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名を交わす精霊の森 ~精霊を忘れた世界で、少女は失われた盟約を結び直す~  作者: 葉月
第六章 奪う手と、問う声

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第四十二話 託された選択

 リアの返事を聞いたアストレイは、静かに目を閉じる。その真っ直ぐで迷いのない声音は、本当にセフィーとよく似ていた。


「……先程ミラ殿が言った通り、異変を根本から止める方法は、ひとつしかない」


 リアとユノは緊張した面持ちで次の言葉を待つ。アストレイはそんな二人の様子を見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「それは、大精霊との盟約を結び直すことだ」


 十七年前、セフィーがアストレイと行おうとしてなし得なかったこと。それが、リアたちにも示される。


「盟約は王家と王の魔女が大精霊と結んだもの。故《ゆえ》に、結び直すには双方が揃わなければならぬ」

「双方……?」

「各地にある六大元素の遺跡を王家の者が開き、王の魔女がそこにいる上位精霊《オリジン》と真名契約《まなけいやく》を結ぶのです」

「真名契約を……」


 リアが小さく息を呑む。王の魔女が契約をするということは、末裔であるという自分がその役目を担うのだろう。

 以前、ミラは上位精霊《オリジン》とは基本関わることがないと言っていた。それは、真名契約を結ぶ時にしか会うことはないからだったのだ。


「そうして全ての遺跡を巡ったあと、大精霊へと至る道が開かれるのです」


 納得いったように頷くリアに対し、ユノはおずおずと口を開いた。


「あの、真名契約って?」

「真名契約はね、精霊と名を交わして力を借りることだよ」


 その疑問には、リアが答えた。中位精霊《メディア》の中には真名を持つ精霊がいることは知っていたが、実際に契約を交わしたことはない。


「でも、真名契約って信頼関係を築いていないと結べないんだよね? 上位精霊《オリジン》とは初めて会うのに、いきなり結んでくれるの?」

「各属性の精霊を統べる上位精霊《オリジン》は、他の精霊と意識を共有していますから。あなたたちのことも既に知っているでしょう」

「じゃあ、もし、上位精霊《オリジン》の信頼を得られなかったら?」

「遺跡から追い出されるでしょう。……そして、もう二度と足を踏み入れることは許されません」

「そんな……」


 一度信頼を得られなければ、その後はもう真名契約を結ぶ機会は訪れないということだ。どうすれば信頼されるかも分からない。


「……母さんも、その方法で精霊たちを助けようとしたんだよね。」

「ええ。しかし、それは叶いませんでした」

「信頼してもらえなかったの?」


 母でも無理だったのなら、自分も同じではないか。不安が心の中を渦巻く。

 しかし、ミラは首を振った。


「そもそも、上位精霊《オリジン》には会えませんでした」


 リアとユノは顔を見合せ、首を傾げる。すると、アストレイが酷く苦い顔をしながら口を開いた。


「問題は、私にあったのだ」


 その声音は、当時の悔しさをいまだに滲ませていた。


「私は幾度となく遺跡に赴《おもむ》いたが、ひとつとして開くことはなかった」


 セフィーは遺跡にすら入ることは叶わなかった。それでも、自分に出来ることをしようと各地を巡り、精霊を救った。

 アストレイは何も出来ない自分が歯がゆく、そして情けなかったことを思い出し、自嘲するような笑みを浮かべる。


「何故遺跡が開かなかったのか、はっきりした理由は分からぬ。だが、今まで見て見ぬふりをして来た私には資格がなかったのだろう」

「それじゃあ、どうしたら……」


 遺跡が開かないのであれば、上位精霊《オリジン》と会うことも出来ない。そこで、アストレイの視線はユノへと向かった。


「……そなたなら、開けるかもしれぬ」

「僕が?」


 いきなりの話に、ユノは困惑した表情を浮かべる。遺跡を開けることが出来るのは王家の者だという。つまり、母がずっと迎えに来ると信じていた父は、王家の血筋ということになる。

 ユノは口から出かかった言葉を飲み込んだ。


――今は、知りたくない。


 もしも、目の前の人物が自分の父親のことを知っていたら。

 初めから、迎えに行くつもりなどなかったことを明かされたら。

 それなら、知らないままの方がいい。


 部屋に重たい沈黙が落ちる。アストレイもまた、何かを言いかけては、口をつぐんでいた。

 下を向いたまま動かないユノと、それを心配そうに見つめるリアを見て、アストレイは深い息を吐く。それから、再び口を開いた。


「もうひとつ、伝えておかねばならぬことがある。真名契約には代償が伴う」

「代償……?」


 リアが顔を上げる。


「だが、その代償がなんなのかは、文献にも記されておらぬ。ミラ殿は、ご存知か」


 アストレイに問われ、ミラは首を振る。


「真名契約は精霊と人の、一対一による契約です。なので、私から明かすことは出来ません」

「そうか……」


 アストレイは、自分の不甲斐なさに呆れるしかなかった。

 遺跡を開くことはおろか、代償を示すこともできない。だが、だからこそ、二人の選択した先には最大限の協力をしようと改めて思う。

 アストレイは、真っすぐにリアとユノを見つめた。


「私はそなたらにこの役目を押し付けるつもりはない」


 王家は盟約を守れなかった。教会の台頭を許し、精霊が忘れられる道へと人々を導いた責は王家にある。


「異変はいずれ広がるだろうが、それでも生き延びる道はある」


 王家の過ちは、本来王家が背負うべきだ。誰かに犠牲を求めることは出来ない。


「このまま何もかも忘れ、王都を去ると言うのなら、教会から逃れられるよう手を貸そう」


 リアは俯く。

 精霊は今も苦しんでいる。母は遺跡が開かなくても、諦めずに異変を止めた。王家は今も後悔を抱えて、責任を取ろうとしている。

 そんな中、自分たちだけ逃げても良いのだろうか。何もかも忘れることが出来るだろうか。


「……ミラ」


 リアの目には迷いが浮かんでいる。代償は分からない。上手くいく保証もない。それでも、精霊を見捨てることはしたくない。

 ミラは、そんなリアの瞳を穏やかな眼差しで見つめ返した。


「決めるのはあなたです、リア」


 誰も答えを急かさない。この選択は、誰かに強制されるものではない。だからこそ、自分で決める。

 隣を見れば、ユノもこちらを見ていた。きっと、ユノも自分で見つけた答えがあるのだろう。

 リアは一度きつく目を瞑ると、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、強い決意が宿っていた。

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