第四十二話 託された選択
リアの返事を聞いたアストレイは、静かに目を閉じる。その真っ直ぐで迷いのない声音は、本当にセフィーとよく似ていた。
「……先程ミラ殿が言った通り、異変を根本から止める方法は、ひとつしかない」
リアとユノは緊張した面持ちで次の言葉を待つ。アストレイはそんな二人の様子を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「それは、大精霊との盟約を結び直すことだ」
十七年前、セフィーがアストレイと行おうとしてなし得なかったこと。それが、リアたちにも示される。
「盟約は王家と王の魔女が大精霊と結んだもの。故に、結び直すには双方が揃わなければならぬ」
「双方……?」
「各地にある六大元素の遺跡を王家の者が開き、王の魔女がそこにいる上位精霊と真名契約を結ぶのです」
「真名契約を……」
リアが小さく息を呑む。王の魔女が契約をするということは、末裔であるという自分がその役目を担うのだろう。
以前、ミラは上位精霊とは基本関わることがないと言っていた。それは、真名契約を結ぶ時にしか会うことはないからだったのだ。
「そうして全ての遺跡を巡ったあと、大精霊へと至る道が開かれるのです」
納得いったように頷くリアに対し、ユノはおずおずと口を開いた。
「あの、真名契約って?」
「真名契約はね、精霊と名を交わして力を借りることだよ」
その疑問には、リアが答えた。中位精霊の中には真名を持つ精霊がいることは知っていたが、実際に契約を交わしたことはない。
「でも、真名契約って信頼関係を築いていないと結べないんだよね? 上位精霊とは初めて会うのに、いきなり結んでくれるの?」
「各属性の精霊を統べる上位精霊は、他の精霊と意識を共有していますから。あなたたちのことも既に知っているでしょう」
「じゃあ、もし、上位精霊の信頼を得られなかったら?」
「遺跡から追い出されるでしょう。……そして、もう二度と足を踏み入れることは許されません」
「そんな……」
一度信頼を得られなければ、その後はもう真名契約を結ぶ機会は訪れないということだ。どうすれば信頼されるかも分からない。
「……母さんも、その方法で精霊たちを助けようとしたんだよね。」
「ええ。しかし、それは叶いませんでした」
「信頼してもらえなかったの?」
母でも無理だったのなら、自分も同じではないか。不安が心の中を渦巻く。
しかし、ミラは首を振った。
「そもそも、上位精霊には会えませんでした」
リアとユノは顔を見合せ、首を傾げる。すると、アストレイが酷く苦い顔をしながら口を開いた。
「問題は、私にあったのだ」
その声音は、当時の悔しさをいまだに滲ませていた。
「私は幾度となく遺跡に赴いたが、ひとつとして開くことはなかった」
セフィーは遺跡にすら入ることは叶わなかった。それでも、自分に出来ることをしようと各地を巡り、精霊を救った。
アストレイは何も出来ない自分が歯がゆく、そして情けなかったことを思い出し、自嘲するような笑みを浮かべる。
「何故遺跡が開かなかったのか、はっきりした理由は分からぬ。だが、今まで見て見ぬふりをして来た私には資格がなかったのだろう」
「それじゃあ、どうしたら……」
遺跡が開かないのであれば、上位精霊と会うことも出来ない。そこで、アストレイの視線はユノへと向かった。
「……そなたなら、開けるかもしれぬ」
「僕が?」
いきなりの話に、ユノは困惑した表情を浮かべる。遺跡を開けることが出来るのは王家の者だという。つまり、母がずっと迎えに来ると信じていた父は、王家の血筋ということになる。
ユノは口から出かかった言葉を飲み込んだ。
――今は、知りたくない。
もしも、目の前の人物が自分の父親のことを知っていたら。
初めから、迎えに行くつもりなどなかったことを明かされたら。
それなら、知らないままの方がいい。
部屋に重たい沈黙が落ちる。アストレイもまた、何かを言いかけては、口をつぐんでいた。
下を向いたまま動かないユノと、それを心配そうに見つめるリアを見て、アストレイは深い息を吐く。それから、再び口を開いた。
「もうひとつ、伝えておかねばならぬことがある。真名契約には代償が伴う」
「代償……?」
リアが顔を上げる。
「だが、その代償がなんなのかは、文献にも記されておらぬ。ミラ殿は、ご存知か」
アストレイに問われ、ミラは首を振る。
「真名契約は精霊と人の、一対一による契約です。なので、私から明かすことは出来ません」
「そうか……」
アストレイは、自分の不甲斐なさに呆れるしかなかった。
遺跡を開くことはおろか、代償を示すこともできない。だが、だからこそ、二人の選択した先には最大限の協力をしようと改めて思う。
アストレイは、真っすぐにリアとユノを見つめた。
「私はそなたらにこの役目を押し付けるつもりはない」
王家は盟約を守れなかった。教会の台頭を許し、精霊が忘れられる道へと人々を導いた責は王家にある。
「異変はいずれ広がるだろうが、それでも生き延びる道はある」
王家の過ちは、本来王家が背負うべきだ。誰かに犠牲を求めることは出来ない。
「このまま何もかも忘れ、王都を去ると言うのなら、教会から逃れられるよう手を貸そう」
リアは俯く。
精霊は今も苦しんでいる。母は遺跡が開かなくても、諦めずに異変を止めた。王家は今も後悔を抱えて、責任を取ろうとしている。
そんな中、自分たちだけ逃げても良いのだろうか。何もかも忘れることが出来るだろうか。
「……ミラ」
リアの目には迷いが浮かんでいる。代償は分からない。上手くいく保証もない。それでも、精霊を見捨てることはしたくない。
ミラは、そんなリアの瞳を穏やかな眼差しで見つめ返した。
「決めるのはあなたです、リア」
誰も答えを急かさない。この選択は、誰かに強制されるものではない。だからこそ、自分で決める。
隣を見れば、ユノもこちらを見ていた。きっと、ユノも自分で見つけた答えがあるのだろう。
リアは一度きつく目を瞑ると、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、強い決意が宿っていた。




