第15話 逆〔木口の現場日誌〕
六月二十六日、地質コアサンプルの分析結果が初期報告として返ってきた。地質コアは現場区画の四隅で深度十五メートルまで採取していた。当該地域の標準的な堆積層序と比較するため、外部地質分析機関に発送していた。初期報告に、こう書かれていた。
「堆積層序が逆転している可能性が高い。標準層序と比較すると上下が反転している部分が認められる」。地層の上下が反転している。通常、堆積層は、下が古く、上が新しい。重力的な蓄積の論理から、それは揺らがない原則だ。地殻変動による地層の褶曲や逆断層では、一部の地層が反転することがある。しかしその場合、反転部分には、必ず明確な構造的境界が認められる。褶曲の軸、断層の面、変質帯——いずれかの構造的痕跡が残る。
骸ケ谷のコアには、その痕跡がなかった。地層はなめらかに堆積していた。連続性があった。にもかかわらず、上下が反転していた。
地質分析機関の追加報告で、もう一つの所見が示された。「コアの最下部の堆積物が地表周辺の表土と組成・年代が一致する」。深度十五メートルの最下部が地表と一致する。その間の地層が徐々に「古い方向」に進んでいく。中間の深度六〜八メートル付近で、最も古い堆積層が出てくる。それより深い層はまた「新しい方向」に戻っていく。
地層が折り返している。地表から下に向かって掘っていくと最初は表層、次に下層、と古くなっていく。途中で最古層に達する。それより深くなるとまた新しくなる。最下部で、地表と同じ層になる。
地下が逆になっている。あるいは地下のさらに下にもう一つの「地表」がある。深度二十二メートル付近、と推定された。現場の周辺の標高は海抜二十二メートルだった。
地表の標高と地下の折り返し深度が数値的に一致していた。木口はその報告を現場日誌に書いた。書きながら、ペンが揺れた。書いた字がいつもより斜めに傾いていた。
書き直さなかった。「地質コアの堆積層序、深度二十二メートル付近で折り返し。地表面と数値的に一致」。その下に、別の一行を書いた。
「逆山」。
書いた瞬間、書いた手を自分で確認した。なぜその語を書いたのか、判断できなかった。「逆山」という語は、現場の名称の一部だ。「骸ケ谷逆山遺跡」。しかし、木口は今までその「逆山」の意味を、地名としてしか受け取っていなかった。山が逆さま——というのは、伝承上の表現だ、と思っていた。
しかし、コアの折り返しを見て、書いた字は「逆山」だった。地下が逆さまの山——。地表が下にもある——。その語を、現場日誌の余白に消さずに残した。
業務記録としての評価は保留した。




