第46話 プログラム〔中川の業務記録〕
木口の妻からの電話の八日後だった。中川あてに封筒が届いた。差出人は木口の妻の名前だった。個人からの郵便物が、調査室に直接届くことは、稀だ。中川は封筒を開けた。
中に、二つ折りの紙が一枚入っていた。
コピーだった。「ピアノおさらい会 プログラム」と上部に印字されていた。日付は七月の最後の土曜日。会場は市内のピアノ教室の名前だった。演目が八つ、並んでいた。
上から五番目に、その名前があった。
「木口ナナミ 『メリーさんのひつじ』」
印刷された文字だった。手書きではなかった。
中川はその五文字を見た。ナナミ、という音がまた来た。今度は、音ではなかった。文字として、来た。
付箋が一枚、貼られていた。妻の字で書かれていた。「主人が見つかりましたら、渡してください。娘は、最後まで弾きました」。
最後まで弾きました。
中川は手順書を頭の中で確認した。所在不明者あての私物の受領に関する手順はない。健康管理記録に綴じる根拠も、ない。廃棄する根拠も、ない。転送する宛先も、ない。
手順がなかった。
手順のない書類を、中川は十年ぶりに手に持っていた。持ったまま、しばらく机の前に座っていた。それから、机の一番奥の引き出しを開けた。着任日の写真が入っている引き出しだった。
写真の上に、プログラムのコピーを置いた。
封緘しなかった。
糊は机の上にあった。該当する手順があるとすれば、手順書が定める処理は封緘だ。しかし中川は、糊に手を伸ばさなかった。伸ばさなかった、ということを自分で確認した。確認した理由を、業務上の言葉で整理しなかった。
引き出しを閉じた。
台帳には、書かなかった。受領の記録を残せば、処理の手順が発生する。手順が発生すれば、封緘か、廃棄か、いずれかに進む。書かなければ、その書類は、業務上、存在しない。
中川は次の書類を取り出した。処理を再開した。処理をしながら、頭のどこかに五文字が残っていた。
メリーさんのひつじ、ではなかった。
木口ナナミ、の五文字だった。




