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名を交わす精霊の森 ~精霊を忘れた世界で、少女は失われた盟約を結び直す~  作者: 葉月
第六章 奪う手と、問う声

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第三十七話 王都への道

 地下通路の中は、思っていたよりも広かった。苔むした石壁が続き、ところどころ崩れかけている場所もある。

長い年月、人の手が入っていないのだろう。使者が念入りに調べていたが、今すぐ崩落の危険はないようだった。

 使者は手に持った灯りで前を照らしながら、先頭を歩く。


 ユノはその後ろを歩きながら、しきりに周りを気にしていた。リアはそんなユノの様子を見て、首を傾げる。


「どうしたの?」

「あ、いや……教会にも似たような地下通路があったから……」

「そうなの?」


 教会と聞いて、リアの顔が一瞬強ばる。


「似ているってだけだけどね」


 教会から逃げる時に通った地下通路も今は使われていない場所で、壁はひび割れ、隅には埃が被っていた。

 リアにその時の話をしていると、前を歩く使者が顔だけこちらへ向けた。


「昔はこういった抜け道が多くあったらしいですよ。今は埋もれて通れない道もありますが」

「そうなんですか……。じゃあこの道が今も残ってて本当に良かったね」


 リアが安心したように小さく息を吐くと、隣でユノも頷いた。


「王家はこういった通路をご存知なんですか?」

「古い記録に残っているそうですよ」

「そうですか……」


 それ以上は聞かなかった。今日は朝から色々なことが起こりすぎた。リア自身、まだ整理しきれていない。

 精霊の異変。教会のこと。王のこと。森を離れたこと。考え始めれば不安ばかりが募ってくる。

 隣を見れば、ユノも黙ったまま歩いている。しばらく四人は黙ったまま地下通路を歩き続けた。


「そういえば」


 リアはふと思い出したように口を開く。


「お名前、聞いていませんでした」


 使者は立ち止まると、振り返って目を瞬かせた。そして、静かに礼をする。


「これは失礼いたしました。私のことはロウとお呼びください、リアさん」

「あ、私の名前……」

「もちろん、存じています。ユノさん、それからミラ殿」


 ミラはその呼び方に少し苦い顔をする。


「普通に呼んでください」

「そういうわけにはまいりません」


 ロウが苦笑すると、ミラもそれ以上は何も言わなかった。そんな二人の様子に、リアは首を傾げながらも、小さく会釈した。


「あの、改めてよろしくお願いします」


 ユノも慌てて会釈すると、ロウは「こちらこそ」と言って笑った。

 短いやり取りだったが、少しだけ張り詰めていた空気が和らいだ気がした。



 どれくらい歩いただろうか。通路は一本道で迷うことはなかったが、半日近く歩き続けたかもしれない。ようやく、前方に階段が見えてきた。


「出口です」


 ロウの言葉に、三人は思わず顔を上げる。まずは、ロウが先に外へ出て安全を確認してから、警戒しながらも外へ出た。

 地下通路への出入口は、簡単には見つからないように草木に隠れていたが、外は眩しいほどに陽の光が降り注いでいる。


「ここは……」

「王都へ向かう街道沿いの町のすぐ近くですね」


 ロウは周囲を確認しながら答えた。森からはかなり離れている。ここまで来れば、すぐに追いつかれることはないだろう。

 リアたちの顔に安堵の表情が浮かぶ。しかし、ロウの表情は変わらなかった。


「ここからは乗合馬車で王都に向かうんですよね?」

「いえ、皆さんはここで少々お待ちください」

「え?」


 町に向かおうとしたが、ロウに止められる。代わりにロウが一歩前に出た。


「町の様子を見てきます。それと、食料の調達を」


 そう言いながら、ロウは歩き出す。


「すぐ戻ります」


 リアたちは顔を見合わすと、木陰へと移動した。そこに座り込むと、どっと疲れが押し寄せてくる。リアは水筒を取り出し、ユノへ渡した。


「はい」

「ありがとう」


 リアにとって、こんなに森から離れた場所に来ることは初めてだった。初めての場所への好奇心はあるが、森や精霊たちが無事なのか、心配の方が胸を占める。

 隣を見ると、ユノは疲れからかうとうとしている。自分も今は休もう。そう考えて、森のことは胸の奥にしまった。


 二人が休憩している間、ミラは見張るように町を見つめている。特に人通りが多いわけではない。しかし、初めて来る場所だ。警戒するに越したことはないだろう。


「大丈夫かな」


 ぼんやりとユノが漏らした言葉に、ミラは静かに答える。


「今は待つしかありません」


 その声は落ち着いていたが、表情はどこか険しい。森から離れるに連れ、精霊たちの気の乱れも大きくなっている。ミラは心のざわつきを感じながら、ロウの戻りを待った。



 しばらくして、ロウが荷物を抱えて戻ってきた。だが、その表情は出発前よりも硬い。リアの胸に嫌な予感が広がる。


「何かあったんですか?」


 ロウは硬い表情のまま、静かに告げた。


「予定を変更します。王都行きの乗合馬車は利用できません」


 三人の表情が強張る。


「……どうして?」

「教会の人間が見張っています」


 その言葉に、ユノが息を呑む。


「もうここまで……」

「ええ。恐らく、各地の街道や街へも人員を配置し始めています」


 あまりにも早い対応に、何としても見つけ出そうという執念を感じる。どうやら王が接触を図ろうとしていることに、向こうも気がついているようだ。


「ここから王都までは徒歩で向かいます」


 こちらも、教会に引き渡すわけにはいかない。ロウは静かに王都の方角を見つめた。

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