第二十九話 石に宿るもの
春の森はすでに濃い緑に包まれていた。
若葉は瑞々しい緑に色を変え、足元には小さな花があちらこちらに咲いている。
リアはしゃがみ込み、足元の薬草に優しく触れた。
「うん、今日も元気だね」
薬草は風に吹かれ、返事をするように小さく揺れる。リアは葉の状態を確認しながら、必要な分だけ摘み取っていく。隣りを見ると、ユノも同じように薬草を取りすぎないよう注意しながら、優しい手つきで摘んでいた。
「だいぶ手馴れてきたね。薬草の摘み方も丁寧だし」
「そうかな? ずっとリアがやってるの見てたからかも。リアの仕事に対する姿勢が好きで、お手本にしているんだ」
褒められて照れたように笑うユノに、リアも少し照れくさくなる。褒めたはずが、逆に褒め返されてしまった。
実際、ユノはよく観察している。宝石の目利きも出来るらしいし、元々観察眼は鋭いのかもしれない。そしてリアが何よりも嬉しいことは、森への感謝を忘れないことだった。
ユノ曰く、それはリアをお手本にしているとのことだったが、それでも本当に感謝の心がなければ同じようには出来ないだろう。薬草に声をかけるユノを見て、リアは小さく微笑むのだった。
森の奥へと移動していると、日陰に落ちている小石に目がいった。黒くてつるんとした石だ。すると、ユノも目に入ったのか、リアが手を伸ばす前にその石を拾って手のひらに乗せた。
「この石、きれいだね」
「そうだね」
ユノはその石を指で転がしたり、光にかざしてみたりと、随分観察している。
「ユノって石好きなの? よく拾って見てるよね」
ユノが石を観察するのはこれが初めてではない。こうして綺麗な石を見つける度に、まるで鑑定でもするかのように拾って観察していた。
「好き……」
リアに聞かれ、ユノは考えるように顎に手を当てた。
「……うん、好きかも。最初は意味も分からないまま母さんの隣りに座らされて、宝石のことを色々教えてもらってたけど、その時間は嫌いじゃなかった」
透明石はキラキラと輝いてとても綺麗だったし、不透明石も一つ一つの模様を見るのが好きだった。道に落ちている石も何一つ同じものはないので、つい観察してしまう。
ユノは話しながら、持っていた布で石に付いていた汚れを拭う。陽の光を反射するようになった表面にユノは満足そうにうなずいた。
「この石も、もしかしたら宝石の原石かもしれないと思うと少し面白いよね」
リアにはただの石にしか見えなかったが、少し磨いただけでも光沢が出来たその石は、磨いたら本当に宝石のように綺麗になるのではないかと思えた。
「精霊も石が好きなんだよ」
「え? そうなの?」
「ユノなら感じ取れると思うけど、この石にも精霊の気が宿ってるでしょ? 長く精霊が多いところにあると精霊の気が宿るの」
ユノはそっと石に手をかざすと、注意深く気配を探る。言われてみれば、確かにその石からは精霊の気が感じられた。
そして、あることに気が付いた。教会で核に使われていた石も、もしかしたら精霊の気が宿っている石だったのではないか。
ユノがその考えを伝えると、リアは少し考えた後うなずいた。
「……うん、その可能性はあると思う」
「教会は精霊の気配を感じ取れませんから、恐らく精霊の好む場所から石を拾ってきたのでしょうね」
ミラも続けて同意する。精霊にはそれぞれ好む場所がある。水の精霊なら、川や海のそば。風の精霊なら、風の吹き荒れる高山といった具合だ。教会は経験則から、そういったところで石を集めているのだろう。
「ちなみにこの石には闇の精霊の気が宿ってるんだよ」
「あの気難しいっていう……?」
ユノの言葉に、リアはくすりと笑う。どうやら、その言葉がとても印象に残っていたらしい。
「闇の精霊は暗いところを好むから。この石は日陰にずっとあったみたい」
手のひらの上の石は、自分の熱で温かくならず、変わらずひんやりとした冷たさを保っている。精霊の気が宿っていると言われると、更にこの石が特別に思えるのだった。
「そうだ、その石でユノの分のお守りを作っておこうか」
「お守り?」
「前にも言ったけど、光と闇の精霊は気難しいの。気分次第では力を貸してもらえないことがあって……。だからお守りに力を込めておいてもらうの。闇の精霊は気配を薄くしてくれるから、いざと言う時のために作っておくと助けになると思う」
それは、教会がユノのことを探している可能性を考慮してのことだった。お守りがあれば、逃げる時に教会に見付からないことも出来るはずだ。今はまだ、ユノを探しているという話は聞かないが、万が一ということもある。
リアは袋を取り出すと、その中に入っていた焼き菓子を一つ手に取る。
「この子、もらうね」
そう言いながら、手に取った焼き菓子をそっと地面に置いた。
「私の好きなお菓子と交換してね」
「……それは?」
「精霊の好きな石をもらうことになるから、そのお礼みたいなものかな」
三人は焼き菓子に集まる精霊たちを確認すると、その場を後にした。森に残る小さな甘い香りに、精霊たちは満足そうに光を揺らしていた。
私も小さい頃よくきれいな石拾っては持って帰って母に嫌がられてました。




