第三話「駄菓子屋と消えた当たりくじ」
とある夕方、大牙は駄菓子屋・八重野商店へ来ていた。
「おばちゃーん!元気してる?」
「はいはい、元気よ。たいちゃんは相変わらずねぇ。お仕事は?」
八重野商店の店主は、近所の子どもたちから「おばあちゃん」と呼ばれている。
ただ、大牙が子どもの頃から通っていたせいで、彼だけは今でも「おばちゃん」と呼んでいた。
「この時間は喫茶店の方も暇だからさ〜。探偵の方も依頼ないし」
「あらあら、それでやってけてるのかい」
「んー、まあ俺は凪から困らないくらいは給料貰ってるからな〜。凪どうやってやりくりしてるんだろうね?」
「探偵さんってのは、そういうところも謎があった方がいいんじゃないかい」
「いや、雇われてる側としては謎だとちょっと困るんだけど」
「凪ちゃんは元気してるかい?子どもの時はよく遊びに来てたんだけどねぇ」
「凪ちゃん……あいつ、ちゃん付けされるんだ」
「平日の昼間なんかによく来てたね。買い物よりそこのベンチで本読んでる方が多かったけどねぇ」
「へぇ〜ま、アイツらしいや」
そんな会話をしながら、大牙は店の中をのんびりと見て回っていた。
八重野商店は、昔ながらの小さな駄菓子屋だ。
色あせたポスター。
低い棚に並んだ駄菓子。
天井近くでゆっくり回る扇風機。
店の奥には、いつから置かれているのか分からない招き猫が、少し眠そうな顔で座っている。
「お! このカード懐かしいな!」
大牙は、ウエハース付きのカード菓子をひとつ手に取った。
「おばちゃん! これとラムネときなこ棒ちょうだい!」
「はいよ、三百二十円ね」
「ありがと!」
「凪ちゃんにも、遊びにおいでって伝えておいてねぇ」
「伝えとくよ〜」
大牙は会計を済ませると、店の前に置かれたベンチに腰を下ろした。
ラムネの瓶を開けると、からん、とビー玉の落ちる音がした。
「やっぱ夏はこれだよなぁ」
まだ夏というほど暑いわけではなかったが、大牙は満足そうにラムネを飲む。 それから、ウエハース付きのカードを開封した。
「え! めっちゃキラキラしてるわ! これレアなやつじゃね?」
「いや、それそんなレアなやつじゃないよ。僕も持ってる」
声をかけてきたのは、近所の小学生、健太だった。
ランドセルは背負っていない。
手には小銭の入った小さながま口を持っている。
「な〜んだ、そりゃ残念。お前詳しいの?」
「そりゃ〜今、小学生の間じゃかなり流行ってるからね!」
健太は少し得意げに言うと、ふと大牙の顔を見上げた。
「あ、ていうか、おじさん探偵やってるんでしょ?」
「お兄さんだろ!」
大牙は反射的にツッコんだ。
それを見て健太はニヤニヤしている。
「まあ、探偵っちゃあ探偵だけど。メインでやってるのは相方の方だな。何だ、依頼か?」
「ちょっとね……ここじゃなんだから、その相方さんのとこ連れてってよ」
健太は声を落として、ちらりと八重野商店の方を見た。
大牙は、健太の視線が八重野商店の奥に向いたことに気づいた。 どうやら、店の中では言いにくい話らしい。
「おー、俺はいいけど、簡単にその辺の大人について行くんじゃねーぞ」
「たいちゃん……大人だったの?」
「大人だよ!」
「えー」
「なんだよ『えー』って……まあとにかく知ってる相手でも一応気をつけろよってこと!」
「はーい」
大牙は空になったラムネの瓶を店先のケースへ戻し、さっき引いたカードを派手なシャツの胸ポケットにしまって立ち上がった。
「んじゃ、まあ行くか。すぐそこだ」
二人はここから徒歩五分程の喫茶モルモットへ向かった。
カランコロン、とドアベルが鳴る。
「凪ー! 依頼人連れてきたぞ〜」
大牙の後ろから、健太が少しだけ顔を出す。 店内を見回して、それから窓際のモルモット用スペースで牧草を食べているたまこに目を留めた。
「うわ、モルモットいる」
「看板モルモットのたまこ様だ。機嫌がいいと鳴く」
「機嫌が悪いと?」
「圧を出す」
窓際で、たまこがもしゃ、と牧草を噛んだ。
奥の席で文庫本を読んでいた凪は、大牙の方をちらっと見る。
