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名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第一章 境界の森

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第四話 少年の正体

 翌日、リアはいつもと同じように目を覚ました。窓の外を見れば、森には光が差し、朝露を反射して輝いている。精霊たちも木々の間を縫って飛び回り、草木を揺らした。

 それはいつもの光景に思えた。

 ただ一点を除いて。


 最近はめっきり使わなくなった自分の部屋を見渡しながら身なりを整える。両親が亡くなってからは、食べるのも薬を作るのも寝るのも、すべて同じ部屋を使っていたからだ。

 リアは居間に入ると、いつも使っているベッドに目を向けた。そこには昨日連れ帰った少年が寝ている。名前も知らない、精霊の見える少年。


 リアは少年を起こさないように朝食の支度を始める。朝食と言っても簡単なものだ。固いパンに煮た豆、そして温かいスープ。

 森の恵みもこの時期には限られているため、仕方がない。食卓にそれらを並べていると、視線を感じ、そちらに目を向ける。少年が目を覚ましていた。


「おはよう」

「……おはよう」

「起きられそう? 朝ごはんは食べられる?」

「……うん」


 そう言った少年の顔が少し赤く見えた。リアは少年に近付くと手を伸ばす。すると少年はびくりと肩を震わせ後ずさった。


「……っ」

「あ、ごめん……」


 過剰に怯えた反応を見せた少年に驚いて、リアは慌てて手を引っ込める。その様子を一部始終見ていたミラの光が、僅かに鋭さを帯びる。


「えっと、顔が赤かったから、熱があるのかと思って……驚かせるつもりじゃなかったんだけど……」

「いや、こちらこそ、ごめん……あの、食欲、ないから、スープだけもらってもいいかな」


 少年は視線を逸らしながらそう言った。気まずい空気を誤魔化すように、リアも笑顔で承諾し、お盆に乗せたスープを少年に手渡す。


「食べたらまた寝てていいよ。確か解熱剤が残っていたと思うから、持ってくるね」


 そう言ってリアは薬箱を手に取ると、中を確認する。この間作った解熱剤が残っていたことに安堵すると、少年の様子を盗み見る。

 先程の怯え方は普通ではなかった。


 一体彼に何があったのか。


 気にはなるが、まだ聞ける雰囲気ではなかった。リアは一旦その事を考えるのはやめて、自分も朝食に手をつけた。


 しばらくは洗い物をしたり、薬草の仕分けをしたり、小屋の中で出来ることを片付けていた。それらも終わった頃、少年の様子を窺うと静かに眠っていたため、リアは小屋を出て薬草を摘みに行くことにした。


 小屋を出るとぐっと伸びをする。


「久しぶりに他の人と同じ空間で過ごすと少し疲れるね」


 朝から口数の少ないミラに話しかける。ミラはずっと彼を警戒しているようだった。リアも違和感はあった。

 少年は起きてからずっと静かだった。スープを飲む時も極力音を立てないように。そんな生活が染み付いているかのように。


「気が付きましたか?」

「なにを?」

「精霊たちが、彼に近付こうとしないことを」


 確かに、とリアは思った。避けているわけではない。一定の距離を保っている様子だった。


「怖がってるのかな」

「いえ、警戒しているのかもしれません」


 その言葉に、リアは眉をひそめる。


「でも、悪い人じゃ、ないよ」

「敵意はありませんね」


 敵意はない。それは精霊たちが逃げないことからも分かっていた。

 それでも、害を及ぼすことはある。意図しない形で。


 リアはそっと目を伏せる。彼を助けると決めたのは自分だ。でも、精霊たちを危険な目に合わせる可能性には考えが及ばなかった。


「まだ何か起こると決まったわけではありません。怖がらせてしまいましたね」

「別に、怖いなんて」


 リアは反射的に言い返す。ミラがいたずらっぽく笑っているのを見て、ふっと肩の力が抜けた。

 そう、まだ彼の事情も分からない。熱が下がったら、まずは話をしてみよう。そんな事を考えながら、リアは薬草を摘み始めた。


 昼前に戻ってくると、少年はまだ眠っていた。熱が上がってきたようで、浅い息をしている。リアは汗を拭いてあげようと桶に水を張り、手ぬぐいを浸けた。

 その時だった――


「うっ……」


 少年の呻き声が聞こえた。


「あ……やだ、やめ……やめ、て……」


 そっと近寄ると、眉間に皺を寄せながらうなされていた。どうやら悪夢を見ているようだ。リアは起こした方が良いか迷ってミラを見る。ミラも戸惑うように光を揺らした。


「う、うぅ……うわあああああ!!」


 少年が勢いよく飛び起きた。リアは慌てて肩を掴む。


「大丈夫!? 落ち着いて、ここがどこか分かる?」

「あ、えっと……森……?」


 少年は息を整えながら答える。何度か深呼吸をして落ち着いた頃を見計らって、リアは声をかける。


「うなされていたようだけど……」

「叫び声が……」

「叫び声?」

「あそこではずっと聞こえていたんだ……声のような、音のような……」

「あそこって?」


 リアが尋ねるが、少年はそれっきり口を閉ざしてしまう。急ぎすぎてしまった。

 リアはそれ以上踏み込むのをやめる。


「話したくないなら、話さなくていいよ。まずは体調を治そう」


 少年はびっくりしたような顔をしてこちらを見る。まるで無理矢理聞かれると思っていたように。


「これでも薬師ですからね! 患者の体調の方が大事です」


 そう言ってリアはいたずらっぽく笑う。先程ミラがそうやって肩の力を抜かせてくれたように。それが成功したのか、薬師と聞いて安心したのかは分からないが、今度はリアが額に触れようとしても逃げなかった。

 汗を拭くついでに、傷の具合も確認する。


「傷は化膿してないし、他に症状もないから、疲れが出たのかな。今日もゆっくり休んで」

「あの……さっきは、ごめん……」


 さっき、とは朝避けてしまったことか、それとも何も話せないことか。どっちとも付かない言葉だったか、リアは笑って答える。


「気にしないで。私はリア、精霊のこの子はミラ。名前、聞いても良い?」

「僕は……103……」

「……103?」

「教会では、そう呼ばれていた」


 少年の口から出た教会という言葉に、静かに息を呑む。

 噂の少年――教会に連れて行かれた子。確信が、胸の奥に重く落ちる。

 静かな森の小屋で、新しい波紋が広がり始めていた。

103は名前じゃないよとは言えない雰囲気ですね。

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