第52話 主査と整理員〔野田の野帳〕
七月の中旬から、木口の話し方が変わり始めていた。会議で発言する内容は変わらない。日報の記述も、内容は正確だ。しかし語尾の組み立てが少しずつ変わっていた。
「私としては——」と言っていたところが、「主査としては——」に変わっていた。最初に気づいたのは七月十六日の朝のミーティングだった。木口がその日の発掘計画を説明していた。「主査としては、SK-07の南東方向への拡張を優先したいと考えている」と言った。
「私としては」ではなく「主査としては」。その日、会議室を出てから野田はその言い回しを反芻した。木口の口癖の変化だ、と最初は思った。しかし反芻しているとそれが単なる口癖ではないことに気づいた。
主査としては、と発言する木口は自分自身を職名で呼んでいる。「私」という主語と「主査」という主語の間には、距離がある。「私」は固有の人間を指す。「主査」は職務上の役割を指す。木口は意図的にその距離を作っているのか、それとも、距離が自然に出来ているのか——。
二週間ほど、観察した。「主査としては」が増えた。時々、「私としては」も出る。しかし「主査としては」の方が多くなっていた。
話の文脈が、業務上の判断のときは「主査として」。私的な雑談のときは「私として」。最初はそういう使い分けだと思っていた。しかし業務以外の話の中でも、「主査として」が混じるようになっていた。
たとえば、現場での休憩時間に三宅が「お子さんはおいくつでしたか」と聞いた。木口は「私の娘は六歳です」と答えた。次の日、また三宅が「奥さまもお元気ですか」と聞いた。木口は「主査として——」と言いかけて、止まった。
止まった、と木口自身が認識している様子があった。「私の妻は元気です」と言い直した。言い直したが、一瞬の止まりがその場の空気に残った。三宅は何も言わなかった。
野田も何も言わなかった。松田のことを、野田は別の場所で見ていた。調査室で松田と話す機会は、現場の野田にはそれほど多くない。整理員と現場調査員は職場が分かれている。松田は整理室で長時間の仕事をしている。野田が松田と話すのは主に現場から戻ってきた整理物を受け渡すときだ。
七月の半ば、松田の口癖も、変わっていた。「整理員としては——」。松田が自分のことを「整理員」と呼ぶようになっていた。松田は、二週間前まで「自分は」と言っていた。「自分はこの判断が妥当だと思います」「自分は確認しておきます」——主語が「自分」だった。
それが「整理員」に変わっていた。「整理員としては、こちらの分類が妥当と思います」「整理員として、台帳に記録しておきます」。主査と整理員。二人の異なる現場の人物が同じ時期に自分自身を職名で呼ぶようになった。
偶然なのか、現場の状況が二人の語法に影響したのか、別の要因なのか——野田は判断できなかった。判断できないことを、記録対象外とした。しかし手帳には書いた。「木口さん、主査と呼ぶ。松田さん、整理員と呼ぶ。並行している」。
書いた字を見て、自分の手を見た。左手の薬指の爪が白かった。整っている。子供の頃にぶつけて変形した記憶はない。野田の薬指の爪はずっとこの形をしてきた。
自分のことを「野田として」と呼んだことは、ない。今のところはない。