「未成年を連れ回してたの?」
「言い方!!」
「それで、依頼というのは?」
凪が本にしおりを挟み、テーブルの端に置いた。
健太は少し迷うように、胸の前でがま口を握りしめた。
「八重野商店のくじ、最近おかしいんだ」
「くじ?」
「当たりが、出ない」
「おいおい、そりゃお前の運がないだけじゃないのか?」
「違うよ!友達も全然当たってないんだもん!おばあちゃんが抜いてるんじゃ……」
「おい、あそこのおばちゃんは俺らが小さい時から駄菓子屋やってるけど、そんなこすいことやるような人じゃねぇ」
大牙の低い声に、健太がびくっと肩を揺らした。
「あ……いや、悪い。怒ってるわけじゃねぇよ。ただ、あのおばちゃんがそういうことするとは思えないってだけで」
「大牙、威圧しないの」
「だってよぉ……」
「実際、最近は当たりが全然出ていないんでしょ?」
健太がこくこくと頷く。
凪は少しだけ考えるように、テーブルの上のしおりを指で押さえた。
「それなら、確認する価値はあるね」
「事件って言わないんだな」
「これは……事件だね」
「結局言うのかよ」
その時、窓際でたまこが短く鳴いた。
プイッ!
「たまこも調査しろって言ってる」
「絶対言ってないだろ」
「くじに関することなら任せろという顔をしている」
「どんな顔だよ」
「では、調査は引き受けるとして」
凪は健太の方を見た。
「報酬は?」
健太は少しだけ表情を引き締めた。
「……これ」
健太はがま口ではなく、ズボンのポケットからカードを一枚取り出した。 透明のスリーブに入った、きらきらしたカードだった。
「こないだ当てたレアなやつ。これなら、ちょっとは価値あると思う」
「え、そんなんいいのかよ」
大牙が思わず身を乗り出す。
「本当は、探偵さんに依頼するのって高いんでしょ? 僕、価値ありそうなもの、これしかないから……」
健太はカードを両手で持って、凪の方へ差し出した。
大牙はしばらく黙って、そのカードを見ていた。 さっき自分が引いたものとは、輝き方が違う。
それに、健太の手の中のそれは、角も折れていないし、ちゃんと大事にされているのが分かった。
「……なあ、健太」
「なに?」
「事件解決したらさ、そのカードじゃなくて、八重野商店でくじの飴、奢ってくれよ」
「え?」
「二人分。俺と凪の分」
「そんなのでいいの?」
「いいよな、凪?」
凪は少し考えるようにしてから、うなずいた。
「依頼内容に合った報酬だね」
「だろ?」
健太はカードを持ったまま、何度か瞬きをした。
「でも、それ十円のやつだよ」
「じゃあ二十円だな」
「探偵って、そんな安くていいの?」
「子どもはそんなこと気にするな」
「じゃあ、現場を見に行こうか」
「今から?」
「当たりくじは待ってくれないからね」
「いや、くじは待つだろ」
「あのっ」
健太が大牙の袖を引き、小声で言う。
「おばあちゃんには言わないで……」
「うーん……容疑者には話聞かないとなあ」
「聞こえてんのかよ。ってか容疑者言うな!」
大牙は凪にそう言ってから、すぐに健太の方を見た。
「まぁ、話を聞く必要はあるが、そう悪いようにはしねぇから安心しろ」
そうして一行は、再び八重野商店へ向かった。
八重野商店の前まで戻ると、健太は少しだけ足を止めた。
「どうした?」
大牙が振り返る。
「……おばあちゃん、悲しむかな」
大牙は振り返って、少しだけ眉を上げた。
「気にしてんなら、さっきみたいな言い方すんなよ」
「……うん」
「でも、変だと思ったんだろ」
健太は小さくうなずいた。
「なら、まずはちゃんと話を聞く。俺らもいきなり疑うような言い方はしねぇよ」
そう言って、大牙は店の引き戸を開けた。
「おばちゃーん! 凪も連れて早速来たよ!」
「おやおや、遊びにおいでとは言ったけど、今日来るとはねぇ……元気かい? 凪ちゃん」
「元気だよな! 凪ちゃん!」
「いや、凪ちゃんって……もういい歳なので……」
「私からしたら、みんな子どもさねぇ」
駄菓子屋のおばちゃんは、にこにこと笑っている。
