第十七話
シュリアンは、アセスメントで決まった方針の実行を承認するために、ミルコメダ準備会議を招集した。そこで提示された手順は、ほぼそのままで承認された。
「お疲れさま、シュリアン」
背後からの声に振り向くと、インストが静かに近づき、労いの笑みを浮かべていた。
「これからのことも決まったし、工部技術員の君も忙しくなるね」
「そうね。従来型比で高さや幅が二十万倍以上のMパックなんて、考えたことすらなかったからね。第二核のオーン星にあるドックの技術者と会議を重ねていかないとね。第一核でこのサイズを建造できる技術力を持ったドックは存在しないもの」
「インストもオーン星に行くのかい?」
シュリアンの問いに、インストは呆れたように返した。
「行かないわよ。あんな巨大種族たちの星に行ったところで、一秒持たずに吹き飛ばされてしまうわよ」
「それもそうだ。でも、オーン星の巨大種族よりもずっと大きな『不運な銀河の生命体』と、うまくやっていけるのか心配は残るなぁ」
「まあ、私たちアンドロメダ銀河は、これまでも他の銀河を飲み込んできた『カニバリスト(共食い)銀河』と呼ばれている銀河。そんな場所の住人だもの。せめてそこに生きる私たちは、互いを食い合わぬような存在として振る舞うしかないわよね。積み重ねてきた経験から」
インストの言葉には、宇宙の絶対的な法則に対する諦観と、奇妙な楽観が混じっていた。
「そうだね。この銀河に生まれてしまったからには、うまくやっていくしかないってことだね」
シュリアンは広大な会議場のドーム天井を見上げ、あきらめのような、それでいてどこか可笑しそうな笑いを浮かべた。
会議の片付けを終えたシュリアンは、帰り道に行きつけのバーに寄った。
「いらっしゃい、シュリアン。疲れているわね」
カウンターの奥のスワエが、相変わらずの魅力的な笑みで言葉を投げる。
「ミルコメダ準備会議も大詰めを迎えていてね。次の行動への準備も忙しくなるよ」
「まったく厄介な銀河に生まれてしまったわよね。ここ最近では銀河が大きくなり過ぎたせいで、重力も大きくなってしまい、他の小さな銀河を引き寄せてしまう。私たちから見たら、相手が近寄ってきているだけなのに、外銀河から見れば、私たちが飲み込んでいるように見えてしまう」
「まだ完成形には程遠い、若くて狭い宇宙だからね。最終的に一つになるまではマージを繰り返していくしか道はない。ビッグバン前の元宇宙でも、さらにその前の宇宙でも、同じような流れが連綿とつながっている。でも僕らには大きなアンドロメダ銀河だからこその、歴史から紡ぎ出した知恵がある。頑張るよ」
「その意気その意気。私たちの銀河のためにシュリアンには頑張ってもらいたいから、今夜は私が奢っちゃうわよ? 第二核の新人さんがいるの。ホログラムだけれどかわいい子だから、どう?」
「え? 新人さんかぁ。興味はあるけれど、今日はスワエさんが良いな」
「いつも私が相手でよく飽きないわね。シュリアンよりだいぶ年上なのに。わかった。頑張っちゃう」
スワエはさらに魅力的な笑みを見せた。
「でもスワエさん。その新人さんにしても、ちょっと前だったらジャミ星人以外の種族が、ジャミ星のバーで働くなんて想像もできなかった。時代は変わってきているんだね」
「そんなセリフを言うなんて、シュリアンも歳をとったのね。でも他の銀河出身の人とスタッフ応募の面接をしていると、アンドロメダ憲章の理念が浸透してきているって感じるわね。一番最近マージされた『メリースリーツー銀河』の種族たちには、まだ浸透という言葉は早すぎるのかもしれないし、実際に相容れないと考えた一部の種族は分離して『新メリースリーツー銀河』を作ったわけだけれど。でもその前のセレナ銀河、さらに前のアルカイック銀河に属していた種族たちは、もうアンドロメダの生命体になったといえるんじゃないかしら。おススメした新人さんはセレナ銀河の出身だから、面接のときにお話しした感じでは、特に柔らかな感じがしたのよね」
シュリアンは驚いてみせる。
「セレナ銀河のマージなんて、つい最近な気がしちゃうよ」
「ほら、それがもう中年の証しなのよ? セレナ銀河のマージから五十億年経っている。百億年ひと昔っていうでしょ?」
「そういえばこないだ相手をしてくれた、メリースリーツー銀河出身の新人さん。最近見ないね」
「あの子はすぐに辞めちゃったのよ。やっぱりまだ二十億年しか経っていないから、憲章理念が浸透していないのよね。価値観の相違って部分もあるだろうし、そもそもメリースリーツー銀河の種族は螺旋銀河の美学に対するこだわりが強くてね。プライドとでもいうのかしら。考え方ひとつなんだけれど、マージを侵略と迎合って感じてしまうのね」
「それに比べたらセレナ銀河の種族たちは、さすがに高度な芸術や文化を持った『若きエメラルド色の銀河』と呼ばれていただけのことはあるよね。楽観的で僕は好きな種族が多いよ。サイズ的に、僕らの千倍近い種族ばかりだから、直接交わり合うのは難しいけれど。不運な銀河に送る超大型のMパックの組み上げは、セレナ銀河マージ跡の第二核、オーン星で作ることになったんだ」
スワエが問い返す。
「超大型ってどのくらいなの?」
「高さも幅も奥行きも二十万倍以上だよ」
「え?……体積で八千兆倍の箱? ちょっと想像ができないわね。そんな大きさの通い箱だなんて。それは当然、第二核で作るしかないわね。第二核だって作れるの? そんなものって思っちゃう」
「そうだね。そんな大きさの人工物なんてイメージできないよね。そもそも僕らには、十一次元展開技術があるから、容器を大きくする必要はないからね。僕らの分析力と、オーン星の工業技術力があって可能になる計画だね」
「届くと良いわね。不運な銀河の種族たちにも。私たちの憲章理念が」
「『平等であること』『協力し合うこと』『奪わないこと』。それぞれが、自分が、できることをおこなう」
シュリアンの声にスワエは優しく同意をする。それを見てシュリアンも笑みを浮かべる。
「じゃあ今夜は帰るよ」
「もう帰るの? まだ足りないんじゃない?」
「面接の話は僕では経験できない情報だったからね。とても美味しかったよ」
「そう? それならよかった。無理し過ぎないでね」
シュリアンは頷いて店を後にした。
宙に浮かぶ満天の星たちを見上げるシュリアン。アンドロメダ銀河の種族たちは今、四十億年後にマージすることが確定している、少し前まで隣の銀河と呼ばれていた「不運な銀河」という新たな隣人を迎えるにあたり、その崇高な哲学と善意を、全力で発揮しようとしていた。




