第三十四話 忍び寄る噂
町へと続く道を歩きながら、リアは何度も周囲へ視線を向けた。森を出てからも、胸のざわつきは消えていない。むしろ、森の外へ近づくにつれて強くなっている気がした。
「リア?」
隣を歩いていたユノが、不思議そうにこちらを見る。
「あ……ううん、なんでもない」
慌てて笑ってみせると、ユノはどこか納得していない顔をしながらも、それ以上は聞かなかった。
その後ろを歩くミラは、静かなままだ。けれど、時折周囲を確認するように視線を巡らせている。
ミラも気付いている。森の外の精霊が極端に少ないことに。
「リア」
後ろを歩いていたミラが、静かに声を掛ける。
「町の様子を見たら、長居は避けましょう」
「……うん」
リアも同じ意見だった。なんとなく、嫌な予感がする。それが何なのかはまだ分からないけれど、それでも、直感を信じた方が良い気がした。
町へ近づくにつれ、人の声が聞こえてくる。いつもと同じ、賑やかな町のはずだった。
けれど――
「なんか、騒がしくない?」
ユノの言葉に、リアも小さく頷いた。道行く人々も、どこか落ち着きがない気がする。露店の前では、立ち止まってひそひそと何かを話している人もいる。
「教会の人らしいぞ」
「白衣の連中だろ? また来てるのか?」
「今度は子どもを探してるって……」
すれ違いざまに聞こえてきた声に、リアは思わず足を止めた。
「リア?」
「……あ、ごめん。行こう」
気のせいだと思いたかった。けれど、胸の奥が嫌な音を立てる。
三人はそのまま町へ入り、いつもの露店通りへ向かった。表面上は普段と変わらない。店主たちの呼び込みの声も聞こえるし、子どもたちも走り回っている。それでも、どこか空気が張り詰めている気がした。
「先に薬屋に行こうか」
異変を確認するなら、馴染みの店の方が良い。リアは話をする口実のために持ってきた薬草を指すと、ユノも町の空気がおかしいことに気がついているのか、少し不安そうな顔をしながらも頷いた。
三人はそのまま、いつも薬草や薬を卸している店へ向かう。扉を開けると、乾いた薬草の匂いが鼻をくすぐった。
「おや、いらっしゃい」
店の奥から、顔なじみの店主が顔を出す。
「今日は何の用だい?」
「薬草を持って来たから、買い取って欲しいの」
リアが種類別に分けた薬草をカウンターの上に置くと、店主は顔をほころばせた。
「助かるよ。中々栽培が難しい薬草もあるからなあ」
店主は薬草を一つ一つ確認しながら、買い取る薬草を精算していく。リアはそんな様子を見ながら、何気なさを装って口を開いた。
「そういえば、最近変わったことはあった? 町が騒がしいようだけど」
「ああ、生活具の事故かい? しばらくは教会が対応に追われてたみたいだが、今は別の件で町に出入りしているみたいだな」
「別の件?」
首を傾げるように話す店主に、リアは胸騒ぎがして、心臓がわずかに脈打つ。思わず聞き返すと、店主は声を潜めた。
「なんでも、教会が子どもを探しているらしい」
「……子ども?」
「たしか、十代前半くらいの見た目で、白髪だか金髪だか……とにかく珍しい髪色をしているとか」
リアは動揺が顔に出ないよう気を付けながら、薬棚を眺めているユノを盗み見る。心臓が早鐘を打っていた。
ただの金髪なら珍しくも何ともないだろう。だが、ユノの髪は柔らかな金色をしていて、光の加減によっては白くも見える。
今はフードをかぶっているからよく見えないが、髪色を見たら気が付くかもしれない。
「白衣の奴らが色んな店で聞き回ってるらしいぞ。うちには来てないけどな」
店主はそう言って笑う。
「まあ、噂話だからな。白髪だって言う奴もいれば、金髪だって言う奴もいて曖昧なんだ」
「……そうなんだね」
リアは震えそうになる声を抑えながら、務めて平静を装う。早くこの場から離れたいが、今店を出ればそれこそ不自然だろう。
