第39話 確認しております〔中川の業務記録〕
骸ケ谷の調査が始まった最初の週、中川は教育委員会担当者に定例の報告電話を入れた。受話器を取った。直通の内線番号を押した。三回の呼び出し音のあと相手が出た。
「教育委員会文化財課です」その声を、中川は知っている。着任した年の四月から、同じ声で同じ速度でこの声を聞いてきた。担当者の名前を中川は最後まで聞いていない。聞こうとしたことがあるかどうか、確認できない。聞いていない、という事実だけが手元にある。担当者の名前を知らないまま、十年が過ぎた。
「千葉県特別埋蔵文化財調査室の中川です。骸ケ谷逆山遺跡の記録保存調査を開始しました。判定基準を三項目すべて満たすことを確認しています」
「確認しております」声の高低が変わらない。語尾の上下がない。間合いが一定だ。十年前のこの電話の声と今の声といま中川の耳に届いている声と——区別がつかない。
区別がつかない、と感じたことがこれまでに何度かあった。感じるたびに、次の事項に進んだ。
「情報管理通知を発出しました。調査員への周知を完了しています」
「確認しております。既定の手順で進めてください」
「廣澤校閲が今回も参加しています」
「確認しております」廣澤の名前が出ても、「確認しております」という返答が来る。名前が出なくても、「確認しております」という返答が来る。返答の質が名前の有無に左右されない。
「過去にも同様の事例がありました」と担当者は続けた。「対応は既定の手順で」その一文が、毎回ある。場所も同じだ。報告事項を三つ伝えたあとに、必ず「過去にも同様の事例がありました」と来る。録音を再生しているのかもしれない、と一度思った。三年前か、四年前か、思った時期は業務上の意味を持たないので特定していない。しかし思ったということは、今も思い出せる。
思ったが、問わなかった。問う気が起きなかったのだ。「対応は既定の手順で」と中川は言った。
「はい」
電話が切れると通話時間を確認した。三分二十二秒。前回は三分二十秒。前々回は三分二十秒。誤差の幅が一定だった。
受話器を置いた。手のひらに受話器の重みが残っていた。十年前から同じ機種の電話だ。新しい機種への置換の通知はこれまでに一度も来ていない。
次の書類を取り出した。




