第六章終話 旅立ちの風
リアは、頭の中でアストレイから聞かされた言葉を反芻する。
異変を止めるには、大精霊と盟約を結び直すこと。
そのために、王家の者が遺跡を開き、王の魔女が真名契約を行うこと。
そして、真名契約には代償が伴うこと。
代償が何かは分からない。上手くいく保証もない。
それでも、苦しんでいる精霊のことを思えば、答えは決まっていた。
リアは決意のこもった目で、アストレイを見つめる。
「私は精霊を助けたい。全てを忘れて自分たちだけ逃げるなんて出来ない」
その言葉は、アストレイの心に深く刺さった。今まで見て見ぬ振りを続けてきた王家。最初の願いは精霊を助けることのはずだったのに、今では逆に精霊を苦しめている。
その責を若い世代に背負わせなければならないことに、改めて情けなさと羞恥を感じる。
「……僕も。本当に遺跡を開くことが出来るのか分からないけど、精霊を助けたい気持ちは僕も同じだから」
幼い頃から見えていた精霊。母に怒られるからと、寄ってくる精霊を疎ましく思うこともあった。でも本当は、いつも寄り添ってくれる精霊たちに助けられていた。
森で過ごすようになって、更に精霊たちのことを知った。苦しんで欲しくない。助けたい。
リアが言ったからではなく、ユノ自身が考えて出した答えだ。
アストレイはしばらく黙ったまま二人を見つめていたが、二人の決意が本物だと分かると、深く頷いた。
「そうか」
それだけだった。自分には頼む資格がないのはもちろん、引き止める資格もない。ただ、その決意を受け止めるだけだ。
「ならば、私は出来る限りの協力をしよう」
そうして、アストレイとの謁見は終わった。
二人の決意を聞いたミラもまた、ひとつの覚悟を決めるのだった。
それから数日、王都を離れるための準備は着々と進められていた。
旅に必要な食料や衣服、薬などもアストレイが全て用意してくれており、リアたちはそれを待つだけだ。
「こんなにしてもらって良いのかな……」
リアは自分に与えられた部屋で、ロウの淹れたお茶に口を付ける。教会に見付かる可能性を考えると仕方がないのだが、他の人が準備をする中、自分はのんびりとお茶を飲んでいる状況は少々心苦しい。
「良いのですよ。王は最大限の協力を約束しました。あなた方が今すべきなのは、これからの旅に備えて羽を休めることです」
「……ありがとうございます」
不安がないと言えば、うそになる。真名契約の代償も分からない。そもそも、上位精霊に受け入れてもらえるかすら分からない。
でも、アストレイと出会い、母の思いを知り、異変を止める方法を知った。
逃げずに、自分たちの手で精霊を救うと決めた。
ならば、頼れるところは頼って、何としてもやり遂げよう。
出発の準備が整ったのは、それから更に数日後のことだった。教会の動向も探っていたため、時間がかかったらしい。
「教会は森からは一旦手を引いたようだ。特に森が荒らされた様子はなかったと報告を受けている」
「良かった……」
移動にお守りや地下通路を使ったおかげで、教会は有力な情報を掴めなかったらしい。まだ諦めた様子はないが、この移動方法は有効のようだ。
「それでミラ殿、最初はどちらへ?」
「まずは森に戻ります」
「森へ?」
「ええ」
ミラは森の方角へと目を向ける。森の奥で感じた懐かしい気配。そこで、待っている者がいる。
「最初の遺跡は、風の遺跡です」
リアとユノは顔を見合わせる。森には、まだ自分たちの知らない場所がある。
「行こう、ユノ」
「うん」
アストレイとロウに見送られながら、二人は歩き出した。その後ろを、ミラが静かについて行く。
王都を出て、リアは一度だけ振り返った。母も、こうやって旅立ったのだろうか。失われた盟約を結び直せると信じて。
リアはひとつ深呼吸をすると、前を向いて一歩踏み出す。
吹き抜ける風が、そっと背中を押したように感じた。
第六章も終わりです。
今回は色々と明かされた回でしたが、いかがだったでしょうか。
分かりづらい説明があれば教えていただけると嬉しいです。




