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名を交わす精霊の森 ~精霊を忘れた世界で、少女は失われた盟約を結び直す~  作者: 葉月
第六章 奪う手と、問う声

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第三十四話 忍び寄る噂

 町へと続く道を歩きながら、リアは何度も周囲へ視線を向けた。森を出てからも、胸のざわつきは消えていない。むしろ、森の外へ近づくにつれて強くなっている気がした。


「リア?」


 隣を歩いていたユノが、不思議そうにこちらを見る。


「あ……ううん、なんでもない」


 慌てて笑ってみせると、ユノはどこか納得していない顔をしながらも、それ以上は聞かなかった。

 その後ろを歩くミラは、静かなままだ。けれど、時折周囲を確認するように視線を巡らせている。

 ミラも気付いている。森の外の精霊が極端に少ないことに。


「リア」


 後ろを歩いていたミラが、静かに声を掛ける。


「町の様子を見たら、長居は避けましょう」

「……うん」


 リアも同じ意見だった。なんとなく、嫌な予感がする。それが何なのかはまだ分からないけれど、それでも、直感を信じた方が良い気がした。


 町へ近づくにつれ、人の声が聞こえてくる。いつもと同じ、賑やかな町のはずだった。

 けれど――


「なんか、騒がしくない?」


 ユノの言葉に、リアも小さく頷いた。道行く人々も、どこか落ち着きがない気がする。露店の前では、立ち止まってひそひそと何かを話している人もいる。


「教会の人らしいぞ」


「白衣の連中だろ? また来てるのか?」


「今度は子どもを探してるって……」


 すれ違いざまに聞こえてきた声に、リアは思わず足を止めた。


「リア?」

「……あ、ごめん。行こう」


 気のせいだと思いたかった。けれど、胸の奥が嫌な音を立てる。

 三人はそのまま町へ入り、いつもの露店通りへ向かった。表面上は普段と変わらない。店主たちの呼び込みの声も聞こえるし、子どもたちも走り回っている。それでも、どこか空気が張り詰めている気がした。


「先に薬屋に行こうか」


 異変を確認するなら、馴染みの店の方が良い。リアは話をする口実のために持ってきた薬草を指すと、ユノも町の空気がおかしいことに気がついているのか、少し不安そうな顔をしながらも頷いた。



