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骸ケ谷 既往記録抄(三)

(七) 『骸ケ谷予備調査野帳(抜粋)』令和五年六月 野田彩乃 稿


 令和五年六月、本格調査の開始に先立ち、骸ケ谷地区において、簡易な踏査が実施された。担当者は調査員・野田彩乃。期間は二日間。記録は野帳の形で残された。


 野帳の冒頭の数頁に、踏査ルートと地表観察の記録が丁寧に書かれている。途中から、観察記録の合間に書いた覚えのない一行が混じり始めている。以下に、当該野帳の抜粋を原文のまま転載する。「六月二日 骸ケ谷北側斜面踏査。植生分布、両側斜面と谷底で明瞭に異なる。地表勾配、図上の標高差と整合せず。再測量を要する」。


 「六月二日 午後二時前後、谷底中央部にて、上空を見上げた。雲なし。日差し強し。しかし上空が、一時的に『天井』のように見えた。錯視と判断する」。


 「六月二日 夜、宿舎にて野帳整理中。本日のページの余白に、書いた覚えのない一行を発見。『これは、次の人のための記録です』。自分の字。書いた時刻を覚えていない」。


 「六月三日 踏査二日目。担当範囲を完了。所感:当地は、踏査者の記録を、踏査者自身に書き戻させる構造を持つように、感じる」。以上の抜粋は令和五年六月の予備踏査の段階で、野田彩乃がすでに「当地に関する記録の一部」となっていたことを示唆する。本格調査の開始は当該予備踏査の翌週からである。


 [編注]本項は本格調査の終了後、報告書編集の最終段階で編集者・佐伯志保によって、本『既往記録抄』に追加収録された。追加収録の判断は佐伯志保による。本記録抄編者は当該追加に同意した。同意の経緯について、本書末尾において、確認することができない。


(八) 『紀北山岳信仰遺跡予備踏査野帳(最終頁の写し)』二〇一三年七月 樋口さとみ 稿


 二〇一三年七月、和歌山県紀北山中の山岳信仰遺跡について、二日間の予備踏査が実施された。担当者・樋口さとみは、踏査二日目、本人の所在を確認できぬまま、踏査ルートの中盤に三脚と野帳を残し、消えた。後に「山中における滑落の可能性」として処理されている。以下に、当該野帳の最終頁の写しを原状のまま転載する。


 「七月某日 北側尾根筋踏査単独。植生密、視界制限。明るすぎる」。以上、二行のみ。「明るすぎる」の三文字は、頁の最終行にほぼ単独で書かれている。それまでの数頁にわたる詳細な踏査記録の質感と明らかに異なる。


 頁の余白に、赤い波線が一本、入っていた。波線の下に、朱書きで一語、書き込まれていた。


 「順序」


 [編注]本項の追加収録は、本『既往記録抄』編者の判断の範囲を、ある程度超える性質を持つ。骸ケ谷案件と紀北案件は、案件として別個であり、本来、本記録抄に併載される根拠を持たない。当該野帳と当地の調査記録との関連の有無については、読者の判断に委ねる。


[編者 後注(補遺版)]


 以上の八項目をもって、骸ケ谷に関する『既往記録抄』の全文とする。本記録抄は、現在および将来、骸ケ谷の地に関わる関係者の参照に供するものである。関係者の範囲については、本書の冒頭の通り、本記録を一読された者を含む。関係者は本書を読了した時点で本書の編纂に参与する者となる。


 本記録抄の編纂にあたって、編者は原本の表現を可能な限り保持した。校閲上の判断により表現を改めた箇所は編注として示した。編注を入れた者の判断は編者の判断と必ずしも一致しない。複数の判断主体が本記録抄の編纂に関与した。


 関与した判断主体の数は、本書末尾において、確定することができない。本記録抄を読まれた関係者はそれ自体として本記録抄の編纂に関与した判断主体の一名となる。新たに関与する判断主体の数は、関係者各位が本記録抄を読むたびに、増加する。関係者各位の協力に、深く感謝する。


 廣澤文彦

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