第二話「隠れていたおこめと消えた小松菜」
いつも通りの喫茶モルモット、ランチ営業開店直前。
「大牙、ちょっと今ランチの下準備で手が離せないからモルに小松菜やってくれ」
「はいはい、たまこ様のお食事係ね……ってか凪、居ないの?」
「いるよ」
「おっ……いたのか」
「ずっといましたよ、ここ事務所ですし」
そんな会話を聞きながら大牙はマスターから小皿を受け取ると、窓際のモルモット用スペースをのぞき込んだ。
中では、看板モルモットのたまこが、いつものように堂々と座っている。
「ほら〜たまこ様〜。小松菜だぞ〜」
大牙が小松菜を差し出した、その時だった。
奥の木製トンネルの中で、白っぽい丸い影がもぞりと動いた。
「……え」
大牙は固まった。
「なんか、奥にいる」
「おこめだよ」
いつの間にか隣にいた凪が、当たり前のように言った。
「米!?」
「おこめ。たまこの旦那さん」
「え!? 前からいた!?もう一匹いたのぜんっぜん気づかなかったんだけど!?」
「隠れてたからね」
「説明それで終わり!?」
「人前に出るのが苦手なんだよ。結構臆病みたい。大牙と一緒だね」
「俺が臆病になるのは怪異とかそういうものだけだ!」
木製トンネルの中から、白っぽいモルモットがそろそろと顔を出した。
プイ!
「わっ、鳴いた」
「挨拶だね」
「絶対違うだろ」
おこめはしばらく大牙たちを警戒するように見上げていたが、小松菜の気配に気づいた途端、丸い体を低くして一直線に走り出した。
「速っ」
たまこの前を横切り、小松菜へ直行する。
しかし次の瞬間、たまこが体をぐいと寄せた。
おこめは押し返され、軽く跳ねた。
「負けた!」
「夫婦にも序列がある」
「説明が急に厳しい」
たまこは何事もなかったように小松菜をもしゃもしゃと食べ始めた。
少し遅れて、おこめも端の方をくわえ、もしゃもしゃと食べ始める。
プーイ!プーイ!
「マスター、もっとくれって言ってるよー」
大牙が振り返ると、マスターは少し考え込むように冷蔵庫を開けた。
「小松菜、しばらくあげてなかったからな。もう少しくらいならいいか、確かさっき冷蔵庫にしまったはず……」
マスターの手が止まった。
「……ないな」
「えー、買い忘れたんじゃないの?」
「いや。そんなはずはないんだがな……」
その声を聞いて、いつの間にか奥の席に戻っていた凪が、静かに本を閉じた。
「これは事件だ」
「いや絶対買い忘れただけでしょ」
冷蔵庫前に移動した凪はマスターに問う。
「この冷蔵庫の中に小松菜は置かれていたはずなんですね?」
「そのはずなんだがなぁ」
凪はマスターから話を聞きながらメモを取っている。
たまことおこめを眺めていた大牙が、あっと何かを思い出したように言った。
「マスター、そういえばさっき買ってきたあと客席の方に置いてなかった?」
「あっ!そういえばランチの下準備で急いでて……使う分以外は、箱のままこの辺に……あ、あった!」
「なんだよ〜買い忘れじゃなくてしまい忘れかよ〜」
「いや……でももっと買ってたはずだ……明らかに少ない!」
「やっぱり事件だ」
「いやもうその流れいいよ」
呆れつつ凪を眺めていた大牙は、ふと段ボールの角に目を留めた。
「あれ、この箱……よく見たら角の方穴空いてね?」
「あれ、ほんとだ。運んでる時はこんな穴なかったはずなんだがな……」
マスターは眉をひそめたが、すぐに厨房の方を振り返った。
「まぁいいや、俺は下準備済ませないとだからあとは任せた。報酬は……特大オムライスでいいか?」
「構いません。ですが専門職手当としてサラダもつけてください」
「小松菜探しだぞ?」
「だからこそ、野菜の専門性がいります」
「ちゃっかりしてんな……俺も同じくで!」
ふたりがそんな交渉をしていると、窓際から高らかな声があがった。
プーーイ!
