第18話 天井(三宅)〔三宅の野帳〕
六月二十九日、三宅は別の区画で発掘作業をしていた。SI-0666の北東側、二十メートルほど離れた地点。野田が床面測量をしている区画とは、視覚的にもほぼ接していない、別の作業エリアだった。三宅も、午後二時前後、現場の小屋から出てきたところだった。
日差しの中を歩いた。現場の上方を、ふと見た。その瞬間、三宅の中で何かが入れ替わった。空が、天井に見えた。
建物の中の天井ではない。覆いかぶさるような白い天井。三宅は立ち止まった。空を見続けた。三秒、五秒——空が空に戻るまでに十秒近くかかった気がした。
立ち止まっている三宅を、近くで作業していた塚崎が見た。「三宅さん、どうしました」と塚崎は声をかけた。「あ、いえ」と三宅は答えた。
「すいません、ちょっと空が」
「空が?」
「すいません、なんでもないです」三宅は野帳を出した。その場で、書こうかどうか、迷った。業務上、書く必要があることなのか。錯視を業務記録に書くのは、不適切ではないか。書いたら、塚崎にも何かを言われるのではないか。
しかし、書かなかったら——書かなかったら、何が残らない、ということになるのか。
書いた。
「現場で作業移動中、空が一時的に『天井』に見えた。約五〜十秒。錯視と判断する」。書きながら、「天井」という言葉を選んだ理由を、自分で確認した。
ほかに、表現のしようがなかった。空が、平面の白いものになって、頭の上から覆いかぶさってきた——という感覚を、最も的確に表現する言葉が「天井」だった。書いて、ペンを置いた。その日、現場の終業後、現場小屋で日報の取りまとめを行った。
木口主査が日報を見ていた。野田の野帳と三宅の野帳が別々に提出されていた。木口は二つの野帳を続けて読んだ。読みながら、止まった。
野田の野帳:「上空が一時的に『天井』のように見えた。約三〜五秒間」。 三宅の野帳:「空が一時的に『天井』に見えた。約五〜十秒」。
時刻:両者とも、午後二時前後。場所:野田はSI-0666の床面、三宅は別区画。離れていた。しかし、同じ時刻に同じ表現を二人が独立に選んだ。
「天井」。
二人の人間が別々の場所で、別々の作業の最中に、空を見て、それを「天井」と表現した。木口は二つの野帳を机の上に並べた。並べた事実が現場日誌に残った。現場日誌に、木口は書いた。
「野田・三宅、同時刻に異なる地点で、上空を『天井』と表現する錯視を申告。両者は事前に話していない」。書いてから、その記述の意味を考えそうになった。考えなかった。
考える気が起きなかった。現場日誌を閉じた。




