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名を交わす精霊の森 ~精霊を忘れた世界で、少女は失われた盟約を結び直す~  作者: 葉月
第六章 奪う手と、問う声

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第三十六話 光の道標

 王宮から訪れたと言う使者が信用出来るか分からない。リアは判断をミラに委ねることにした。本当に母のお守りなら、ミラの方がよく知っている。


「あのお守りは、間違いなくあなたの母が王に渡したものですよ」

「なんで、母さんが……」

「その話はまたにしましょう。今は彼の話を詳しく聞く方が先です」


 ミラはそう言うと、使者を中へと招き入れる。小屋の中に通された使者は名乗りこそしなかったが、丁寧な様子で礼をした。


「改めて申し上げます。王からあなた方を保護するよう命じられました。私はここから逃げる手助けをしたいのです」


 使者の言葉に、嘘は感じられなかった。

 教会が少年を探していること。すでに森にいることは知られていること。このままでは遠からず森に立ち入られること。

 どれも予想していたこととはいえ、改めて猶予がないことを突きつけられる。


「どうして、王様が助けてくれるんですか?」


 リアが尋ねると、使者は言葉を選ぶように沈黙する。当然の疑問だろう。しかし、使者は小さく首を振った。


「それは、私には答えかねます」


 信用してもらえないかもしれないが、自分が簡単に答えられる疑問ではない。正直に口にすれば、案の定リアは訝しげな表情を浮かべた。

 そして、三人で顔を見合わせる。その顔は迷っているようだったが、最初に口を開いたのはミラだった。


「行きましょう」


 リアが驚いたようにミラを見る。


「ここにいても危険なのは変わりありません」


 リアはそっと目を伏せる。本当は森を離れたくない。でもそれはミラも同じだろう。

 残れば教会が来る。そんな中で、今できる最善を選択している。それなら、答えは一つしかなかった。


「分かった。ユノもそれで良いよね?」

「……うん、行こう」


 ユノは未だに困惑した表情を浮かべていたが、それでも決意のこもった目でリアを見つめる。


 その時だった。


 ミラの表情がサッと変わった。窓の外へ視線を向けたまま動かない。視線の先は、森の入口の方角だ。


「ミラ?」

「……来ました」

「もしかして――」 


 リアの背に冷たい汗が伝う。可能性は一つしかない。


「教会です」


 低い声で告げられた名に、小屋の空気が一瞬で張り詰めた。

 使者も緊張した面持ちで立ち上がる。予想していたよりも早い。


「もう森の中へ?」

「ええ」


 ミラは目を閉じた。普段なら精霊たちが騒ぎ立てるはずだが、今は違う。ただ静かに、森の奥へ、奥へと逃げようとしている。


「急ぎましょう」


 使者はそう言って三人を促す。リアは急いで薬と最低限の荷物だけをかき集めた。ゆっくりと荷物をまとめる暇はない。


「王より伺っております。この森には町の近くに繋がる地下通路があると」


 リアとユノは顔を見合わせた。そんなものは聞いたことがない。

 だが、ミラだけは心当たりがあるのか、少し考える素振りを見せた。


「場所は分かるんですか?」

「おおよその方角しか」


 王も正確な位置を把握していなかった。使者は申し訳なさそうに首を振る。


「案内図も残っておりません」

「それじゃあ――」

「……探すしかありません」


 森の入口は使えない。それしか道はなかった。



 小屋を出た四人は急ぎ足で木々の間を進んだ。方角だけを頼りに歩き続けるが、状況は思うようにはいかない。

 目印になるようなものはなく、森の景色はどこも似ている。気が付けば、リアたちは普段ほとんど来ない森の奥深くへと入り込んでいた。


「本当にこっちなのかな……」

「分かりません」


 使者は苦い顔で首を振る。仕方がなかったとはいえ、案内図もなく闇雲に探すだけでは無謀だったかもしれない。

 使者について行きながらも、ユノは不安そうに何度も後ろを振り返る。


「教会、追ってきてるかな……」

「まだ距離はあります」


 幸いと言うべきか、森の奥に行くことで教会とは距離が離れてきている。向こうも森に明るくないため、あまり奥に入ることは躊躇っているようだ。

 しかし、いつ本格的に動き出すかは分からない。人数では圧倒的にこちらが不利で、安心できる状況ではなかった。

 焦りだけが募る。その時だった。


 ふわり、と森の奥に淡い光が灯る。リアが驚いて足を止めた。


「え……?」


 光の方へ目をやった途端、ひとつ、またひとつと、光が灯った。

 まるで、行くべき道を照らすように。


――夜の光が、あなたの道を照らすでしょう。


 お祭りの日。花占いに書いてあった言葉が頭をよぎる。ただの子ども騙しだったのかもしれない。

 それでも。


「リア?」


 立ち止まったまま動かないリアに、ユノが声をかける。その間もゆっくりと森の奥へと進んでいく光に目が離せなかった。


「……あれだ」


 リアは呟く。確信はない。ただ、精霊たちは確かについて来てと言っているように聞こえた。


「リア、どうしました?」


 ミラも声をかけるが、その瞬間、リアは光へ向かって走り出した。


「ついて行こう!」

「リア!」


 三人は慌ててリアを追う。光は先へ、先へと進んでいく。まるで、森そのものが道を示しているようだった。


 そして――


 木々が途切れた先、少し広まったところにそれはあった。リアが息を呑む。


「これ……」


 そこには苔むした石造りの階段があった。地面の奥へと続く古い入口。誰にも気づかれずに眠っていた地下通路だった。


「本当に、あったのか……」


 使者も驚いたように目を見開く。王から聞いていたとはいえ、場所も曖昧だったため本当に見つかるか不安だった。それが、精霊に導かれるようにしてやってきた場所にあったのだ。


「ここは――」


 リアたちが喜ぶ横で、ミラだけが別の方向を見ていた。森のさらに奥。そこに知っている気配があった。


「どうしたの?」


 リアの問いに、ミラは静かに首を振る。


「いえ、なんでもありません」


 そう言いながらも、視線は再び森の奥へと向けられる。まるで、そこに何か大切なものがあるかのように。

 その時、一際強い風が吹いた。ミラは森から目を逸らすと、風に背を押されるように苔むした階段へと向かった。

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