第三十八話 王宮の夜
王都へは、ロウの案内で人目を避けるように進んだ。必要な時だけ町の近くを通り、情報収集や食料調達は全てロウが行ってくれたため、リアたちは極力姿を見せずに済んだ。
教会に追われているという実感はあったが、闇の精霊のお守りのおかげで教会はユノの発見には至っていない。数日が過ぎる頃には、少しずつ緊張も薄れていった。
そして、王都まであとわずかというところまで来た時だった。突然、ユノが足を止めて辺りを注意深く見渡し始める。先頭を歩いていたロウも、そんなユノの様子に気が付き振り返った。
「どうしました?」
ユノは目の前の茂みの向こうを見つめて、静かに指をさす。
「あそこ……」
少し離れた場所に、石造りの古びた入口が見えた。外壁はほとんどなくなっているが、かつては建物だったことがかろうじて分かる。
「僕、この場所知ってる」
その言葉に、リアは首を傾げる。
「知ってるって?」
「教会から逃げたときに通った地下通路だ」
リアは思わず入口を見た。ユノが通ってきた道。あそこが、教会に繋がっている。あの先でユノが辛い思いをしてきたと考えると、少し胸が痛んだ。
入口から目を逸らすと、何やら思案しているロウの顔が目に入った。ロウの表情が引き締まる。
「間違いありませんか?」
「う、うん……確かに、教会には似たような地下通路は他にもあったけど……」
ユノは戸惑いながらも、もう一度入口を確認しようとした時だった。ミラが鋭く顔を上げた。
「隠れましょう」
有無を言わさぬ響きで、リアたちを促す。
「え?」
「急いで」
ミラは入口から目を逸らさない。ロウも何かに気が付いたのか、近くの茂みへリアたちを誘導して身を隠した。
その直後、地下通路の入口から人影が現れた。灰色の衣を纏った人物。神官たちだ。
それを見たユノの肩が大きく震える。リアは思わずその手を握った。
一行に緊張が走るが、神官たちはこちらに気付く様子もなく会話を続けている。
「やはり、この通路だったか」
「最近誰かが通った形跡があったらしい」
「森への道は?」
「既に調査を進めているとのことだ」
リアの胸がざわつく。数日前押し込めた不安が、また湧き上がってくる。森は、精霊たちは大丈夫なのだろうか。
しかし、神官たちはそれ以上森の話に言及することはなかった。彼らも詳しいことは知らないようだ。
「これだけ探してもまだ見つからないとは……」
「王家が動いている可能性もあるとか」
その言葉に、ロウが僅かに目を細める。
「早く手がかりだけでも見つけなければ。黒衣様も結果をお待ちだ」
神官たちはそんな話をしながら、その場を去って行った。足音が遠ざかっていく。
完全に気配がきえると、ようやくリアは息を吐いた。
「見つかるかと思った……」
お守りがあるとはいえ、本当に近くを通って行ったので、まだ心臓が早鐘のように鳴っている。ユノも青い顔で頷いた。
「ここから抜け出したの気付かれてたんだね……」
足取りを掴むためには当然かもしれない。ロウは地下通路の入口を見つめながら、静かに口を開いた。
「すぐにここを離れましょう」
三人が顔を向ける。
「本来はこの近くの通路を利用して王都へ入る予定でしたが、恐らくこの周辺は既に調査の手が入っているでしょう」
それこそ、地下通路で鉢合わせてしまえば逃げ場はない。教会も知らない通路を使わなければならない。
「別の道があるんですか?」
リアが心配そうに尋ねると、ロウは少しだけ言いづらそうな顔をした。
「あります」
「なら――」
「ただし」
リアの言葉を遮って、ロウは真剣な目を向ける。
「下水道を通ります」
三人の間に沈黙が落ちる。リアが瞬きをした。
「……下水道?」
「はい、本来は使いたくない経路なのですが」
ロウは至って真剣な顔をしている。リアとユノは顔を見合せた。王宮と聞いて想像していた道とは、あまりにも掛け離れている。
それでも――
「見つかるよりかは、いいよね……」
「うん……」
リアの言葉に、ユノも小さく頷く。ロウは二人の言葉に安堵したように息を吐いた。