「あ、そうそう。ちょっとさー、飴のくじ引かせてよ」
「あぁ、はいはい……ちょっと待っててね」
そう言いながら、おばちゃんはレジの奥から赤い厚紙でできた箱を出してきた。
「うわー! そうそう、こんなんだったね! この中に紙のくじが入ってるんだったっけ? 懐かしー!」
「そうよ〜。赤い丸なら一等、青い丸なら二等。何もなければ三等ね。昔から変わらないよ」
「よっしゃ、じゃあ俺と凪で二回分ね! はい二十円」
「はいはい。さあ、どうぞ」
おばちゃんは箱を大牙に差し出す。
「どれにしよっかな〜……これ! 凪も引いてみろよ! 一緒に開けようぜ」
「まぁ、調査だしね」
そう言いながら、凪は箱に手を入れ、紙を一枚取り出した。
「よっしゃ、中見るか。せーの!」
二人して紙を開くと、どちらにも何も書かれていなかった。
「……まぁ、一回で当たったら、それはそれで話が早すぎるか」
「はい、これ三等の飴ね」
おばちゃんから飴を渡される大牙と凪。
大牙は貰ってすぐ袋を開けて飴を口に放り込んだ。
健太は店の外で、落ち着かない様子で二人を見ていた。
「おばちゃん、このくじって最近どのくらい当たり出てる?」
「ん〜そういえばしばらく出てない気がするねぇ」
大牙とおばちゃんが会話をする横でレジ横に置かれっぱなしの箱の中を凪がのぞき込む。
「全部開けちゃった方が早そうですね。まとめて買わせて頂いてもいいですか?」
「あら、それは構わないけど……何かあったのかい?」
「いやね、最近当たらないって噂を聞いたもんでさ。で、調査に来たってわけ」
「あら……そうだったの。不思議ねぇ……」
おばちゃんも箱をのぞき込む。
「このくじは、景品の数に合わせて作っているんですか?」
「えぇ、毎回数えて作ってるわよ」
「では、残りのくじも開けてみましょう」
三人で、残りのくじを一枚ずつ開いていく。
白。
白。
また白。
赤い丸も、青い丸も、最後まで出てこなかった。
「おかしいですね」
凪が、空になった赤い箱を見下ろす。
「とりあえず、残ってたくじの分は買わせてもらうね。二十二個だから……はい、二百二十円!」
大牙はお金を払い、三等の飴を二十二個回収した。
「凪〜。三等の飴はピッタリ無くなったぞ」
「一等と二等の飴は?」
「……残ってるな」
「となると、当たりくじだけが消えた……」
店の外で見ていた健太が、思わず一歩近づいた。
「ほら……やっぱり、おかしいんだ」
その声には、得意げな響きより、不安の方が強かった。
「そうだな、おかしいのは確かだ」
大牙は空になった赤い箱を見た。
「だから、これから調べるんだよ」
健太は小さく頷いた。
その会話を横目に、凪は空になったくじ箱を軽く持ち上げ、底を確かめた。
「箱に細工はなさそうですね」
「細工って」
「底が二重になってて当たりくじだけ避けてあるとか」
「あるわけねぇだろ!」
「となると、当たりくじは箱の外に出たことになります」
「そりゃそうだろうけど、誰が何のために?」
凪は、店の奥に並ぶ駄菓子を見た。
「景品が目的じゃないなら、当たりくじそのものに用があったのかもしれません」
「当たりくじそのものに、ねぇ……」
おばちゃんは少し考えるように、レジ横の赤い箱を見た。
「そういえば昔、当たりくじだけ持っていって、景品と交換しなかった子が一人だけいたっけねぇ」
「え、なんで?」
大牙が思わず聞き返す。
「その子は、くじ運がなくてねぇ。なかなか当たりを引けなかったんだよ」
おばちゃんは懐かしそうに目を細めた。
「でも、毎日一枚ずつ引いてねぇ。何回季節が変わったかね……ようやく当たりが出たんだよ。それで、『秘密基地に持ってって、みんなに自慢するんだ!』って。景品と交換するのも忘れて、そのまま出ていったっけねぇ」
「秘密基地ですか」
凪が顔を上げる。
「そうそう。秘密基地って言っても、藪の奥のちょっとした空き地に、子どもたちが板や木箱を持ち込んでただけだけどねぇ」
「あ〜……そういえば俺も行ってたっけな、その秘密基地。誰が見つけたんだか分からないけど、上級生から教わって、たまり場にしてたんだよ」