 三人はそのまま、いつも薬草や薬を卸している店へ向かう。扉を開けると、乾いた薬草の匂いが鼻をくすぐった。


「おや、いらっしゃい」


 店の奥から、顔なじみの店主が顔を出す。


「今日は何の用だい?」

「薬草を持って来たから、買い取って欲しいの」


 リアが種類別に分けた薬草をカウンターの上に置くと、店主は顔をほころばせた。


「助かるよ。中々栽培が難しい薬草もあるからなあ」


 店主は薬草を一つ一つ確認しながら、買い取る薬草を精算していく。リアはそんな様子を見ながら、何気なさを装って口を開いた。


「そういえば、最近変わったことはあった? 町が騒がしいようだけど」

「ああ、生活具の事故かい? しばらくは教会が対応に追われてたみたいだが、今は別の件で町に出入りしているみたいだな」

「別の件?」


 首を傾げるように話す店主に、リアは胸騒ぎがして、心臓がわずかに脈打つ。思わず聞き返すと、店主は声を潜めた。


「なんでも、教会が子どもを探しているらしい」

「……子ども?」

「たしか、十代前半くらいの見た目で、白髪だか金髪だか……とにかく珍しい髪色をしているとか」


 リアは動揺が顔に出ないよう気を付けながら、薬棚を眺めているユノを盗み見る。心臓が早鐘を打っていた。

 ただの金髪なら珍しくも何ともないだろう。だが、ユノの髪は柔らかな金色をしていて、光の加減によっては白くも見える。

 今はフードをかぶっているからよく見えないが、髪色を見たら気が付くかもしれない。


「白衣の奴らが色んな店で聞き回ってるらしいぞ。うちには来てないけどな」


 店主はそう言って笑う。


「まあ、噂話だからな。白髪だって言う奴もいれば、金髪だって言う奴もいて曖昧なんだ」

「……そうなんだね」


 リアは震えそうになる声を抑えながら、務めて平静を装う。早くこの場から離れたいが、今店を出ればそれこそ不自然だろう。


「教会の連中も、なんだって子どもなんか探しているんだか。誰も理由を聞いちゃいないらしいし」


 そこまで言った時だった。ユノが薬棚の上へ視線を向けると、かぶっていたフードがわずかにずれる。店の窓から差し込んだ光が、ユノの前髪を照らした。


「……あれ?」


 店主の視線がユノへ向く。


「お前さん、その髪――」


 まずい、と思った瞬間、頭より先に体が動いていた。


「おじさん、ごめん!」


 鞄から小さな巾着を取り出し、中の粉を店主へ振り撒く。


「げほっ……!? な、なんだ……?」


 店主がむせ込みながら、ふらりとカウンターへ手をついた。

 薬草を調合して作った、強い眠気と軽い混乱を引き起こす粉だ。しばらくすれば治るし、後にも残らない。


「リア!?」


 驚くユノの腕を掴むと、リアはそのまま早足で扉へと向かう。


「行こう!」

「え、ちょっと待――」

「早く!」


 扉を開けば、背後でぼんやりした店主の声が聞こえた。


「あれ、今、何の話を……」


 扉が閉まる一瞬、店主がカウンターに突っ伏すところが見えた。

 大丈夫、きっと薬の影響で先程の会話は覚えていない。リアはそう言い聞かせながら、深呼吸をする。それでも、リアの鼓動は激しく鳴り続けていた。

 町の喧騒が耳に刺さる。誰かに見られている気がして落ち着かない。


「ユノ、闇の精霊(ノクス)のお守りは持ってる?」

「う、うん。ここに……」


 そう言ってポケットから取り出すユノの手に、お守りをしっかり握らせる。


「それ、握ってて。他の人も、今の話を知ってる可能性が高い。森に帰ろう。早く」


 町の景色はさっきと変わらない。でも、きっともうこの町は安全じゃない。教会が、すぐそこまで迫ってきている。

 リアの表情に、ユノも事態の深刻さを察したのか、小さく頷く。

 三人はそのまま町を後にした。森なら安全だと信じながら。



*****



 町から離れた森の入口で、黒衣の神官は静かに木々を見上げていた。

 深く生い茂った森は、昼間だというのに薄暗く、内部は簡単に見通せない。風が吹けば枝葉が揺れる音がする。それ以外は、ただ静かだった。


「……ここか」


 低い声に、隣りに立つの灰衣の神官がうなずく。


「町で得た証言は概ね一致しています。十代前半ほどの少年。白にも金にも見える髪をしていると」

「同行者は」

「森に住む薬師の少女です。頻繁に町へ薬草や薬を卸しているようですね」


 白衣の神官が集めてきた情報を淡々と報告する。黒衣の神官は森へ視線を向けたまま、小さく目を細めた。


「森で暮らしているのか」

「ええ。以前から町との交流は最低限だったようです」


 灰衣の神官は手元の紙へ目を落とす。

 完全に外界を断っているわけではない。だからこそ見つかった。


「白衣たちは、保護対象である可能性が高いと判断しています」

「……そうか」


 興味がなさそうな声だった。

 白衣の神官には何も知らせていない。ただ“救済が必要な少年”を探していると思っている。


「随分熱心に聞き回っており、今も町で聞き込みを続けているようです」

「そういう役目だからな」


 黒衣の神官は短く返す。純粋で従順な方が扱いやすい。余計なことも疑わない。


「踏み込みますか」


 灰衣の神官の問いに、黒衣の神官はすぐには答えなかった。森の奥を見つめる。神官たちに精霊の姿は見えない。だが、そこには人間を拒む気配が確かにあった。

 教会から消えた日のことを思い出す。焦れば逃がす。だが、時間を掛けすぎてもいけない。


「……まだだ」


 森の構造も分からない。下手に動けば、また身を隠される可能性が高い。


「まずは出入りを押さえる」

「監視を?」

「ああ。時を見て動く」


 少年が町へ出入りしている以上、閉じこもり続けることはできない。逃げ場など、最初からない。


「もう、見失うわけにはいかない」


 低く落ちた声は、静かな森の入口へゆっくりと沈んでいった。

ついに教会がユノを探して動き出しました。

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