おこめが高らかに鳴き、じっとこちらを見ている。
「お、なんだおこめ〜もしかして犯人がわかったか〜?」
プイプイプイプイ
「何かを訴えていますね……」
「いやそんなわけないだろ」
「ひとまず危なそうなものは片付けましょう。あ、証拠物品には触らないで!」
「証拠物品って大袈裟だな」
とは言いつつ、段ボールには触らない大牙。
「さすがに厨房は入っちゃまずいから柵立てとくか……」
大牙は客席の端を軽く片付け、厨房との間に柵を置いた。
その後床に落ちたものがないか確認してから、大牙はおこめをそっと降ろした。
「では、捜査を始めよう。おこめくん」
「凪、さっきまで読んでた本に影響されてない?」
「……気のせいだ」
「間があったぞ」
「それより、おこめが動いた」
「露骨に話を変えるな」
おこめは、しばらくその場で固まっていたが、やがて鼻先をひくひくと動かしながら歩き出した。
向かった先は、小松菜の入っていた段ボールではない。
店の入口の方だった。
「そっち?」
「外だね」
「小松菜、外に逃げたの?」
「小松菜は逃げない」
「知ってるよ」
おこめは途中で何度も立ち止まり、そのたびに小さく鳴いた。
プイ……プイプイ
床には、よく見なければ気づかないほど小さな緑の切れ端が落ちている。
「……小松菜?」
「道しるべだね」
「何の?」
凪は入口のガラス戸の向こうを見た。
「犯人の」
店の外に出ると、看板の下に並んだ植木鉢のひとつが、ほんの少しだけずれていた。
「ここか?」
大牙がしゃがみ込む。
植木鉢の影に、灰色がかった丸いものがある。
「石か?」
「違うね」
その石のようなものが、ゆっくりと首を伸ばした。
モシャ……
「食ってる!」
「犯人だね」
「間違いなく人ではない!亀か?」
騒ぎを聞きつけたマスターが、厨房から顔を出し、そのまま店の外まで出てきた。
灰色がかった甲羅の下から、しわのある足がのっそりと動く。
リクガメは、こちらを気にする様子もなく、口の端から小松菜をはみ出させたまま、もう一度もしゃりと噛んだ。
おこめはリクガメを見つめたまま、小さく鳴いた。
プイ……
「……告発だね」
「モルモットに司法制度を持ち込むな……で、この亀、マスターの?」
「いや、知らん」
「知らない亀が小松菜食ってんの!?」
「やっぱり事件だね」
「事件の種類が変わったな……で、どうするんだよ、この犯人、いや犯亀?」
「保護だね」
「逮捕じゃなくてよかったな」
「取り調べはする」
「亀には無理だ」
こうして、リクガメはひとまず喫茶モルモットで保護されることになった。
マスターは店先に「迷い亀を保護しています」と書いたチラシを貼り、大牙はその下に小さく「小松菜を食べます」と書き足した。
凪はさらにその下に「重要参考亀」と書いた。
「保護チラシで容疑を匂わせるな!」
〜数日後〜
カランコロン。
杖をついたお爺さんが、ゆっくりと店に入ってきた。
「迷い亀のチラシを見たんじゃが……」
大牙はぱっと顔を上げた。
「あ!この辺でリクガメ散歩させてる爺さんじゃん!」
「ということは、あの犯亀……いや重要参考亀の飼い主さんですね」
「じゅ……重要参考亀?」
「小松菜を少々盗まれまして」
凪が静かに補足した。
「……それは、うちの権三郎が大変失礼を」
「随分渋い名前ですね」
「この子、まだ五歳じゃがの」
「若いのかよ」
「これで事件解決ですね。ではマスター、報酬を」
「仕方ないな。しばらく待ってな…飼い主さんもお昼時だし何か食ってくかい?」
「いや、孫が泣いとってな。今日は権三郎を連れて帰るよ……今度、礼に孫たちと食べに来ようかね」
「もう権三郎に逃げられるなよ〜」
お爺さんは来た道をゆっくりと戻って行った。
「あの爺さんと権三郎、どっちが先に着くんだろうな……」
「権三郎君が寄り道するか次第だろうね」
数十分後、約束通り特大オムライスとサラダが出た。
凪はサラダの皿を見て、満足そうに頷いた。
「専門性は認められたようだね」
「ほぼおこめの功績だろ」
窓際で、おこめがプイッと鳴いた。
たまこは、何も言わずに小松菜を食べていた。




