第三十六話 光の道標
王宮から訪れたと言う使者が信用出来るか分からない。リアは判断をミラに委ねることにした。本当に母のお守りなら、ミラの方がよく知っている。
「あのお守りは、間違いなくあなたの母が王に渡したものですよ」
「なんで、母さんが……」
「その話はまたにしましょう。今は彼の話を詳しく聞く方が先です」
ミラはそう言うと、使者を中へと招き入れる。小屋の中に通された使者は名乗りこそしなかったが、丁寧な様子で礼をした。
「改めて申し上げます。王からあなた方を保護するよう命じられました。私はここから逃げる手助けをしたいのです」
使者の言葉に、嘘は感じられなかった。
教会が少年を探していること。すでに森にいることは知られていること。このままでは遠からず森に立ち入られること。
どれも予想していたこととはいえ、改めて猶予がないことを突きつけられる。
「どうして、王様が助けてくれるんですか?」
リアが尋ねると、使者は言葉を選ぶように沈黙する。当然の疑問だろう。しかし、使者は小さく首を振った。
「それは、私には答えかねます」
信用してもらえないかもしれないが、自分が簡単に答えられる疑問ではない。正直に口にすれば、案の定リアは訝しげな表情を浮かべた。
そして、三人で顔を見合わせる。その顔は迷っているようだったが、最初に口を開いたのはミラだった。
「行きましょう」
リアが驚いたようにミラを見る。
「ここにいても危険なのは変わりありません」
リアはそっと目を伏せる。本当は森を離れたくない。でもそれはミラも同じだろう。
残れば教会が来る。そんな中で、今できる最善を選択している。それなら、答えは一つしかなかった。
「分かった。ユノもそれで良いよね?」
「……うん、行こう」
ユノは未だに困惑した表情を浮かべていたが、それでも決意のこもった目でリアを見つめる。
その時だった。
ミラの表情がサッと変わった。窓の外へ視線を向けたまま動かない。視線の先は、森の入口の方角だ。
「ミラ?」
「……来ました」
「もしかして――」
リアの背に冷たい汗が伝う。可能性は一つしかない。
「教会です」
低い声で告げられた名に、小屋の空気が一瞬で張り詰めた。
使者も緊張した面持ちで立ち上がる。予想していたよりも早い。
「もう森の中へ?」
「ええ」
ミラは目を閉じた。普段なら精霊たちが騒ぎ立てるはずだが、今は違う。ただ静かに、森の奥へ、奥へと逃げようとしている。
「急ぎましょう」
使者はそう言って三人を促す。リアは急いで薬と最低限の荷物だけをかき集めた。ゆっくりと荷物をまとめる暇はない。
「王より伺っております。この森には町の近くに繋がる地下通路があると」
リアとユノは顔を見合わせた。そんなものは聞いたことがない。
だが、ミラだけは心当たりがあるのか、少し考える素振りを見せた。
「場所は分かるんですか?」
「おおよその方角しか」
王も正確な位置を把握していなかった。使者は申し訳なさそうに首を振る。
「案内図も残っておりません」
「それじゃあ――」
「……探すしかありません」
森の入口は使えない。それしか道はなかった。
小屋を出た四人は急ぎ足で木々の間を進んだ。方角だけを頼りに歩き続けるが、状況は思うようにはいかない。
目印になるようなものはなく、森の景色はどこも似ている。気が付けば、リアたちは普段ほとんど来ない森の奥深くへと入り込んでいた。
「本当にこっちなのかな……」
「分かりません」
使者は苦い顔で首を振る。仕方がなかったとはいえ、案内図もなく闇雲に探すだけでは無謀だったかもしれない。
使者について行きながらも、ユノは不安そうに何度も後ろを振り返る。
「教会、追ってきてるかな……」
「まだ距離はあります」
幸いと言うべきか、森の奥に行くことで教会とは距離が離れてきている。向こうも森に明るくないため、あまり奥に入ることは躊躇っているようだ。
しかし、いつ本格的に動き出すかは分からない。人数では圧倒的にこちらが不利で、安心できる状況ではなかった。
焦りだけが募る。その時だった。
ふわり、と森の奥に淡い光が灯る。リアが驚いて足を止めた。
「え……?」
光の方へ目をやった途端、ひとつ、またひとつと、光が灯った。
まるで、行くべき道を照らすように。
――夜の光が、あなたの道を照らすでしょう。
お祭りの日。花占いに書いてあった言葉が頭をよぎる。ただの子ども騙しだったのかもしれない。
それでも。
「リア?」
立ち止まったまま動かないリアに、ユノが声をかける。その間もゆっくりと森の奥へと進んでいく光に目が離せなかった。
「……あれだ」
リアは呟く。確信はない。ただ、精霊たちは確かについて来てと言っているように聞こえた。
「リア、どうしました?」
ミラも声をかけるが、その瞬間、リアは光へ向かって走り出した。
「ついて行こう!」
「リア!」
三人は慌ててリアを追う。光は先へ、先へと進んでいく。まるで、森そのものが道を示しているようだった。
そして――
木々が途切れた先、少し広まったところにそれはあった。リアが息を呑む。
「これ……」
そこには苔むした石造りの階段があった。地面の奥へと続く古い入口。誰にも気づかれずに眠っていた地下通路だった。
「本当に、あったのか……」
使者も驚いたように目を見開く。王から聞いていたとはいえ、場所も曖昧だったため本当に見つかるか不安だった。それが、精霊に導かれるようにしてやってきた場所にあったのだ。
「ここは――」
リアたちが喜ぶ横で、ミラだけが別の方向を見ていた。森のさらに奥。そこに知っている気配があった。
「どうしたの?」
リアの問いに、ミラは静かに首を振る。
「いえ、なんでもありません」
そう言いながらも、視線は再び森の奥へと向けられる。まるで、そこに何か大切なものがあるかのように。
その時、一際強い風が吹いた。ミラは森から目を逸らすと、風に背を押されるように苔むした階段へと向かった。




