表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第四話「モル様祭りと戻ってきた写真」

とある日のランチ営業開店前、喫茶モルモット。


カランコロン、とドアベルが鳴った。


「こんにちは」


入口に立っていたのは、根住神社の宮司だった。

片手には、丸めたポスターを何枚か抱えている。


「お、モル神社の宮司さんじゃん。どうしたの?」


「モル神社……」


宮司さんは、なんとも言えない笑みを浮かべた。


「もうそろそろお祭りの時期ですから、今年もチラシを貼らせてもらおうかと思いましてね」


「あー、もうそんな時期か」


「お祭り?」


奥の席で本を読んでいた凪が、しおりを挟んで顔を上げた。

会話が聞こえていたらしい。


「あー、凪はあんま祭りとか行ってなかったもんな。この時期にあるんだよ、モル様祭り」


凪が本をテーブルに置いて二人の方へ歩いてくると、宮司さんは苦笑しながら、持っていたポスターを広げた。


「正式には、根住神社の廻縁祭。ねずみじんじゃ・かいえんまつり、と言うんですけどね。皆さん、モル様祭りと呼ばれます……」


そこには、赤い提灯と、丸い動物のような石像が描かれている。


「神社主催のお祭りなんですね」


「えぇ。うちの主神様である根住様は、なくしたものとの縁を結び直してくれる神様と言われています」


宮司さんは、少し懐かしそうにポスターを見下ろした。


「今はモル様祭りなんて呼ばれていますが、昔は縁戻り祭りと呼ばれておりました」


凪もつられるように、ポスターに描かれた丸い石像を見た。


「そんな言い伝えがあったのは知らなかったな。なんでモル様なんですか?」


「主神様の遣いが、恐らくねずみのような動物なのですが……像が丸々としていて、ちょうどそちらにおられるモルモットに似ている、ということでモル様と呼ばれているようです」


プイッ!


