第五章終話 変わりゆく気配
翌日、三人は再び町へと続く道を歩いていた。照り付ける日差しは、相変わらず初夏のようだ。
「ごめんね……私が買い忘れたものがあるせいで……」
「仕方ないよ、僕も気が付かなかったから」
精霊のことに気を取られ、買わなければいけなかったものを忘れてしまっていた。落ち込むリアに、ユノが優しく慰める。ミラはそんな二人の様子を見ながら、苦笑していた。
町に着くと、にわかに騒がしかった。何かあったらしい。三人は顔を見合わせると、人が集まっている方へと向かう。
「あれって……」
そこには、昨日見ていた魔道具があった。その魔道具は全体がひび割れ、完全に壊れているようだった。
その光景を見た瞬間、胸がざわついた。
知っている気がする。咄嗟にそう思った。理由は分からない。けれど、この感覚をリアは確かに覚えていた。思い出せない夢の中で。
ひび割れた光。
崩れていく何か。
同じものを、見ていた気がする。リアはもう一度壊れた魔道具に目をやる。もう精霊の力を取り込むことは出来ないようで、近くに精霊はいない。
しかし――
「あの気配は、なに……?」
魔道具に残る精霊の気は異常だった。気の乱れどころではない。まるで、精霊の力が暴れでもしたような。
「昨日、突然壊れたんだとさ」
突然降ってきた声に、リアは肩を揺らす。隣りを見ると、露天商の女性が真剣な顔をして立っていた。
「おばさん……」
その女性は、今は精霊が見えることを隠して町に住んでいる。なので、滅多なことは言わない。
それでも――
「随分荒れたね」
「荒れた……?」
「十七年前と同じさ」
そこまで言って、女性は口をつぐむ。ミラに睨まれたからだ。しかし、それを見ていなかったリアは、女性の言葉に食いつく。
「ねえ、十七年前何があったの?」
「あー……すまないねえ、これは話しちゃいけなかったんだ」
「え?」
女性は肩をすくめると、その場を去って行った。残されたリアとユノは、困惑したように顔を見合わせる。
「荒れたって……」
リアはちらりとミラの様子をうかがう。しかし、ミラは静かに首を振っただけだった。
精霊との穏やかな日常が、静かに何かが変わり始めているような気がした。
*****
地下礼拝堂には、黒衣の神官たちが集まっていた。その数は、いつもより少ない。皆各地へと散らばっているからだ。
最近はこうして集まることも多いが、全員が揃うことはなくなっていた。
「……また一つ、もたなかったか」
その内の一人が口を開く。低い声が、静かな室内に落ちた。
机の上には、ひび割れた結晶が置かれている。本来ならば、精霊の力を引き出し、行使するための聖具。その残骸だ。
「南部は干ばつが再発。抑え込みは継続中ですが、同様の報告が三件」
「北部も同じだ。雪は止んだが、ノイズがひどく観測値が安定しない。今のまま抑え込むのは限界のようだ」
淡々と報告が重ねられる。どれも“対処済み”のはずの異変だった。それでも、完全には収まっていない。
「聖具の消耗が早すぎるな」
「調整が不十分のため、仕方がないかと」
別の声が応じる。
本来であれば、聖具が不安定になった際には器に調整作業をやらせている。しかし適した器が少なく、調整作業が間に合っていなかった。
それを無理に使っていれば、歪みが出ないはずがない。
「聖具の在庫は」
「……残り僅かです。このままでは、次の対処が――」
言葉が途中で途切れる。誰もが、その先を理解していた。
沈黙が落ちる。
「……やはり、足りないか」
ぽつりと、誰かが呟いた。
「103がいれば――」
その言葉に、空気がわずかに張り詰める。すぐに、別の声がそれを遮った。
「……逃亡個体の話はするな」
短く、鋭い制止。それ以上、誰も口にしなかった。それでも、心に浮かんだことは同じだった。
今のままでは、抑えきれない。そうなれば、次に取るべき手は決まっている。
その命令を下す時は、もう遠くない。
第五章終わりです。
次章から色々動き出す……はず。