「では、参りましょう」
日が傾くころ、四人は王都周辺の地下水路へと辿り着いた。地下水路は複雑に入り組んでいたが、ロウは迷うことなく進んでいく。
特有の臭気に顔をしかめながらも、先頭を歩くロウに遅れないように足を進めた。
狭い通路に足音と水音だけが響く。湿気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
「本当に王宮につながっているの……?」
覚悟をしていたとはいえ、想像していた以上の場所に思わずリアの口からそんな言葉がこぼれる。
「繋がっています。昔の避難経路だったそうですよ」
「避難経路……王様も大変なんですね」
たとえ王族であっても、逃げるときはこんな場所を通らないといけないらしい。心から大変そうだと感じていそうなリアの言葉に、ロウは一瞬目を瞬かせると、小さく笑った。
「ええ、色々と」
ロウは頷きながら、現在の王の立場を思う。避難経路は必要ないかもしれないが、色々と大変な立場なのは嘘ではない。そこには複雑な思いが込められていた。
やがて、入り組んだ通路を抜けた先で、ロウが立ち止まる。
「行き止まりみたいだけど……」
「いえ、ここで合っています」
そう言って石壁に手を添えると、重い音を立てて隠し扉が開いた。その先には明るい灯りがある。
「皆さま、お疲れ様でした。ようこそ、王宮へ」
リアは息を呑む。磨かれた床、豪華な装飾。そこは、地下通路とは別世界だった。
この数日ずっと気を張っていたが、ようやく一息つけるかもしれない。
「ここが、王宮……」
ユノも物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。地下水路に入った時間から考えると、恐らくもう夜も遅いだろう。人のいる気配はない。
二人が呆けていると、ロウが申し訳なさそうに口を開く。
「お疲れのところ大変申し訳ないのですが、もう王はお休みになられていますので、謁見は明日になります」
「そうなんですね」
正直、こちらとしてもその方が有難い。王宮に着いて気が抜けたのもあるが、ここ数日ずっと歩き通しだったので、今すぐにでも休みたかった。
「よろしければ、お休みになる前に身を清めてはいかがでしょう。用意させていただいた部屋の隣に小さな浴室が付いておりますので」
「入りたいです!」
リアは咄嗟に返事をする。先程から異臭が服にまとわりつき、身体は湿気でベタベタでずっと気になっていた。もう疲れのことは頭からすっかり吹き飛んでいた。
ユノも疲れた顔をしながらも頻りに頷いているのを見て、ロウも頷き返す。
「それではご案内します」
そうして案内された部屋には、ふかふかそうなベッドが二つ並んでいた。出入口の他にもう一つ扉があるので、そちらが浴室へと繋がっているのだろう。
「隣にもう一部屋ありますので、リアさんとユノさんで一部屋ずつお使いください。ミラ殿はリアさんと同じ部屋で構いませんか?」
「あ、あの! 出来ればユノと同じ部屋が良いのですが……」
「え!?」
リアの言葉に真っ先に驚いたのはユノだった。当然ミラも反対するかと思えば、何やら頷いている。
「その方が良いでしょうね。王を信用していないわけではありませんが、ここが絶対に安全とも言えません」
「なるほど、分かりました。では、こちらの部屋を三人でお使いください」
「えっと……二人はそれでいいの……?」
なにが?とでも言いたそうなリアの代わりに、ミラがため息混じりに答える。
「あなただって何も起こす気はないでしょう?」
「それはそうだけど……そういうことじゃなくて……」
「みんな疲れていますから、早く湯浴みを終えて寝ましょう」
ユノはまだ納得出来ないような顔をしていたが、疲れていて早く休みたいのは確かだった。判断を覆す気のないミラの態度に諦めて、ユノは仕方なく口を閉ざす。
そんな様子をロウは苦笑しながら見ていた。
その日は久しぶりのやわらかなベッドで、明日の謁見のことを考える間もなく眠りについた。




