第四十一話 繋がる想い
十七年前――セフィーは十六歳で、彼女はこうと決めたら真っ直ぐに突き進む子だった。
「精霊の異変に気付いた時にはもう『自分が何とかする!』と、家を飛び出そうとしていました」
ミラは当時を懐かしむような、少し寂し気な表情を浮かべた。
「もちろん、異変の原因も分からぬまま飛び出そうとしたセフィーを、彼女の母は必死に止めましたが」
「……母さんらしい」
リアも母を思い出して小さく笑う。ミラの語るセフィーはリアがよく知る性格をしていた。
そんな母をよく窘めていたのは祖母で、父はその様子を見ながら穏やかに微笑んでいた。
「しかし、母に止められたくらいで諦めるセフィーではありませんでした。足の悪い母に代わって自分が精霊を助けるのだと、何日も私に訴えかけて来たのです」
セフィーはミラなら何か知っていると分かっていた。結局、その熱意に根負けしたのはミラだった。
「私は答えました。根本から異変を止める方法は、ひとつしかないと。そして、そのためにはまず、王に謁見する必要があると」
ミラはアストレイへ視線を向ける。すると、その日を思い出したかのように苦笑した。
「セフィーが王宮へ来た日のことはよく覚えている。『王に会わせてほしい』と突然訪ねてきて、門前払いを食らっていた」
「母さん……」
リアは思わず額に手を当てる。いきなり王宮まで訪ねても、謁見してもらえないであろうことは自分でも分かる。
それ程まで切羽詰まっていたのかもしれないが、少し考えれば分かるはずだ。
「そのまま門番にも精霊の話をしてしまいそうな勢いだったので、私は慌てて宿まで連れて帰りました」
ミラは今思い出しても大変だったと言いたげに、小さく息を吐いた。
ユノはそんなミラの様子をぽかんとした顔で見ている。リアがしっかりしたイメージだったため、母親も同じような人なのだろうと思っていた。
むしろ、そんな母親を止めるため、しっかり者になったのかもしれない。
「その後、私の手の者からその話を聞いてな。精霊を連れた少女が、何やら門番と揉めていたと。そこにミラ殿がやって来たのだ」
「ミラが?」
「ええ。正面から謁見を申し出ても通るはずがありませんから」
王家にまだ精霊を見える者がいるかは分からなかったが、アストレイにはミラの姿がはっきりと見えていた。
しかし、精霊が見えるからといって、悪意を持っていないとは限らない。ミラは警戒しながらも接触をはかったが、名を告げた途端、アストレイの態度は軟化した。
「王家にはミラ殿の記録も残っていた。王の魔女と共に去った精霊がいると」
リアは驚いてミラを見る。随分と王家の歴史にも詳しいと思っていたが、元々は王家と懇意にしていたらしい。
「私はかつて、王の魔女と共に在りました。そして、王の魔女が王都を去る時も、共に森へと移り住んだのです」
「そうだったんだ……」
ミラも元は王都で暮らしていた。それなら王家の記録にミラのことが残っていても不思議ではないだろう。
「そしてミラ殿から事情を聞いた私は、セフィーと会うことにした」
アストレイはその時のことを思い出すと、ふっと笑った。
「あの子は物怖じもせず、開口一番『この異変を止めるため協力してほしい』と」
「……私の母がすみません」
「今思えば、肝の据わった娘だったよ」
リアの謝罪に、アストレイは苦笑する。
いくら王家が軽く見られているとはいえ、そんな軽々しく頼み事をされるという経験などなかったため、その時はとても驚いた。
しかし、セフィーの精霊を思う真剣な眼差しに、不思議と不快感は覚えなかったのだ。
「各地の異変の話なら私も知っていた。それを止められるならと、協力もしようとした。しかし――」
アストレイはそこで言葉を切ると、そっと目を伏せる。
「根本から解決することは叶わなかった」
その顔には悔しさが滲んでおり、今でも当時の気持ちを思い出しては、歯がゆい思いをしている。
結果的に王家の力を借りても異変の解決には至らなかったが、それでもセフィーは諦めなかった。
少しでも多くの精霊を救うため、各地を巡って精霊を鎮めることにしたのだ。
「異変は既に国全体に広がっていました。ひとつひとつ鎮めるには時間はかかりましたが、それでも当時起こっていた異変は収まったのです」
「私は王都を離れられなかったが、セフィーは定期的に報告に来てくれていた。そういえば、何回目の報告だったか。旅の途中で出会ったと、精霊の見える青年を紹介してくれたのは」
アストレイは懐かしさに目を細めながら、リアを見た。
「それって……」
「ああ、そなたの父君だ。そうして異変を収めたあとは、共に森に帰ったと聞く」
「そうだったんだ」
思いがけず、父と母の出会いを聞けて、リアの口元が緩む。
両親とミラはひとつずつ精霊を鎮めていった。時間はかかるかもしれないが、ミラとユノがいればきっと自分にも出来るはずだ。
「それなら、今回も各地を巡れば良いんじゃないの?」
リアが希望を見出したように聞くと、ミラはゆっくりと首を振る。
「所詮、その場しのぎです。いずれ再び異変は起こる。それは私たちにも分かっていました」
「だったら……どうすれば異変は止まるの?」
リアの言葉に、ミラの声が詰まる。セフィーと同じ瞳で、精霊を助けたいと訴えかけてくる。
そのまま沈黙するミラの代わりに口を開いたのは、アストレイだった。
「……その先を聞けば、そなたらは後戻り出来ない」
部屋の空気が張り詰める。リアの喉がごくりと鳴った。
「それでも聞く覚悟があるか」
リアは隣りにいるユノを見る。
視線が絡む。
二人は小さく頷きあった。
「……聞かせてください」
リアは静かに、けれどはっきりとした声で答えた。
ミラは選択の時に、わずかに淡い光を揺らすのだった。




