第四十五話 次の一歩
風の遺跡を後にした三人は、無言で森の中を歩く。リアの胸の中には、シルファ・オリジンが最後に言った言葉が残っていた。
――覚悟が決まったら、またいらっしゃい。
覚悟。
それを問われたのはミラだった。淡い光を揺らしながら隣を飛ぶミラは、少し俯いていて表情は見えない。
それでも、風の遺跡を追い出されたことに責任を感じているのは分かった。
「……ミラ」
呼びかければ、ゆっくりと顔を上げる。
その目には不安が浮かんでいた。
「シルファ・オリジンが言っていたこと」
ミラの肩が揺れる。
「ミラが怖がっているって、ほんと?」
「そう、ですね……」
そう言ってうつむくミラに、リアは驚く。ずっと一緒に暮らして来て、初めて見る姿だった。
「そっか」
「聞かないのですか?」
「教えてくれるの?」
ミラは少し視線を彷徨わせたあと、目を伏せる。リアはそれを見て苦笑した。本当に珍しい姿だ。
「ミラが何か考え込んでるのは前から分かってたからね。話してくれるまで待つよ」
王都へ向かっていた頃から、ミラは時折考え込んでいた。遺跡へ向かうと決めてから、さらにその回数は増えた。
本当は少し寂しい。言ってほしい。相談してほしい。
でも、こういう時、ミラなら無理に聞き出さない。リアそれがいつも嬉しかった。
「それに、シルファ・オリジンも言ってたでしょ?」
「……何をですか?」
「覚悟が決まったら、またいらっしゃいって。だから、まだ道は閉ざされたわけじゃない。ミラの覚悟が決まるまで待つよ」
その言葉に、ミラは目を伏せる。
「……あなたは、それでいいのですか」
リアは少し考えてから、大きく頷いた。
「私はミラの気持ちも大事にしたい。でも大精霊との盟約も結び直したい。だから、次の遺跡に行こう」
「でも、それは……」
ミラが戸惑う。シルファ・オリジンには覚悟を問われ、真名契約を結ぶことが出来なかった。ならば、他の上位精霊も同様かもしれない。
「真名契約をするためだけじゃないよ。私たちには言えないことも、他の上位精霊になら言えることもあるかと思ったの」
そう言われ、ミラは考え込む。確かに、このまま覚悟を決めろと言われても、時が解決してくれるわけではない。
それならいっそ――
「では、火の遺跡に行きましょう」
「火の遺跡?」
「比較的近いですし、それに――」
言いかけて、やめる。リアはそんなミラの様子に首を傾げたが、深く聞くのはやめた。
「じゃあ行こう。火の遺跡へ」
素直に笑うリアに、ミラの胸がチクリと痛む。
イグナ・オリジンは感情に素直で、人が求めれば張り切って応えようとする。ならば、リアが真名契約を望めば、それを叶えようとするだろう。
一度真名契約をしてしまえば、あとには戻れない。そうすれば、自然と覚悟も決まるはずだ。
ミラは、そんな打算的な考えが思い浮かんだ自分に、情けなさを感じた。
それを誤魔化すように、リアに釘を刺す。
「張り切るのは良いですが、二人とも無理しないように、休憩を挟みながら行きますよ」
「分かってるよ」
「信用できませんね」
「ひどい!」
いつものやり取りを見て、ユノは小さく笑う。まだ少しぎこちなさを感じるが、それでもいつも通りを振る舞う二人を見ているとどこか安心できた。
歩きながら、ユノはシルファ・オリジンが口にしていた言葉を思い出す。
――アエルの子。
教会でも聞いたことのある言葉だったが、その意味を誰も教えてはくれなかった。
「……ねえ、リア」
「なに?」
「リアは、アエルが何か知ってる?」
「ううん、私も聞いたことない。ミラは何か知ってる?」
リアが尋ねると、前を進んでいたミラが振り返る。
「その話は、また今度にしましょう」
穏やかな声だったが、どこか有無を言わさない響きがあり、口をつぐむ。ユノは戸惑いながらも頷いた。
ミラも今は自分のことで手一杯なのかもしれない。ユノはそう結論付けると、先程の疑問を心の奥底にしまい込んだ。
地下通路の近くまで戻ってきた頃、雨が降り出した。思ったより激しい雨になりそうで、慌てて地下通路の中へと駆け込む。
「びっくりしたぁ。急に降り出すんだもん」
中に入った途端、土砂降りの雨に変わり、間一髪だったと安堵の溜息をつく。
「どうしよう、このまま地下通路を進む?」
そう言いながら、リアは地図を広げた。火の遺跡がどこにあるか分からないため、ミラに判断してもらうしかない。
ミラも地図を覗き込みながら、しかし首を振る。
「いえ、それだと遠回りになります。通り雨でしょうし、森を抜けて火の遺跡を目指しましょう」
雨がやむまで、三人は地図を眺めてルートを確認する。いつもの小屋から町へと出る道は教会がまだ見張っている可能性もあるため、別の場所から森を出ることにした。
道の確認が終わる頃には雨も上がっており、どうやら本当に通り雨のようだった。
地下通路を出ると、あちらこちらに水溜まりができて、地面がぬかるんでいる。
「すぐにやんで良かったね」
「ええ、あまり森に長居するのも危険ですから」
「じゃあ早く出発しよう」
またいつ教会がこの森に戻ってくるか分からない。今のところ、教会が手に入れている情報はこの森だけなのだ。注意するに越したことはない。
水をたっぷりと吸い込んだ土は、歩く度に沈み込む。泥を跳ねさせながら、それでも歩みを止めることはない。
森へ別れを告げ、次なる遺跡へと三人は急ぐのだった。




