第54話 次の人〔野田の野帳〕
松田が消えたのは八月二十日と推定される。松田の居室で、書きかけの手紙が見つかった。便箋に、ボールペンで書かれた一通。封筒も用意されていた。封筒の宛名は「兄」とだけ書いてある。住所は記入されていない。
手紙の文面は、最初の数行は普通の挨拶だった。
「兄へ。最近、仕事のことで気にかかっていることがあります。実は——」ここで文章が止まっていた。「実は」のあとに、何も書かれていない。便箋には罫線があり、罫線の上には何も書かれていない。
次のページがあった。次のページに、別の文面があった。「次の人に、これを書いておきます。次の人はすでにこれを読んでいます。
読んでいるということは、もうここに来ている、ということです。ここに来た人は整理員として記録します。記録すると次の人を呼びます。」松田の字だった。
書いた日付の記入はなかった。書いた相手は「兄」ではなかった。「次の人」だった。手紙は便箋の三枚目の途中で終わっていた。終わり方は文章として完結していなかった。「呼びます」のあとに、何も続いていない。便箋の残りは空白だった。
松田の居室には、ほかに整理用の手帳が残されていた。手帳の最後のページに、走り書きがあった。「自分は——」。走り書きはその一語で終わっていた。「自分は」のあとに、何も書かれていない。
その三文字は消えるように細くなっていた。最初の「自」が比較的しっかり書かれている。「分」がやや薄い。「は」になるとほとんど見えないほど薄い。物理的に筆圧が弱かったのか、インクが切れたのか、書いた人間の何かが薄れたのか——判別できなかった。
松田の居室から、靴と荷物が残された状態で発見された。スマートフォンは机の上にあった。電源は入っていなかった。バッテリーが切れていた。冷蔵庫には、買ったままの状態の鮭の切り身が一切れ、賞味期限を一日過ぎて入っていた。
松田は台所に立ったまま、消えたか、あるいは、何かを書こうとして机に向かったまま、消えた。時間の特定はできなかった。野田はその手紙を、報告書編集の参考資料として後に佐伯から見せてもらうことになる。しかし発見の時点では、野田は手紙の現物を見ていない。今泉が松田の居室を最初に確認したときに発見し、中川に提出された。中川がそれを健康管理記録の付録として封緘した。
封緘された手紙の中に書かれていた文章を、野田は別の場所で読んでいた。現場で出土した木簡の、暫定読み下しの中にほぼ同じ構造の文章があった。「来る者は記す 記す者は留まらず 次なる者を呼ぶ」。松田の手紙の「次の人を呼びます」と、木簡第二枚の「次なる者を呼ぶ」。
文章の構造が揃っていた。しかし松田は木簡の暫定読み下しを読んでいない。読む権限がない位置にいた。整理員には、木簡解読の暫定読み下しは渡されていない。中川と廣澤と解読担当者の三者だけが、その文章を見ていたはずだ。
松田はそれを読まずに同じ構造の文章を書いていた。書いた、というよりは、書かされていた、と言うべきなのか——野田には、その区別が後になってからもつかなかった。