「教会の連中も、なんだって子どもなんか探しているんだか。誰も理由を聞いちゃいないらしいし」
そこまで言った時だった。ユノが薬棚の上へ視線を向けると、かぶっていたフードがわずかにずれる。店の窓から差し込んだ光が、ユノの前髪を照らした。
「……あれ?」
店主の視線がユノへ向く。
「お前さん、その髪――」
まずい、と思った瞬間、頭より先に体が動いていた。
「おじさん、ごめん!」
鞄から小さな巾着を取り出し、中の粉を店主へ振り撒く。
「げほっ……!? な、なんだ……?」
店主がむせ込みながら、ふらりとカウンターへ手をついた。
薬草を調合して作った、強い眠気と軽い混乱を引き起こす粉だ。しばらくすれば治るし、後にも残らない。
「リア!?」
驚くユノの腕を掴むと、リアはそのまま早足で扉へと向かう。
「行こう!」
「え、ちょっと待――」
「早く!」
扉を開けば、背後でぼんやりした店主の声が聞こえた。
「あれ、今、何の話を……」
扉が閉まる一瞬、店主がカウンターに突っ伏すところが見えた。
大丈夫、きっと薬の影響で先程の会話は覚えていない。リアはそう言い聞かせながら、深呼吸をする。それでも、リアの鼓動は激しく鳴り続けていた。
町の喧騒が耳に刺さる。誰かに見られている気がして落ち着かない。
「ユノ、闇の精霊のお守りは持ってる?」
「う、うん。ここに……」
そう言ってポケットから取り出すユノの手に、お守りをしっかり握らせる。
「それ、握ってて。他の人も、今の話を知ってる可能性が高い。森に帰ろう。早く」
町の景色はさっきと変わらない。でも、きっともうこの町は安全じゃない。教会が、すぐそこまで迫ってきている。
リアの表情に、ユノも事態の深刻さを察したのか、小さく頷く。
三人はそのまま町を後にした。森なら安全だと信じながら。
*****
町から離れた森の入口で、黒衣の神官は静かに木々を見上げていた。
深く生い茂った森は、昼間だというのに薄暗く、内部は簡単に見通せない。風が吹けば枝葉が揺れる音がする。それ以外は、ただ静かだった。
「……ここか」
低い声に、隣りに立つの灰衣の神官がうなずく。
「町で得た証言は概ね一致しています。十代前半ほどの少年。白にも金にも見える髪をしていると」
「同行者は」
「森に住む薬師の少女です。頻繁に町へ薬草や薬を卸しているようですね」
白衣の神官が集めてきた情報を淡々と報告する。黒衣の神官は森へ視線を向けたまま、小さく目を細めた。
「森で暮らしているのか」
「ええ。以前から町との交流は最低限だったようです」
灰衣の神官は手元の紙へ目を落とす。
完全に外界を断っているわけではない。だからこそ見つかった。
「白衣たちは、保護対象である可能性が高いと判断しています」
「……そうか」
興味がなさそうな声だった。
白衣の神官には何も知らせていない。ただ“救済が必要な少年”を探していると思っている。
「随分熱心に聞き回っており、今も町で聞き込みを続けているようです」
「そういう役目だからな」
黒衣の神官は短く返す。純粋で従順な方が扱いやすい。余計なことも疑わない。
「踏み込みますか」
灰衣の神官の問いに、黒衣の神官はすぐには答えなかった。森の奥を見つめる。神官たちに精霊の姿は見えない。だが、そこには人間を拒む気配が確かにあった。
教会から消えた日のことを思い出す。焦れば逃がす。だが、時間を掛けすぎてもいけない。
「……まだだ」
森の構造も分からない。下手に動けば、また身を隠される可能性が高い。
「まずは出入りを押さえる」
「監視を?」
「ああ。時を見て動く」
少年が町へ出入りしている以上、閉じこもり続けることはできない。逃げ場など、最初からない。
「もう、見失うわけにはいかない」
低く落ちた声は、静かな森の入口へゆっくりと沈んでいった。
ついに教会がユノを探して動き出しました。




