第三十二話 灯りの奥で
町へと向かう道は、相変わらず春とは思えないような日差しに包まれていた。照り付ける太陽はまるで初夏のようで、歩いているとじんわりと汗がにじんでくる。
「……相変わらず、この道は日差しが強いね」
ユノは額の汗をぬぐいながら、空を見上げる。森との気温差に体がついていかない。
「そうだね……」
リアは同意しながらも、心ここにあらずといった様子だった。昨日のミラの話で気が付いてしまった精霊の気の乱れ。
注意深く探ってみると、やはり森の外のほうが乱れが大きいように感じた。この季節外れの日差しはもしかしたらそのせいなのかもしれない。
リアも同じように空を見上げると、まぶしいほどの日差しが降り注いでいた。
町に着くと、先日とは打って変わって、多くの人が通りを歩いている。露店にも色とりどりの品が並んでいた。
行き交う人々の足取りも軽く、どこか穏やかな空気が漂っていた。リアとユノもその変化に驚きつつ、並んだ露店を覗きながら通りを歩いていく。
「今日は人が多いね」
「うん、前に来た時よりも品数も増えてるもんね」
ユノの言葉に、リアは小さくうなずいた。以前訪れた時は、人通りも少なく、どこか落ち着かない空気があった。それに比べれば、今日は随分と明るい。
ふと、近くの露店から聞こえてきた会話に足が止まる。
「やっと南から品が届いたよ。干ばつでどうなるかと思ったが、何とかなるもんだ」
「北の雪も落ち着いたって話だし、これでしばらくは安心だな」
「教会があちこち回ってるらしいからなあ。やっぱり頼りになるよ」
周りの客たちも、それに同意するように頷いている。リアはその会話を聞きながら、わずかに目を伏せた。
各地の異変はやはり教会が鎮めたようだった。無理矢理抑え込む教会のやり方には疑問を感じたが、結果的に異変は終息に向かっているようで複雑な気分になる。
「やっぱり、考えすぎなのかな……」
ぽつりと呟く。教会のやり方は認められない。でも、町の人々にとっては必要なことなのかもしれない。
リアは周りを見渡す。町の様子は落ち着いている。人々の表情にも、不安の色は見えない。
胸の奥にあったざわめきが、少しだけ和らいだ気がした。
「ひとまずは、落ち着いたみたいでよかったね」
そう言うユノの顔も、少し複雑そうだ。
「うん……そうだね」
それでも、リアは微笑んで同意する。そして、再び歩き出した。
お店の品揃えは良くなり、買い物をする人々の顔には笑みが浮かんでいる。活気を取り戻し始めた町に安堵した。このまま、何も起こらなければ良い。
ふと視線を上げると、通りの端に設置された灯りの魔道具が目に入る。昼間で灯りは必要ないはずなのに、その器具にはわずかに光が残っていた。
リアは、その様子に無意識に足を止める。
「リア?」
ユノが不思議に思って声をかけるが、リアは答えず、その灯りをじっと見つめていた。
あれは以前、直してもらったと言っていたものだ。その時は、無理矢理魔道具に力を流し込まれていたせいで、わずかに力が暴れている程度だった。
しかし、今は不自然な静けさの奥で、何かが軋んでいる。まるで、内側から力が逃げ出そうとしているような。
「……これ、少し変かも」
ぽつりと漏らすと、ユノも灯りを見上げた。
「どれ?」
リアが指で示した灯りをしばらく黙って見つめて、ユノは小さく首を傾げる。
「……うん。言われてみれば、なんか……落ち着かない感じがする」
リアはその言葉に、わずかに目を見開いた。
「ユノも感じる?」
「はっきり分かるわけじゃないけど……なんとなく、嫌な感じ」
ユノはそう言いながらも、少し考えるように視線を落とした。
「でも……ミラも言ってたよね。今はまだ大丈夫だって」
その言葉に、リアは無意識に視線を横へ向けた。少し離れた場所で、ミラが静かにこちらを見ている。
目が合ったが、ミラは何も言わない。ただ、わずかに目を細めただけだった。
肯定とも、否定とも取れない、曖昧な仕草。それをリアはいい方へ取ることにした。そう信じたかったから。
「……うん」
「だったら、きっと大丈夫だよ。まだ小さい違和感なんだと思う」
安心させるように笑うユノに、リアも小さく息を吐いた。
「……そうだね」
完全には納得できない。それでも、その言葉にすがるように頷く。
もう一度灯りを見る。奥に感じる軋みは変わらないままそこにあるが、今すぐ何かが起きるわけではない。リアはそっと視線を逸らした。
「行こっか」
「うん」
二人はその場を離れた。賑やかな通りを抜け、買い物を済ませると、そのまま町を後にする。
森へと戻る道すがら、リアは一度だけ振り返った。遠くに見える町。昼間の光の中でも、わずかに光っていた魔道具。それが、何かを訴えているようで。
――本当に、大丈夫なんだろうか。
一瞬、そんな考えがよぎる。けれど、それ以上何かが起こる気配もない。きっと昨日の話で敏感になっているだけだ。そう結論付ける。
森に入ると、いつもの空気が二人を包み込む。やわらかな風と、穏やかな精霊の気配。町で感じていた違和感が、少しずつ遠のいていく。
それでも、リアの胸の奥には小さな不安がくすぶっていた。
*****
――夜。
人々が家路へと急ぐ中、通りの灯りが静かに揺れていた。誰も気に留めるほどではない、小さな揺らぎ。
けれど、その一つが。
じ、と。
わずかな異音を立てた。近くを通っていた人が、ふと顔を上げる。灯りは一瞬だけ強く瞬いたかと思うと、次の瞬間――
キン、と甲高い音が響いた。同時に、灯りの生活具に細い亀裂が走る。
「……え?」
上を見ると同時に、ぱらぱらと落ちてくる金属片のようなものに慌てて後ずさる。気付いた時には、光は不自然に揺れ、やがてふっと弱まった。
そして完全に消えると、そのまま沈黙する。
「今の音……」
「なんだ、あれ……壊れたのか?」
ざわり、と小さなざわめきが広がる。しかし、何が起きたのか分からないまま、人々は少し距離を取るだけだった。
「危ないな……」
「教会に言った方がいいんじゃないか?」
「また直してもらわないと」
そんな会話を交わしながらも、やがて人々は再び歩き出す。いつもと変わらない夜に戻るように。
ただ一つ、その灯りだけが。光を失ったまま、そこに残されていた。
誰にも気付かれないまま。静かに、確かに。
何かが、壊れていた。
日本も春から夏日ですからね。そんな日もありますきっと。




