第四十話 王家の悔恨
部屋に静かな空気が流れる。誰もがアストレイが口を開くのを待っていた。
アストレイは静かに紅茶を口へ運ぶと、ゆっくりと息を吐いた。
「太古の昔、この国は精霊と共にあった」
その一言に、リアは自然と背筋を伸ばす。昔は人と精霊は共存していたという話はミラに聞いたことがある。
「王家は大精霊と盟約を交わした。人と精霊が共に歩むという盟約だ。王の魔女はそれを代々受け継いできた」
王の魔女。それを受け継いで来たのが、リアの家系であるエルヴェイン家だという。
「そうして共に歩み出した人々は、風が吹けば風の精霊へ祈りを捧げ、水が湧けば水の精霊へ感謝する。そんな時代だった」
それは森での暮らしと変わらない。リアには身近に感じられる話だ。
誰もが精霊と手を取り合って生きていた、そんな時代に思いを馳せる。
「だが――」
アストレイの声が少しだけ低くなる。リアは緊張した面持ちで、アストレイを見た。
「国が栄えるにつれ、人も増えた。精霊に助けを求める者が増えた結果、次第に精霊たちは疲弊していったのだ」
「精霊たちが、疲弊……?」
リアは思わず呟いた。いつもは少し力を借りるだけで、精霊が疲れるなど考えたこともなかった。
でも、それが大勢の人だったらどうだろう。一人一人は少しのつもりでも、それが積み重れば疲弊もするだろう。
人に手を貸すのが好きな精霊なら、無理をしてでも手伝おうとするかもしれない。
「そこで王家は一つの決断をした」
アストレイは卓に置かれたティーカップを見つめる。
「魔道具を作ったのだ」
リアの目がすっと細くなった。
「魔道具って……今も町で使われているあれですか?」
共に歩んできたはずの精霊の力を動力に使う魔道具を王家が作ったということに、違和感を覚えた。
「ああ、民には生活具と呼ばれている物だ。しかし、当時の魔道具と今の魔道具は少し違う」
「どう違うんですか?」
ユノも不思議そうに首を傾げる。
「当時の魔道具は、あのように下位精霊 の力を奪うようなものではなく、一種の増幅装置のようなものだった」
アストレイは痛ましそうに目を伏せる。今の魔道具は、王家が望んだ形ではなくなってしまった。
「人は精霊の力をほんの少し借りて、魔道具を通すことで大きな力を得ていた。意思を通わせることのできない下位精霊 は、自然に満ちる力という認識でいたのだ」
「でも、下位精霊 にも……」
リアは言いかけて、ミラを見る。その視線を受けて、ミラも小さく頷いた。
「そうですね、彼らにも命はあります。ただ、人と会話するほどの意思を持たないだけ。それでも、当時精霊たちは、それを受け入れていました」
ミラは、遠い日を思い出すように目を細める。精霊は力を貸し、人は祈りを捧げる。
風に感謝し、水を慈しみ、森を大切に思う。その心が世界を巡り、精霊の在り方を支えるのだ。
少しの力で多くの人を助けられるのであれば、それは精霊たちにも喜ばしいことだった。
しかし、その安堵を打ち消すようにアストレイが口を開く。
「だが、それが後に悲劇を招いた」
その一言で空気が変わった。リアが息を呑む。
「魔道具は便利だった。人々の暮らしは豊かになり、精霊に頼ることも減った」
「……それは良いことではないんですか?」
リアが首を傾げると、アストレイは苦々しく笑った。精霊が力を使いすぎて疲弊することもない。誰もが最初はそう思っていた。
「便利なものは、更に便利になるよう求められる。そこで、教会が魔道具の研究に加わってきたのだ」
アストレイの表情が曇る。教会と聞いて、リアも何となく嫌な予感がしていた。
「より長く、より強く、より効率良く。魔道具は少しずつ姿を変えていった」
部屋が静まり返る。それが、今の魔道具。
「あれはもう、王家が作った魔道具ではありません」
ミラの声が静かに響いた。ただ精霊の力を効率よく奪う魔道具に、当初の願いの面影など無くなってしまった。
「意志を持たないと思われていた下位精霊の声は、誰にも届きませんでした」
悲しげに目を伏せるミラに、アストレイもゆっくりと頷く。
「そうして教会は、便利な魔道具や精霊具を神から授けられたものだと嘯き、民心を掌握して精霊を排除する思想を広めた」
リアは思わず俯いた。
魔道具は確かに便利だろう。精霊に語りかけることもなく、必要な時に大した労力もなく、最大限の効果を発揮出来る。
精霊は必要とされなくなり、見えなくなる者も増え、魔道具に消費される精霊の存在すら忘れられるのだ。
「王家は、止めなかったんですか……」
リアが震える声で問うと、アストレイは深く、長い息を吐いた。
「止めようとした。だが、止められなかった」
その言葉には、深い後悔が込められていた。しかし、その直後、アストレイはゆるく首を振る。
「いや、これは言い訳だな。止める機会はいくらでもあった。私たちは、選択を間違えたのだ」
重たい沈黙が部屋に満ちる。初めは精霊の負担を減らすために開発されたという魔道具。それが、今は精霊を苦しめる物へと変わってしまった。
そして、人と精霊が分かたれた結果、世界の歪みが始まった。
「人々が精霊を忘れた結果、盟約は自然に破棄された。長い年月をかけ、国に綻びが生じた。それを止めようとしたのがそなたの母、セフィーだ」
アストレイがリアを真っ直ぐ見る。
「母さんが……」
「ここからは私が話しましょう」
ミラは静かに口を開いた。




