第三十九話 語られる過去
久しぶりにぐっすりと眠ったリアたちは、翌朝すっきりした気分でロウに案内され、王宮の奥にある一室へと向かった。
磨き上げられた廊下は、窓から差し込む朝日を反射させ、輝きを増している。相変わらず人を見かけないが、人払いでもしているのかもしれない。
重厚な扉が開かれると、そこは豪華な謁見の間ではなく、落ち着いた調度品が置かれた私室だった。窓際には丸い卓が置かれ、その向こうに一人の男性が腰掛けている。
淡い金色の髪に緑色の目。年齢は五十前後だろうか。リアたちが部屋に入ると、穏やかな眼差しを向けた。
「よく来てくれた」
そう言って立ち上がった男性に、ミラは静かに跪く。
「お久しぶりです、アストレイ王」
リアとユノは慌ててミラを見た。王への作法など教わったことがない。二人が戸惑っていると、ミラが振り返って口を開いた。
「あなたたちもこちらへ」
二人もミラをお手本に跪こうとしたときだった。アストレイが片手を上げてそれを制した。そして、ミラに視線を向ける。
「おやめください。私はミラ殿に礼を尽くされる立場ではない」
「しかし、この子たちは王家への礼儀を知りません」
なおも言い募ろうとしたミラに、アストレイは首を振る。
「ここは正式な場ではない。私は王としてそなたらの前にいるわけではないのだ」
不敬を働いても不問にすると言外に示され、ようやくミラは納得した。立ち上がったミラを見て、アストレイは三人を椅子へ座るよう促す。
卓の上にはロウが用意した紅茶や軽食が並んでいた。まさか王と一緒に食事を摂る日が来るとは思わなかった。リアは緊張した面持ちで椅子へと座る。
「大したもてなしが出来ず申し訳ない。信用できる者が限られているため、目立たぬよう動かざるを得ないのだ」
「……相変わらずのようですね」
王宮内には自分の利益になることでしか動かない者や教会に心酔している者も多い。アストレイは自分の求心力のなさにため息を吐いた。
「自己紹介がまだだったな。私はアストレイだ」
「あ、私はリア――」
いつも通り言いかけて、ちらりとミラの方を見る。ミラは小さく首を振った。
「リエネア・エルヴェインです。リアとお呼びください」
「ユノアス・ヴェイルです。えっと……ユノで良いです」
言い終えてから、ユノはそっとリアの顔を窺う。今までリアの愛称しか知らなかったことに気が付いた。思えば、ミラや町の人もみんな愛称で呼んでいる。
「リアの名前……初めて知った」
思わず呟いた。そんな疑問に答えたのは、アストレイだった。
「精霊は名前をとても大事にしているからだろう。セレフィア……セフィーもそうだった」
アストレイの口から出てきた名前にリアは驚く。それは、母の名前だ。
母が作ったお守りを持っていたことから、知り合いである可能性は考えていたが、そんな話は一度も聞いたことがなかった。
「そなたはセフィーとよく似ている」
「……母をご存知なのですか?」
「ああ、よく知っている」
アストレイはリアを見て目を細める。本当によく似ている。セフィーに。そして、その隣に在った青年に。旅の途中で出会ったと、一度だけ紹介してくれた。
「母と知り合いだったから、私たちを助けてくれたんでしょうか」
リアには聞きたいことが色々あった。母がなぜ王と繋がりがあったのか。なぜお守りを持っているのか。そして、どうして自分たちを助けてくれたのか。
リアが一番気になっていたことを尋ねると、アストレイはしばらく黙ったまま、静かに息を吐いた。
「……それも理由の一つだ」
そう言った王の視線が、ほんの一瞬だけユノへと向く。ミラはその小さな変化を見逃さなかった。
「やはり、そうなのですね」
リアとユノは顔を見合わせて首を傾げる。何が、《《そう》》なのか。だが、その問いにアストレイは答えない。静かな沈黙だけが部屋を包む。ミラにとっては、その沈黙こそが何よりの答えだった。
「……お茶が冷めてしまったな。淹れ直そう」
アストレイは話を逸らすように言うと、後ろに控えていたロウが手早く紅茶を淹れ直す。先程とは違う匂いがふわりと香った。
その香りが、気まずくなってしまった空気を少し和らげる。リアは、色々と聞きたくて逸っていた心が落ち着くのを感じた。
「……いい香りですね」
「お気に召していただけたのなら良かったです」
そう言ってロウがにこりと笑う。ここに来るまでの情報収集の手腕も見事だったが、茶葉選びも絶妙で、給仕までこなせるらしい。これも人手不足が故なのか。
紅茶を飲み、落ち着いたころを見計らって、再びアストレイが口を開く。
「そなたらは、十七年前の出来事を知っているだろうか」
「えっと……その時も各地で異変が起きて、誰かが鎮めたという話なら聞いたことがあります」
リアは町で聞いた噂を思い出す。
「その異変を鎮めたのが、そなたの母――セフィだったのだ」
「え……?」
リアは言葉を失う。母はずっとあの森で精霊たちと暮らしていたのかと思っていた。精霊の異変の話も、それを鎮めた話も、何一つ知らない。
そういえば、一度だけ両親の馴れ初めを聞いたことがある。その時は二人とも困った顔をして笑い、『時が来たら話すわ』と言っていた。
町で、おばさんにも言われたことを思い出す。『時が来たら話してくれるさ』と。
アストレイは、ミラへと視線を向けた。
「ミラ殿。私がお話しても?」
「……ええ」
ミラは静かに目を閉じ、小さくうなずいた。
「セフィーは、王の魔女の末裔だった」
アストレイの言葉に、リアは息を呑む。
「王の……魔女……?」
「代々精霊と契約し、盟約を守ってきた者たちをそう呼ぶ」
初めて聞く言葉ばかりだった。リアは隣のミラを見る。ミラはアストレイの言葉を肯定するようにうなずいた。
「王家と王の魔女は、大昔に袂を分かつことになったのだが、各地の異変に気が付いたセフィーはミラ殿と一緒に王都へとやってきたのだ」
リアの知らない母の話。母も、祖母も、そのまた祖母も、ずっとミラと一緒に森に住んでいたと聞く。
自分の家系が王家と関わりがあったのなら、何故王都から離れた森で暮らしていたのか。何故、袂を分かつことになったのか。
「……どうして、母は王都へやって来たのですか?」
アストレイはゆっくりと目を閉じる。何かを思い出すように。
「話さなければならないことは多い」
何から話すべきか迷うように。
「これは、王家が犯した過ちの物語でもある」
それは大昔、大精霊と王家が盟約を結んだことから始まる。
遂に、王との対面です。




