、俺たちのやり方とは全然違うが、純度の高い水にぶつかった原生ヌルフィールドは、デタッチメントグロウが発生するだろ? その場所ではデタッチメントグロウが発生しまくっているようなんだ」
「確かにイオンアンカー理論で、管理された純度の高い水以外では、デタッチメントグロウは発生しません。でもだからと言って、それがヌルフィールド素子を集めていると結論付けるのは早い気がしますが……」
「ああ、もちろんそうだ。でもな、宇宙からの何かを得ようとしている可能性はあると思うんだ。もし調査で発見した、絶滅した不運な銀河の知的生命体のメッセージが本当だとすると、今の彼らはヌルフィールド技術を持っていない可能性が高い。でも宇宙全体では、とてもスタンダードな技術だ。いつかはたどり着く技術だとすれば、それを野生から集めるってのは、その昔俺たちもたどった道じゃないか」
「……そうですね。ヌルフィールドを集めているのかはわからないが、宇宙からの何かを集めている可能性は高そうですね」
「ああ。だからな、次回の調査はその場所に行ってみて、その場所でコンタクトを取るのが良いのではないか? ってのが俺が伝えたかった話なんだ」
大きくうなずいたシュリアンは思考を巡らせ始めた。
シュリアンがボアとの連絡を終えた瞬間、興奮気味のインストから連絡が入った。
「シュリアン! やったわよ! キッテさんが言い出した結構無茶な理論を実現可能な手順に落とし込んでいろいろとやってみたらね、人工ダイヤモンドの溶接技術を確立することに成功したわ!」
「いやいやいやぁ。本当にすごいね。さすがだよ、インスト」
「いいえ、言い出したのはキッテさんよ。今回は知恵を出す私たちと、それを実現させるオーン星人の役割が逆転したわね。オーン星人が知恵を出して、私たちが実現させた。これで何とかなりそうね。すでに本作業に取り掛かっているから、一週間かからずに超巨大Mパックは完成しそうよ!」
シュリアンは、とても大きな安堵のホワイトノイズを吐き出した。




