第四十六話 待ち受けるもの
比較的近いとは言ったものの、それでも数日はかかる。
三人は途中で休憩を挟みながらも、地下通路やお守りを使い、火の遺跡を目指した。
「なんだか暑くなってきたね……」
火の遺跡に近付くにつれ、緑は少なくなり、赤茶けた地面が目立つようになってきた。それに伴って、気温も上昇しているのか、少し歩いただけでも汗が噴き出てくる。
「この辺りは火山が多いですからね。温暖な地域ではありますね」
「それにしたって暑すぎだよ……」
三人はこまめに水分を取りながら、歩き続ける。緑が全く見えなくなった頃、ミラが正面の山を指差した。
「遺跡はあの山のふもとです」
まだ遺跡らしきものは見えない。風の遺跡のことを考えれば、今回も恐らく扉だけなのだろう。
熱気の流れ込む道をひたすら歩いていると、赤茶けた土は岩肌に変わり、足元は石だらけになってきた。大岩があちらこちらにあるせいで見通しも悪い。
それでも注意深く辺りを見ながら歩き続けると、やがて山の入口辺りで風の遺跡と同じように扉だけの遺跡を見付けた。
「ここが、火の遺跡……」
暑さで随分と体力を奪われてしまった。リアたちは扉を開くため、お守りをポケットへとしまう。
その時だった。
「探したぞ、103よ」
声のした方へ慌てて振り向くと、そこには精霊具を抱えた黒衣の神官が立っていた。続いて、灰衣の神官も岩陰から出てくる。
「な、なんで……」
ユノの体が恐怖で震える。リアはユノの前に出ると、黒衣の神官を睨み付けた。
「まさか本当に現れるとは……。どんな術を使ったのかは知らぬが、よく今まで逃げおおせたものよ」
この場所に現れるかどうかは賭けだったが、どうやら賭けはこちらの勝ちらしい。黒衣の神官はニィっと笑う。
数日前、森の小屋で待機していた神官たちは、計測器が異常な動きをしたことに気が付いた。元々、精霊の多い場所では、計測器の振れ幅も大きく、それ自体は珍しいことではない。
しかし、その時の動きは明らかに異常だった。
ちょうどユノたちが遺跡の扉を開いた頃だったが、神官たちには知る由もない。何が起きたのか詳しく調べさせたところ、ぬかるみに出来た真新しい足跡が森に残っていたという。
そこで、計測器の振れ幅が大きい場所をいくつか見張っていたのだが、これも神のお導きだろう。
「さぁ、戻って来い、103」
「い、いやだ……!」
ユノは震える声で、けれどはっきりと拒絶する。リアもユノを守るように前に出たまま動かない様子を見て、黒衣の神官は苛立ちをあらわにした。
「お前の力があれば、いくらでも聖具が作れる。そうすれば、この世界を救えるのだぞ」
今は各地で異変が起こっている。それを鎮める聖具の摩耗も激しいことから、その調整をするための器を用意することは急務だ。
一刻も早く、103には戻ってきてもらわなければならない。
「いい加減にして!」
近寄ろうとした黒衣の神官に、リアは怒りをぶつける。
「ユノや精霊を犠牲にして世界を救おうなんて間違ってる! あなたの方法じゃ誰も救えない!」
「……うるさい小娘だ」
黒衣の神官は精霊具を掲げた。
「風よ! 吹き荒れろ!」
「え……?」
次の瞬間、突風が吹き荒れる。まともに風を浴びたリアは、吹き飛ばされて遺跡の扉へと勢いよくぶつかった。
「うっ……」
「リア!」
ミラが慌てて駆け寄る。倒れ込むリアを見て、ユノの心臓がドクンと跳ねた。
風はそのままリアたちを取り囲む。
「さぁ、早く来い」
風の檻に囚われたまま動けないリアたちに、神官が近付いてくる。
すると、ユノがゆっくりと精霊具にはまった結晶へと手を向けた。
「ユノ、何を……」
リアは倒れ込んだまま、顔を上げる。ユノはまるでこちらの声が聞こえていないようで、振り向く気配はない。
結晶の光が、段々と強く輝き出した。
計測器を持った灰衣の神官が、黒衣の神官へと駆け寄る。
「黒衣様! 聖具との共鳴がどんどん強くなって行きます!」
「ああ、この力……さすが103だ……」
黒衣の神官は、恍惚とした表情を浮かべる。
その間にも、どんどんと光は眩いほどに強くなっていた。
「さあ、その力を我らが神のために――」
その時だった。
パキン、と結晶から甲高い音が響く。
澄んだ音と共に現れたのは淡い光。力を失って割れる時とは違う、内側から壊されたような痕跡。
そこにはもう、荒れ狂う風などなかった。
「なっ……貴様……なんということを!」
黒衣の神官は力を失った精霊具を投げ捨てるが、ユノは手を下ろさない。
そして冷たい声音で言い放つ。その言葉は、自然と口から出てくる。
「風の精霊シルファよ
名を奪われしものよ
その者達に報いを」
すると、神官たちを無数の鎌鼬が襲った。
神官は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「ユノ! やめて!」
しかし、リアの言葉はユノには届かない。
「精霊も暴走していますね……」
ミラが精霊に呼びかけてみるも、反応はない。リアは慌てて持っていた薬草を取り出した。それは、鎮静作用を持つ薬草。
「火の精霊、力を貸して」
リアは香を焚きしめる。
「風の精霊、香りを運んで」
仄かな香りが風に運ばれ、辺りを包んだ。一瞬、風の動きが鈍くなったような気がしたが、それもすぐに突風で掻き消された。
今のところ、動けないほどの怪我を負った人はいないようだが、いつまでも逃げ続けられるとは限らない。
これ以上、精霊たちに人を傷付けさせるわけにはいかない。
リアはミラを見詰めた。その目には、覚悟の色が浮かんでいる。
「お願い、ミラ。力を貸してほしい」
ミラの言葉が詰まる。淡い光を揺らしながら、ただリアを見つめ返すことしか出来ない。
風の遺跡で、シルファ・オリジンが言っていた言葉が蘇る。
――まだ、怖いのね。
覚悟が決まるまで待つと言った。けれど、この状況がそれを許さない。
「……ミラ」
リアはもう一度呼びかける。
「私、何が起こるのか、全部は分からない。ミラが何を怖がっているのかも分かってあげられない。でも、それでも、ミラがいてくれれば大丈夫だって思ってる。名前を託すなら、ミラがいい」
ミラの光が揺れる。リアの言葉が、ゆっくりと心に染み渡る。
「……真名を交わせば、もう今までと同じではいられません。私は、ずっと真名契約をしてきた王の魔女たちを見てきました。彼女たちがどんな苦悩を抱えていたのかも。だからこそ、あなたがあなたでいられなくなるのが怖かった」
ミラはそう言って目を伏せる。しかし、次に顔を上げた時、その目には確かな覚悟が宿っていた。
「それでも、私はあなたと共に歩むことを選びます、リア」
「……うん」
ミラはそっと目を閉じた。
恐怖がなくなったわけではない。でも二人でならきっと――




