第21話 晴と書いた〔木口の現場日誌〕
七月四日、木口は現場日誌にその日の天候を書いた。「天候:晴」。書いてから、ふと窓を見た。現場の作業小屋の窓。雨が降っていた。
降り出したのは朝の早い時刻だった。木口が現場に入ったときから、すでに小雨だった。日中、雨は強くなったり弱くなったりしながら、続いていた。その日は、朝から、雨だった。
しかし、木口は現場日誌に「天候:晴」と書いていた。書いた手を、見た。自分の手だった。書いた字は自分の字だった。「晴」。
なぜ「晴」と書いたのか、わからなかった。木口はその項目を二重線で消した。線を引きながら、二重線の引き方がいつもより遅かった。引きながら、引く動作の遅さを自分で確認していた。
二重線の上に、「雨」と書き直した。書いた字を、しばらく見た。「晴」と書いた字と「雨」と書いた字が、同じ字体だった。なぜ「晴」を書いたのか、判断保留と記した。
書いてしまったから、訂正した。それだけだった。その日の夜、現場宿舎で木口は手帳に書いた。「天候欄に晴と書いた。しかし当日は朝から雨だった」。
手帳の備考欄に書いた。「気がした、ではなく、書いた。書いた事実がある」。書いて、凝視した。
「書いた事実」を、誰に申告すべきかを考えた。考えなかった。考える気が起きなかった。代わりに、自分の左手の薬指を見た。
爪が白かった。白いということが確かなことだった。今日はそれだけが確かなことだった。