窓際から、誇らしげな声がした。


「いや、お前のことじゃないから! そもそもモルモットじゃないっぽいし」


大牙がたまこに対してツッコミを入れる。


「……でも、遣いの方が人気出るなんて、可哀想な神様だな」


「まぁ……でも親しみやすいのはいいことです。神様にとっては、忘れられるのが一番困りますからね」


その時、カウンターの奥からマスターが出てきた。

ランチの下ごしらえがひと段落したのか、手にはキャベツの葉を二枚持っている。


「おぉ、宮司さん。もうそんな時期か。ポスターなら貼っとくから、レジのところにでも置いといてくれ」


「ありがとうございます。それではよろしくお願いしますね」


宮司さんは丁寧に頭を下げると、残りのポスターを抱え直した。


「他のお店にも回らないといけませんので、これで」


そう言って、宮司さんは喫茶モルモットを出ていった。


「そんな面白い神社あるなんて知らなかったな」


凪は、宮司さんがレジ横に置いたポスターを見ている。


「まー、昔はそんなに行事もなかったしな。ここ数年だよ、祭りの規模がでかくなったの」


大牙がそう言ったところで、またドアベルが鳴った。


カランコロン、と乾いた音が店内に響く。


「どうも」


「あ、町内会長。おつかれっす〜」


町内会長と呼ばれたおじさんは、大牙の方を見ると、腕を組んでため息をついた。


「まーた、君はこんなところで油を売っているのかね」


「油売ってるなんてとんでもない! 仕事中ですよ〜」


大牙は大袈裟に両手を振った。


その会話を聞きながら、マスターはたまことおこめの皿にキャベツを置く。

それから、町内会長の方へ向き直り、声をかけた。


「あぁ、町内会長さん。祭りの協賛金の話ですかね?」


「よく分かりましたね」


「ちょうどさっき、宮司さんがポスターを貼ってくれって来たんですよ」


「そうだったんですか。それなら話は早い。今年も例年通りでお願いできますか?」


マスターはちらりと凪を見た。


「いやぁ、実はこの店、そちらの彼に買われましてね……経営が大変で、潰そうかと悩んでいたところだったんですよ」


「なんと! それは知らずに申し訳ない……」


「いえいえ。なので、協賛金に関しては彼にお話願えますか?」


凪はポスターから目を離し、町内会長の方へ体を向けた。


「あ、例年通りお出しするので大丈夫ですよ」


「え! 額も聞かずに? 大丈夫ですか?」


「えぇ、お構いなく。あとでマスターに確認しますので」


「それは話が早くて助かる。では、よろしくお願いします」


町内会長は頭を下げた。

それから、大牙の方へ向き直る。


「あなたは、こんなところで油を売っている暇があるなら、準備を手伝ってもらえると助かるのですが?」


「あー……いや、俺もなんだかんだ忙しいから……」


大牙は目を泳がせた。


「あ、そうだ。ちょっと駄菓子屋のおばちゃんから、おつかい頼まれてたんだった!」


言うが早いか、大牙は慌てた様子で店の外へ駆け出していった。


「まったく……商店街の手伝いはよくやっているのを見かけるのに。なんで祭りに関してだけは、あんなに嫌がるのか……」


町内会長が呆れたようにつぶやく。


凪は少し考えるように、顎に手を当てた。


「うーん。大牙、結構ビビりなので……お祭りの準備で何か粗相でもしたら、と考えているのかもしれませんね」


「そんなに信心深いなら、むしろ手伝ってほしいですけどね……」


町内会長は、やれやれと言うように小さく頭を振ったあと、すぐに凪へ向き直った。


「もしご都合よろしければ、祭りの前日、凪さんもお手伝いいただけると助かるのですが」


「承知いたしました。では、祭り前日、神社前で良いでしょうか?」


「えぇ、それでお願いします。では失礼しますね」


町内会長はもう一度頭を下げ、店を出ていった。


しばらくして、入口近くの植木の陰から、大牙がそろりと顔を出した。


「……帰ったか?」


「帰ったよ」


凪が答えると、大牙はようやく店内へ戻ってきた。


「なんでそんなにお祭りの準備嫌がるの」


「だって神社の祭りだろ? 準備で何かやらかして、祟りが〜とかなったらこえーじゃん!」


「そんなことだと思った」



数日後。


店の外から、祭囃子が聞こえてきた。


喫茶モルモットの周りにも出店が並び、通りはいつもよりずっと賑やかになっている。

赤い提灯が風に揺れ、焼きそばの匂いや甘い綿あめの匂いが、時折店の中まで流れ込んできた。


「くー! 結局準備手伝わされたし! まぁ、やらかさなかったから良かったけども!」


大牙はテーブルに肘をつきながら、ぐったりした声を出した。


「まあまあ。しっかり準備してくれたから、モル様もきっと喜んでるよ」


プイッ!


窓際で、たまこが短く鳴いた。


「それなりの働きだった、って顔してんな」


「評価は厳しめだね」


大牙は窓の外へ目を向ける。


「はー、にしても年々賑やかさが増していくな、この祭り」


通りには、鐘町の人だけでなく、町の外から来たらしい人の姿も多い。


「いいことじゃない」


凪も隣に立ち、窓越しに祭りの通りを眺めた。


「そういえばさっき、八重野商店のおばちゃんが、昔なくした髪留めを見つけたって言ってたな」


「へぇ。縁戻り祭りらしい話だね」


「そういうの、本当にあるんだな」


「少なくとも、今日はそういう日なんでしょう」


プーイ! プーーーイ!!


その時、窓際から強めの声が響いた。


「お、なんだ?」


たまことおこめが、ケージの中でそわそわしている。

前足を柵にかけるようにして、大牙たちを見ていた。


「あぁ、今日は部屋んぽさせてなかったな。大牙、出しといてやってくれ」


マスターがカウンターの奥から声をかける。


「はいよ〜。今準備するから待ってな〜」


大牙は手際よく床に落ちているものを片づけた。

キッチンの入口や本棚の周辺など、入られると困りそうな場所には柵を置いていく。


「準備終わったぞ〜。さあ、出動!」


大牙がケージの扉を開ける。


プーイ!


我先にと、たまことおこめが飛び出してきた。


たまこは周辺の匂いを確かめるように、鼻をひくひくさせながら歩き回った。

やがて、窓際のさらに日当たりのいい場所を見つけると、そこで平たくなってくつろぎ始める。


一方、おこめはというと。


「あー! ちょっとそこダメだって」


本棚から少し出ていた古い本の端を、柵の隙間からかじろうとしていた。


「ったく、油断も隙もねぇなぁ」


大牙は慌てておこめを抱き上げ、少し離れた場所へ戻した。

それから、本の無事を確認しようと、本棚の下からその古い本を引っ張り出す。


「……図鑑? こんなのあったっけ?」


大牙は表紙についた埃を軽く払った。


凪も近くへ寄ってくる。


「古そうだね」


「マスターのかな」


大牙はページをぱらぱらとめくった。


その時だった。


ひらり、と何かが落ちた。


「ん? なんだこれ?」


大牙が拾い上げたのは、一枚の写真だった。


そこには、幼い子ども二人と、若い頃のマスターが写っていた。


「わ、これマスター? 若そうだけど雰囲気全然変わんないな。周りの子たちは?」


凪も横から写真をのぞき込む。


写真の中で、一人の子どもはマスターに肩を抱かれ、にこやかに笑っていた。

もう一人の子どもは、その隣で、大きな図鑑を胸に抱え、控えめな笑みを浮かべている。


「……これ」


大牙は写真を顔の近くまで持ち上げた。


にこやかに笑っている子どもの方を、じっと見つめる。


「もしかして、俺か?」


凪は答えなかった。


ただ、もう一人の子どもが抱えている図鑑を見つめている。


その図鑑は、今まさに大牙の手元にあるものと同じだった。


「凪?」


大牙が呼ぶと、凪は少しだけ瞬きをした。


「……覚えてない」


「え?」


「覚えてないけど、多分、僕だ」


大牙は写真と凪を見比べた。


「……俺らここで会ったことあったんだっけ」


「たぶんね」


凪は写真の中の自分らしき子どもを見つめたまま、静かに言った。


「戻ってきたのは、写真だけみたいだね」


窓際で、平べったくなっているたまこがぷい、と短く鳴いた。


子どもの頃の記憶なんて、そんなものだとでも言うように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