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第47話 同じ手順が、二回目を踏んだ〔中川の業務記録〕

 松田整理員が来なくなったのは八月の末だった。今泉から連絡が来た。「松田さんが来ないんですが、連絡も取れなくて」。今泉の声が震えていた。震えていることを、今泉自身が抑えようとしていた。抑えながら、抑えきれていない。受話器の向こうで、今泉の呼吸が浅かった。


 居室の確認を依頼した。荷物が残っている。靴が残っている。スマートフォンが机の上にあった。テレビが消されていた。冷蔵庫の中身は買ったままの状態で残っていた。一週間前に買ったらしい鮭の切り身が賞味期限を一日過ぎていた。


 中川は内線で教育委員会担当者に電話した。


 「松田誠一整理員が本日付で所在不明となりました」「確認しております」と担当者は言った。速度が同じだった。間合いが同じだった。木口の失踪を報告したときとまったく同じだった。


 数字で表せば、二分四十二秒。前回(木口の報告)は二分四十七秒。誤差五秒。その五秒の中に、何が入っているのか——確認しなかった。


 録音を再生しているのかもしれない、という考えがまた来た。来るたびに、次の処理が来て、消える。


 「退職として処理してください」


 「はい。既定の手順で」


 「過去にも同様の事例がありました。対応は既定の手順で」その一文が、また来た。受話器を置いた。松田のファイルを出した。退職処理をした。退職日:令和五年八月二十日(推定)。退職事由:一身上の都合。


 書類の机の上に、「一身上の都合」が二つ並んだ。木口のファイルと松田のファイル。二つを並べて見たわけではない。中川は机の上に二つのファイルを並べなかった。木口のファイルはすでに付録Hに綴じてある。松田のファイルは今、机の上にある。物理的には別々の場所にある。


 しかし「一身上の都合」が二つあることを、中川は知っていた。知っていた、という認識を、抱えたまま、ファイルを閉じた。翌日、松田の兄から電話が来た。「弟と連絡が取れないんですが」と男性は言った。声が若かった。三十前後。東京の市外局番から発信されていた。「弟が最近、仕事が変だと言っていて。書いた覚えのない記述が台帳に残っているとか」


 書いた覚えのない記述。その言葉を、中川は受話器の向こうから受け取った。受け取ってから、手元のメモに書こうとして書かなかった。書く理由がなかった。


 「申告内容については外部へのお伝えが難しい状況です」と中川は言った。


 「でも本人から直接聞いた話なんですが」


 「確認が取れ次第、ご連絡します」


 「弟は、どこかに行っていることになっているんですか」


 「現在、確認を進めています」


 「警察には連絡しましたか」


 「ご家族から所在不明届を出すことができます。窓口は最寄りの警察署です」


 「いや、それは、職場の方では」


 「職場としては、退職として処理する手続きを進めています」電話の向こうで、男性が黙った。長い沈黙だった。十秒か、十二秒か。中川は受話器を耳に当てたまま、その沈黙を聞いた。受話器の向こうで、男性が泣いているわけではなかった。何かを言おうとして、言葉が出てこないわけでもなかった。ただ、何を言えばいいのかをその瞬間に決めかねている沈黙だった。


 「退職」と男性は最後に言った。「退職、ですか」


 「はい」


 電話が切れた。手帳に書いた。「松田兄、問い合わせ。確認中と回答」。


 書いた文字を見た。「木口妻、問い合わせ。確認中と回答」と同じ構造の文章だった。「問い合わせ。確認中と回答」。


 同じ手順が二回目を踏んでいた。確認は取れなかった。取れる見通しも立っていなかった。しかし「確認中」という言葉は正確だった。確認を終了したわけではないから。


 次の書類を取り出した。その日、廣澤は調査室に来なかった。来なかった、と中川は確認した。来室記録簿に廣澤の名前がない。


 しかし朝、中川が席についたとき、机の上に廣澤の校閲が入った書類が一通、置かれていた。赤いインクの線が引かれていた。誰が、いつ、どうやって、その書類を机に置いたのか——確認できなかった。書類を処理した。


 校閲の指示通りに、字句を修正した。処理を終えてから、自分の手を見た。爪は、白かった。整っている。変なところは何もなかった。

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