第三十七話 王都への道
地下通路の中は、思っていたよりも広かった。苔むした石壁が続き、ところどころ崩れかけている場所もある。
長い年月、人の手が入っていないのだろう。使者が念入りに調べていたが、今すぐ崩落の危険はないようだった。
使者は手に持った灯りで前を照らしながら、先頭を歩く。
ユノはその後ろを歩きながら、頻りに周りを気にしていた。リアはそんなユノの様子を見て、首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、いや……教会にも似たような地下通路があったから……」
「そうなの?」
教会と聞いて、リアの顔が一瞬強ばる。
「似ているってだけだけどね」
教会から逃げる時に通った地下通路も今は使われていない場所で、壁はひび割れ、隅には埃が被っていた。
リアにその時の話をしていると、前を歩く使者が顔だけこちらへ向けた。
「昔はこういった抜け道が多くあったらしいですよ。今は埋もれて通れない道もありますが」
「そうなんですか……。じゃあこの道が今も残ってて本当に良かったね」
リアが安心したように小さく息を吐くと、隣でユノも頷いた。
「王家はこういった通路をご存知なんですか?」
「古い記録に残っているそうですよ」
「そうですか……」
それ以上は聞かなかった。今日は朝から色々なことが起こりすぎた。リア自身、まだ整理しきれていない。
精霊の異変。教会のこと。王のこと。森を離れたこと。考え始めれば不安ばかりが募ってくる。
隣を見れば、ユノも黙ったまま歩いている。しばらく四人は黙ったまま地下通路を歩き続けた。
「そういえば」
リアはふと思い出したように口を開く。
「お名前、聞いていませんでした」
使者は立ち止まると、振り返って目を瞬かせた。そして、静かに礼をする。
「これは失礼いたしました。私のことはロウとお呼びください、リアさん」
「あ、私の名前……」
「もちろん、存じています。ユノさん、それからミラ殿」
ミラはその呼び方に少し苦い顔をする。
「普通に呼んでください」
「そういうわけにはまいりません」
ロウが苦笑すると、ミラもそれ以上は何も言わなかった。そんな二人の様子に、リアは首を傾げながらも、小さく会釈した。
「あの、改めてよろしくお願いします」
ユノも慌てて会釈すると、ロウは「こちらこそ」と言って笑った。
短いやり取りだったが、少しだけ張り詰めていた空気が和らいだ気がした。
どれくらい歩いただろうか。通路は一本道で迷うことはなかったが、半日近く歩き続けたかもしれない。ようやく、前方に階段が見えてきた。
「出口です」
ロウの言葉に、三人は思わず顔を上げる。まずは、ロウが先に外へ出て安全を確認してから、警戒しながらも外へ出た。
地下通路への出入口は、簡単には見つからないように草木に隠れていたが、外は眩しいほどに陽の光が降り注いでいる。
「ここは……」
「王都へ向かう街道沿いの町のすぐ近くですね」
ロウは周囲を確認しながら答えた。森からはかなり離れている。ここまで来れば、すぐに追いつかれることはないだろう。
リアたちの顔に安堵の表情が浮かぶ。しかし、ロウの表情は変わらなかった。
「ここからは乗合馬車で王都に向かうんですよね?」
「いえ、皆さんはここで少々お待ちください」
「え?」
町に向かおうとしたが、ロウに止められる。代わりにロウが一歩前に出た。
「町の様子を見てきます。それと、食料の調達を」
そう言いながら、ロウは歩き出す。
「すぐ戻ります」
リアたちは顔を見合わすと、木陰へと移動した。そこに座り込むと、どっと疲れが押し寄せてくる。リアは水筒を取り出し、ユノへ渡した。
「はい」
「ありがとう」
リアにとって、こんなに森から離れた場所に来ることは初めてだった。初めての場所への好奇心はあるが、森や精霊たちが無事なのか、心配の方が胸を占める。
隣を見ると、ユノは疲れからかうとうとしている。自分も今は休もう。そう考えて、森のことは胸の奥にしまった。
二人が休憩している間、ミラは見張るように町を見つめている。特に人通りが多いわけではない。しかし、初めて来る場所だ。警戒するに越したことはないだろう。
「大丈夫かな」
ぼんやりとユノが漏らした言葉に、ミラは静かに答える。
「今は待つしかありません」
その声は落ち着いていたが、表情はどこか険しい。森から離れるに連れ、精霊たちの気の乱れも大きくなっている。ミラは心のざわつきを感じながら、ロウの戻りを待った。
しばらくして、ロウが荷物を抱えて戻ってきた。だが、その表情は出発前よりも硬い。リアの胸に嫌な予感が広がる。
「何かあったんですか?」
ロウは硬い表情のまま、静かに告げた。
「予定を変更します。王都行きの乗合馬車は利用できません」
三人の表情が強張る。
「……どうして?」
「教会の人間が見張っています」
その言葉に、ユノが息を呑む。
「もうここまで……」
「ええ。恐らく、各地の街道や街へも人員を配置し始めています」
あまりにも早い対応に、何としても見つけ出そうという執念を感じる。どうやら王が接触を図ろうとしていることに、向こうも気がついているようだ。
「ここから王都までは徒歩で向かいます」
こちらも、教会に引き渡すわけにはいかない。ロウは静かに王都の方角を見つめた。




