第十一話
今回の調査も残り二週間となり、前回は調査対象外とされた、生命体が存在するとは考えにくい有酸素星への調査が始まる。E班が担当するセクターには、不運な銀河の中でもとりわけ「異常な観測値」を示す星が含まれていた。彼らがヌルフィールド被膜のエネルギーコントロール技術を使い、光速移動で向かっている先。そこにはオヤイアット系と呼ばれる辺境の星系があった。
本来、酸素(O)という元素そのものは、宇宙において水素とヘリウムに次いで三番目に多いありふれた存在だ。しかし、アンドロメダ銀河や、他の多くの銀河でも、それは岩石や氷や水(H2O)の中にしっかりと結合して「封印」されている。あるいは炭素(C)と結合して一酸化炭素(CO)や二酸化炭素(CO2)などになって安定した状態にある。
アンドロメダ銀河の知的生命体や、その他の外銀河の知的生命体が真に恐れているのは、二つの酸素原子が手を取り合い、狂暴な略奪者へと変貌した姿。酸素分子(O₂)、すなわち「浮遊酸素」だ。
この浮遊酸素は、触れるもの全ての電子を強引に奪い取り、精密に整った原子の結合をズタズタに破壊する。「酸化」と呼ばれるその現象は、数億年から数百億年単位の時を生きるアンドロメダ人やその他の銀河系に生きる知的生命体にとって、世界が腐り落ちていく死の病の病原菌に等しかった。
そして、このオヤイアット系の第三惑星は、不運な銀河やアンドロメダ銀河を含めた、宇宙全体でも稀に見る浮遊酸素の地獄だった。大気の約二十一パーセントが純粋な浮遊酸素で満たされているという観測データは、事務局のシミュレーター上で「物理的な計算エラー」として何度も弾かれたほどだ。
全班の好奇心が強い操縦士たち。そしてシュリアンやインストなどの事務局の職員たちも、みんながこの第三惑星の調査を担当するE班の映像に注視していた。
当初インストは、あまりにもひどい、このオヤイアット系は調査対象から外そうと提案していた。重元素の塵、浮遊酸素の種である氷の多さ。まして第三惑星に関しては見ているだけで鳥肌が立ちそうなブルー。不安定な気体が電磁波を散乱させて青く見せている。その不安定な気体には、あの浮遊酸素が二割も含まれている。身の毛もよだつブルーだ。
インストの意見に異議を申し出たのはシュリアン。今回の流れでは、そここそ本丸。そこに何もいなければ、不運な銀河は諦められる。だからこそ、最悪と考える環境下にある星は確認するべきではないかと食い下がった。
結果として安全性も考え、E班はこのオヤイアット系の第三惑星に、一台のプロキシフォレジャーだけを調査に向かわせる。九人の操縦士は非常事態が起きた時に、即時、調査中のプロキシフォレジャーを救助できる状態で待機という手順をとった。
大型ホログラム投影スペースには、青く恐ろしげな『丸い第三惑星』が映っている。誰かの緊張や恐怖が場を包む。
「E班のプロキシフォレジャーを搭載した五号箱ドライバー、エポンラインのダイルです。こちらの準備は整っています。プロキシフォレジャーの準備ができ次第、第三惑星へ侵入します。合図をお願いします」
さすがのベテランドライバーも、緊張を隠せない。
「こちらE班のアスタ。全操縦士準備は完了しています。五秒後に侵入開始をお願いします」
「了解。カウントダウン。5・4・3・2・1・侵入開始」
最後の言葉が聞こえるか聞こえないかで、Mパックから送られてきていた映像は、青く丸い第三惑星の画像から、黒い地面の画像に変わる。
「プロキシフォレジャー出ます」
すかさずホログラムがプロキシフォレジャーからのそれに変わる。
操縦士が座るコックピットには、画像の他に次々とデータテキストが表示される。
【大気化学組成:非平衡・超酸化状態遊離酸素(O2)濃度:209,400 ppm(致命的)二酸化炭素(CO2)濃度:約420 ppm。】
様々なデータを読み取りながら、操縦士のアスタがつぶやく。
「いやはや……まずは温度だな。恒星との距離を考えた時に、想定よりやや低め。六十度から七十度。地表面温度が高く、強い熱放射が見られる。この黒い大地が、恒星であるオヤイアットが発する短波長放射を飲み込んでいる。待てよ? この黒い地表では、飲み込んだエネルギーに地表構成分子が反応して強振動を起こしている。飲み込んだエネルギーより大きな長波長熱放射を大気に送り返している。これは……」
操縦士アスタの独り言を聞いていたインストは思わず口を出した。
「人工の大地ね……」
シュリアンが驚く。
「え? この真っ黒な渓谷が人工の大地?」
ダイルがさらにデータを読み解く。
「明らかに地表成分が人工的ですね。それにしてもこの湿度。なんだろう? 恒星オヤイアットからの赤外線エネルギーを地表に貯めて分子協振動で増加させ、地表下に隠した水を蒸発させる。地表全ての酸化を早めるように……。もしやこれは、先日見つかった失われた文明がメッセージに残した、世代交代を早めるための寿命短縮システムの一環ではないのか?」
シュリアンは驚きを隠しながら、冷静を装った。
「今は情報収集に集中しましょう。分析は後でいくらでもできる。時間がない」
「その通りだ。すまん。ただシュリアン。さすがに一機のプロキシフォレジャーだけでは、この星の全容はつかめないのではないか? 浮遊酸素は大量だが、ここまではほかの危険は見当たらない。一人一台のマニュアル操縦、全十機で情報を集めよう。一機ずつ、合計百時間かけるより一気に進めた方が、待機しているMパックにも負担が少ない。時間をかければ何が起こるかもわからない。どうだろうか?」
シュリアンはチラッとインストに目をやると、インストも同意を表している。
「わかりました。E班の第二班操縦士は、これからすぐにプロキシフォレジャー一機をマニュアル操縦で、基本調査を開始してください」
シュリアンの声に、操縦士たちはすぐに自分のコックピットに戻った。




