第11話 SK-07〔木口の現場日誌〕
六月十二日、土坑遺構が検出された。現場の東側区画の、地表下三・二メートルの位置。直径約一・二メートル、深さ約八十センチの円形の掘り込み。土坑番号「SK-07」と命名された。SK-01からSK-06までの土坑は、それぞれ底面に副葬品らしき小遺物を伴っていたが、規模は小さかった。SK-07は、それより一回り大きく、内部からの遺物の出土量も多かった。
検出時、土坑の底面付近から独特の臭気が確認された。臭気は最初に降りた三宅が報告した。「なんか臭います」と三宅は言った。「どんな臭いですか」と木口が聞いた。
「ちょっと——表現が難しいですが」三宅は土坑から出てきた。地上で深呼吸した。「鉄錆びのような、しかし鉄錆びとは違う。動物の毛が湿ったような、しかしそれとも違う。煮詰めた塩のような——」
いくつかの似た臭いを並べたが、どれもしっくり来なかった。木口も降りた。土坑の底面付近で、臭いを確認した。臭気はあった。しかし、木口の鼻には、三宅が並べたどの表現とも違って感じられた。木口にとって、その臭いは「古い書類の積まれた部屋の臭い」に近かった。図書館の古い書庫、書類保管庫、長年閉ざされた事務室——そういう場所の空気に似ていた。
木口は土坑から上がった。「私は、古い書類の臭いに感じます」と木口は言った。三宅は不思議そうな顔をした。
「全然違うじゃないですか」
「同じ場所の臭いを、別の表現で受け取っている、ということになります」野田も降りた。野田は数秒、底面の付近で立ち止まっていた。上がってきて、「私は、湿った金属の臭いだと思いました」と言った。三人で、三つの異なる表現が出た。
臭いに関する表現はもともと主観的だ。同じ臭いを、異なる人が異なる表現で記述するのは珍しくない。しかし、三つの表現が互いに参照点を共有していなかった。「鉄錆びのような」と「古い書類のような」と「湿った金属のような」——三人が同じ場所で同じ空気を吸って、別々の方向に記憶が引かれていった。表現の選択肢が広い、というのとは違う。三人とも、自分の中の何か別の場所から別の臭いを呼び出していた。
臭いそのものは一つだ。しかし、その一つが、三人の中で三つに分かれていた。現場ではそれぞれの感じた臭いを、それぞれの主観として日誌に記録した。木口は備考欄に書いた。
「SK-07底面付近で臭気を確認。観察者三名が異なる物質を想起した。臭気の客観的分析は外部機関に依頼予定」。その夜、外部分析機関に土壌サンプルを発送した。
二週間後、分析結果が返ってきた。「特異な有機化合物の痕跡が認められるが、現在の分析手法では同定不能」。臭気の正体は特定できなかった。その後、SK-07の発掘を進めながら、木口は時折、底面付近の臭気を確認した。最初に「古い書類の臭い」と感じた印象は、日を追うごとに変わった。一週間後には「ピアノの中の埃の臭い」に感じた。十日後には「子供の頃の祖母の家の押入れの臭い」に感じた。
毎回、違う臭いだった。そのいずれも、自分の記憶のどこかに似たものがあった。臭いが似ていることに、最初は気づいた。しかし、それが「自分の記憶」を引き出してくる、という構造に気づいたのはもう少し後だった。
臭いが、観察者の記憶のどこかにある何かを、引き出してくる。観察者ごとに、引き出されるものが違う。観察される対象が観察者ごとに違うものを呼ぶ。木口はそれを、現場日誌には書かなかった。書くと観察記録としての客観性が損なわれる。
書かなかったが、手帳に書いた。
「臭いは観察者の中の何かを呼ぶ」。
書いた字を、しばらく見た。