大牙は店の奥ではなく、裏手の方を見る。
「ふむ……一回、行ってみますか」
凪は空になったくじ箱を置いた。
「大牙、案内して」
八重野商店の裏手には、細い道がある。
昔は子どもたちだけがよく通った道だったが、今は草が伸び、低い木の枝が行く手をふさいでいた。
「……ここ、こんなだったっけ?」
大牙は枝を片手で避けながら、奥へ進んでいく。
健太は少し不安そうに、その後ろをついてきた。
「ここ通れるの……?」
「昔はもっとちゃんと道してたんだけどな」
「ほんとに?」
「多分……」
凪は、さらに後ろで足元に注意しながら歩いている。
「大牙はこの秘密基地、来てたんだ」
「まあな。駄菓子買って、ここで漫画読んだりカード見せ合ったりしてた」
「意外と普通の子どもだったんだね」
「まぁ、お前よりはな……お、ちょっと開けてきたな」
枝の隙間を抜けた先に、小さな空き地があった。
古い板と木箱が、草に半分埋もれるように残っている。
「……あー、ここだ。懐かし」
大牙が、ようやく少し笑った。
「あれ、あんな板あったっけ?」
大牙が目を向けた先には、薄汚れた板が一枚、壁のように立てかけられていた。
声を聞いて、板の近くまで歩いていった凪は、板の足元に落ちていた古い紙を見つけた。
雨に濡れて、端はぼろぼろになっている。 けれど、かすかに赤い丸が残っていた。
「これ、昔の当たりくじですね」
「貼ってあったやつか?」
「たぶん。落ちたんだと思います」
大牙は板を見た。
『あたりをひいたら、ここにはること』
子どもの字は、かすれているのに、まだ読める。
「……じゃあ、これが落ちたから、新しい当たりくじがここに集まったってことか?」
「そうかもしれません」
「誰が」
凪は少し黙ってから、古い当たりくじを見た。
「なくなったと思った誰か、かな」
「誰かって誰だよ」
「さあ」
凪は、新しい当たりくじを一枚ずつ拾い集める。
「ただ、ここは当たりを貼る場所だったんでしょう。空っぽになったから、また当たりが集まった」
「雑に不思議で片づけるなよ」
「雑じゃないよ。仮説です」
大牙は少し考えてから、古い当たりくじを拾い上げた。
「これ、貼り直せないか」
「糊でも持ってるの?」
「駄菓子屋に戻ればあるだろ。おばちゃんに借りる」
健太は、大牙が持っている古い当たりくじをじっと見つめていた。
「……僕、おばあちゃんがやったのかもって、ちょっと思ってた」
大牙は健太の頭に手を置こうとして、少し迷って、代わりに肩を軽く叩いた。
「でも、ちゃんと確かめようとしたろ」
「うん」
「なら、いまから謝ればいい。俺も一緒にいるから」
健太は小さくうなずいた。
八重野商店に戻ると、おばちゃんは当たりくじを一枚ずつ確認した。
「にしても、ほんとに秘密基地に集まってるとはねぇ……」
健太は少しうつむいたまま、両手を握りしめていた。
「あの……おばあちゃん。当たり出なかったの、ちょっとおばあちゃんが何かやったのかと思っちゃった……ごめんなさい」
おばちゃんは少し目を丸くして、それから健太の頭をやさしく撫でた。
「いいんだよ。当たりが出てなかったのは事実だからねぇ……こっちこそ気づかなくてごめんね」
「あ、そうだおばちゃん、糊かして」
「糊なんて何に使うんだい?」
「このくじ貼り直してくる」
おばちゃんに糊を借りると、大牙はもう一度だけ秘密基地に戻り、古い当たりくじを板に貼り直した。
雨に濡れて色は抜けていたが、かすかな赤い丸だけはまだ残っている。
「これでいいか」
大牙はくじを貼り終えて戻ってくると、レジ横に並べられた当たりくじと赤い箱を見た。
「あ、そういえば報酬このくじ二回分だったよな」
「そうだね」
「今引けば確定で一等か二等じゃん」
「それはくじとして面白くないからねぇ。明日またおいで。ちゃんと三等も混ぜておくから」
「まぁ……それもそうか。じゃあまた明日来るよ」
「あぁ、でも子どもたちには当たりのないくじを引かせちゃってたわけだから、しばらくはサービスしないとねぇ……」
