第63話 削ぎ落としの傾向〔佐伯の編集ノート〕
校閲跡を、佐伯は最初の三日で総覧した。千百ページのうち、廣澤の校閲が入っているのは八百ページほどだった。残りの三百ページは、過去の調査記録の抜粋や外部分析の報告書で、廣澤の校閲は入っていない。八百ページに引かれた赤い線を、佐伯は一つずつ確認していった。
校閲跡の傾向は明確だった。第一に、「感覚的な記述」が削ぎ落とされていた。「変だと思った」「気がした」「気になった」「妙な感じがした」「居心地が悪かった」——こうした語句に、赤い波線が引かれていた。削除の指示ではなかった。「波線」というのは、校閲記号としては「要確認」や「再考」を意味する。修正案は示されていない。しかし入稿前の原稿にこの波線が入っていれば、編集の常識としてその語は削るか、より客観的な表現に置き換える。
第二に、「個人名」が、削ぎ落とされていた。現場日誌に書かれた家族の名前、整理員が話に出した先輩の名前、外部の研究者の固有名——廣澤の波線はこうした個人名の周囲にほぼ例外なく入っていた。第三に、「日付の不確かさ」が、削ぎ落とされていた。「七月の半ばごろ」「六月の最終週か、七月の頭か」「曖昧な記憶だが」——時間の幅を持った記述に、波線が引かれていた。
佐伯はこれらの傾向を、編集ノートにまとめながら、傾向そのものは評価しなかった。校閲者の判断には、それぞれの方針がある。校閲者を批判する立場に編集者はない。しかし傾向を見ていて、ある違和感を感じた。
削ぎ落とされたあと報告書本文が何を残すのか——という問いが、傾向の中から立ち上がってきた。感覚を削ぎ、個人名を削ぎ、時間の幅を削ぐ。残るのは、「いつ、誰が、何を、客観的にどのように観察した」という記述だけになる。しかし、その「誰が」が削ぎ落とされた記述は、もはや「誰が」を持たない。
観察者が消えた観察記録が残る。
二週目の中盤、佐伯は校閲跡の集計を行った。手元のノートに、種類別の集計表を作った。波線(要確認の意味):千百ページ中、二千四百二十六箇所。 削除線:千百ページ中、ゼロ。 修正の朱書き:千百ページ中、十二箇所。 欄外の注記:千百ページ中、八箇所。
削除線がゼロ、というのが奇妙だった。通常、校閲者は削除を直接指示することがある。「不要」「冗長」「重複」——理由を付して、文章を削除させる。しかし、廣澤校閲は一箇所も削除線を引いていなかった。
波線だけだ。
波線は「要確認」を意味するが、削除を指示するものではない。修正案も示されていない。しかし、波線が引かれた箇所の表現は、原稿の最終形ではほぼすべて「より客観的な表現に置き換えられて」いた。誰が、置き換えたのか——。校閲者は波線を引くだけだ。編集者は波線を見て、修正案を策定し、原稿に反映する。それが通常の運用だ。しかし、佐伯はまだ修正案を策定していない。策定していないにもかかわらず、原稿の修正は進んでいる。修正は佐伯の知らない経路で行われている。
佐伯はノートに書いた。「修正の主体:不明。波線指示のみで、修正が遂行されている」。書いた事実を、誰に報告すべきかを考えた。考えながら、報告先を確定できないことに気づいた。中川に報告すれば、「校閲者の業務範囲です」と返ってくる。それは前回確認した通りだ。
報告しない、ということを判断した。判断したことを、ノートに書いた。「修正の主体について、報告は行わない」。
ノートの隅に、もう一行書いた。「自分は、修正に関する確認を、これ以上、進めない」。書いた字を、見た。「自分は」と書いた、主語があった。しかし、その「自分」が何を判断しないと「決めた」のか——を、もう一度読み直すと、書いた字がわずかに揺れて見えた。
佐伯はノートを閉じた。次の原稿を開いた。




