第1話 五月十五日〔会議録〕
五月十五日の午前十時、千葉県特別埋蔵文化財調査室の第二会議室に、八名が集まっていた。会議室は調査室の三階の南西の角にあった。長机が三台、ロの字に配置されていた。机の上に名札が置かれていた。出席者の所属と氏名が白地に黒インクで印字されていた。会議室の天井は低く、蛍光灯の白い光が均一に部屋を満たしていた。窓は西側に一つだけあった。ブラインドが下りていて、外光は遮断されていた。
八名のうち、最初に部屋に来たのは中川靖広・課長補佐だった。九時四十分に部屋を開け、配布資料を順番に並べた。配布資料は六種類あった。「骸ケ谷逆山遺跡 発掘調査計画書」、「現場安全管理要領」、「申告事項処理手順(抜粋)」、「健康管理記録様式」、「外部問い合わせ対応要領」、そして「骸ケ谷既往記録抄」——この最後の一冊だけ、表紙の用紙が他と違った。古い和紙のような質感の表紙だった。
九時五十分、木口照彦・主査が来た。五十二歳。前任地は埼玉県の埋蔵文化財センター。現場主査として、二十年以上の経験を持つ。中川が「お疲れさまです」と声をかけた。木口は会釈して、自分の名札の前に着席した。
九時五十二分、整理員の松田誠一が来た。三十八歳。前職は美術品保存修復の補助業務。整理員としては三年目だった。
九時五十五分、調査員三名——野田彩乃、三宅辰実、塚崎良太——が連れ立って来た。三人は最近、近隣の発掘現場で一緒に仕事をしたばかりで、来た順序にも親しい雰囲気があった。九時五十八分、外部委託の解読担当者が来た。氏名の事前確認をされていない契約だった。名札も用意されていなかった。中川が「解読担当の方ですね」と声をかけ、空席を案内した。担当者は無言で着席した。
全員が着席した。
十時。
会議が始まる時刻だったが、廣澤校閲の席は空席のままだった。誰も、廣澤がいないことを口に出さなかった。始める、と中川が言わないので会議は始まらなかった。八人がただ、ロの字の机を囲んで座っていた。誰もスマートフォンを取り出さなかった。誰も雑談を始めなかった。
十時三分。
廣澤の席に、廣澤が座っていた——誰も入ってきた瞬間を見ていない。会議室のドアは出席者の正面の壁にある。八人のうち何人かはドアの方を向いて座っていた。しかし、誰もドアが開いた瞬間を見なかった。気がついたら、廣澤が席にいた。
廣澤は資料を、すでに開いている。中川が「では、始めさせていただきます」と言った。会議が始まった。