おばちゃんはぽつりとつぶやく。
大牙は、店先で別の子に話しかけられていた健太に声をかけた。
「おーい、健太! くじはまた明日な!」
「わかったー! 明日放課後ね!」
そんな会話をし、凪と大牙は帰り支度を始めた。
「あ、そうそう」
おばちゃんは奥へ行くと、小さな袋を持って戻ってきた。
「はい、これ。たまこちゃんたちに持っていっておやり」
袋の中には、にんじんと小松菜が入っていた。
「お、助かる。たまこ様たち喜ぶよ。じゃあ今日のところは帰るわー」
「それでは、失礼します」
喫茶モルモットに戻ると、大牙はさっそく野菜の袋を窓際に持っていった。
「ほら、たまこ。おばちゃんから差し入れだぞ」
にんじんを差し出した瞬間、たまこがいつもより一歩前に出た。
その後ろから、おこめもそろそろと顔を出す。
「食いつきが違うな」
「新鮮なんだよ。にんじんなんて少し土が付いていたし」
凪がそう言って、袋の中をのぞき込んだ。
「……大牙」
「ん?」
凪は袋の中から、包み紙のついた大きな飴を取り出した。
一等の景品らしい大きさだった。
けれど、包み紙は少し色あせていて、いまの八重野商店で並んでいるものとは違って見える。
「……これ、今の飴か?」
「違うと思う」
凪は包み紙を指先で軽く持ち直した。
「少なくとも、今日見た景品とは違うね」
「なんで野菜の袋に飴が入ってんだよ」
「入れた覚えは?」
「ねぇよ」
大牙は飴を見て、少し黙った。
それから、秘密基地の奥にあった、あの古い当たりくじを思い出した。
「……いまさら、景品取りに来たのかよ」
翌日の放課後。
八重野商店の前には、子どもたちの声が戻っていた。
「当たった!」 「えー、いいな!」 「あー、僕は三等だぁ」
そんな声を聞きながら、大牙と凪は店の前に立っていた。
健太も、店先で少し誇らしそうに二人を待っている。
「ちゃんと当たり、出てるみたいだな」
大牙が言うと、健太は大きくうなずいた。
「うん。今日は当たりが多いみたい!僕も青丸でたよ!」
「よし。じゃあ俺らも依頼料分、引くか」
おばちゃんは赤い箱を差し出した。
「はいはい。二回分ね」
大牙と凪は、それぞれ一枚ずつくじを引く。
「せーの」
二人で開く。
どちらも白紙だった。
「……お前さぁ、ほんと運ないよな」
「君も三等だけど」
「それはそう」
おばちゃんは笑いながら、二人に小さな飴を渡した。
「はい、三等。今日は当たり多めに入れてあるんだけどねぇ」
「報酬、三等二個で確定かぁ」
そう言いながら大牙は貰った飴を口に放り込む。
「あ、そうだ。俺用事あるからちょっと待ってて」
秘密基地の奥には、貼り直した古い当たりくじがまだ残っていた。
雨に濡れて、色はほとんど抜けている。 それでも、かすかな赤い丸だけは見える。
大牙は、その下に一等の飴をそっと置いた。
「だいぶ経っちまったけど、景品置いとくな」
返事はなかった。
ただ、木の枝が風に揺れて、古い板が小さく鳴った。
「あ、戻ってきたね」
「おう、またせたな」
「用事ってなんだったの?」
「景品返してきた」
「あぁ昨日の」
大牙は、店先で遊ぶ子供たちを眺めた。
健太もほかの子どもたちに混ざって遊んでいる。
「そういえば……くじ当てた子ってどうしたんだろな?」
その話が聞こえていたのか、店の奥からおばちゃんが顔を出した。
「あぁ、その子は当てたあとしばらくして引っ越しちゃってね」
「わっ、びっくりした」
「今もどこかで元気にしてるんじゃないかねぇ」
「そうだといいなぁ」
帰り道、大牙はまだ少し、秘密基地のことを気にしているようだった。
「大牙、なかなかロマンチックなことするね。景品置いとくなんて」
「いや、だって怖いじゃん。野菜と一緒に入ってたし、古いし」
「多分、その子は今もどこかで普通に暮らしてると思うよ?」
「それでもだよ! それにあれは、その当てた子のだろ」
なんて話していると、喫茶モルモットに着いた。
窓際では、たまこが牧草を噛んでいた。
そして、その通りだとでも言うように、ぷい、と短く鳴いた。




