第23話 七月二十二日〔記録者不詳〕
七月二十二日の朝、調査室経由で現場に郵便物が届いた。大判の封筒だった。差出人欄に「木簡解読委託」とだけ印字されていた。担当者名は記入されてい
ない。前日、解読担当者が電話で「報告書を発送した」と伝えていた、その報告書だった。
中川が朝の便で受け取り、午前中のうちに現場の連絡便で送ってきた。木口は午前十一時半にそれを現場小屋の机で受け取った。
封を切った。
中身はA4の冊子が一冊。表紙に「骸ケ谷出土木簡四枚 最終解読報告書」と印字されていた。著者名の欄は空白だった。木口は冊子を、開いた。
冒頭の数ページは四枚の木簡の写真とそれぞれの暫定読み下し。これは、これまでに何度か、中間連絡で受け取った内容と同じだった。第四枚の項目。「この手順を記した者も かつては——」までは、これまでの中間報告と同じ。
その後に、続きが書かれていた。「この手順を記した者も かつては 来る者であった 次に記す者へ伝ふ」。最後の二行が判読された形で確定されていた。木口はその二行をしばらく読んだ。
読みながら、ページをめくった。続いて、解読結果の総括が書かれていた。「以上の四枚は、当地における調査者の連続性を、過去から未来への一貫した手順として記述したものである。記録者は、各代において、入れ替わる。しかし、手順は入れ替わらない。本報告書を読了した者は、本報告書の指示する手順の中に、位置することになる」。
その下に、別紙が綴じられていた。「本日の現場における出来事(記録)」と表題が付いている。木口はその別紙を開いた。別紙には、本日——令和五年七月二十二日——の現場の出来事がすでに過去形で記述されていた。
「午後二時前後、現場の南西区画にて、調査主査・木口照彦の所在不明。野帳に書きかけの記述あり。『主査として、本日の作業を——』」。木口はその一文を読んだ。
まだ、午前十一時半だった。午後二時前後の出来事が、報告書の別紙にすでに書かれていた。木口は、自分の手元に現場用の野帳があるのを、確認した。今朝、新しいページを開いたところだった。「七月二十二日」の日付欄に、まだ何も書かれていない。
しかし、報告書の別紙には「主査として、本日の作業を——」という野帳の記述が、すでに引用されていた。書いていない記述が引用されているのである。木口は報告書を閉じた。閉じた手がわずかに止まる。止まったことを、確認した。止まった理由を、業務上の留置事項として現場日誌の記録から、外した。
午後二時、木口は南西区画の床面測量を行っていた。三宅と一緒だった。三宅が三脚の角度を調整するために少し離れた。離れていたのは三分ほどだった。
戻ってきたとき、木口の姿がなかった。三宅は、最初、別の区画に移動したと思った。木口は時々、別の区画を確認しに行く。しかし、木口の野帳が床面の上に置いたままだった。野帳は、木口にとって、現場の中で常に手元にあるものだった。野帳を残して別の区画に行くことは、これまで一度もなかった。
野帳の最後のページに、書きかけの一行があった。
「主査として、本日の作業を——」その一行で、文が止まっていた。「作業を」のあとに、何も書かれていない。三宅は野帳を取り上げた。ページを閉じる前に、その一行をもう一度見た。
主査として。
木口が自分のことを「主査」と呼んでいた。書いた字は確かに木口の字だった。最後の「を」までは、書いた。書きかけのまま、木口は消えた。
現場全体で所在確認を行った。見つからなかった。その日、現場小屋の木口の机の上に、朝届いた報告書の冊子が、開いたまま、残されていた。報告書の別紙のページが表になっていた。「午後二時前後、現場の南西区画にて、調査主査・木口照彦の所在不明」——という一文が、木口の机の上で読める状態になっていた。
誰が現場小屋に入って、ページをそのままにしたのか——確認できなかった。野田はその報告書を見た。別紙の続きを、読もうとした。次の段落の見出しは「午後三時過ぎ、現場の所在確認結果」となっていた。
その下の本文は印字されていなかった。
空白だった。
午後三時過ぎ、現場の所在確認の結果はまだ書かれていない。野田はその空白を見た。午後三時過ぎ、現場全体でもう一度所在確認を行った。午後三時過ぎ、誰もいない、別の区画で——野田は空白を埋める言葉をまだ用意していなかった。
報告書は、空白のまま、机の上に残されていた。現場日誌に、その日の最終記述を誰が書くべきかを、現場の全員が互いに譲り合った。最終的に、野田が書いた。「七月二十二日。午後二時前後、木口主査の所在確認不能。午後三時過ぎの所在確認結果:(空白)」。
書いてから、報告書の別紙の見出しと自分が書いた現場日誌の最終記述が、構造として一致していることを、確認した。書いた事実が手元にあった。その日、現場の作業は中断された。翌日から、しばらく現場は閉じた。




