第二十八話 春の空のざわめき
森の中は、柔らかな春の陽気に包まれていたはずだった。しかし、森を出た途端、日差しがどこか刺すように強い。町へ向かう道を歩きながら、ユノは首を傾げる。
「春……だよね?」
照り付ける日差しは夏ほどではないが、春の柔らかさはない。リアも訝しげに空を見上げる。空は高く、雲も薄い。地面には濃い影がくっきりと二人の姿を写し出していた。
「暑いというよりか、なんだかまぶしいね」
町の人たちが噂をしていた話はどこか遠いところのことだと思っていたが、この辺りでも影響があるのかもしれない。
隣りにいるミラも眩しそうに目を細めていたが、特に何も言わなかった。ただ、淡い光が一瞬だけ揺れた気がした。
町に入ると、いつもより人通りが少ない。いつも並んでいる露店も所々空いており、行商人の姿も見当たらなかった。
「なんだか静かだね」
「そうだね……」
「並んでいる品物も少ないし」
「うん……」
ユノが露店を見回しながら不思議そうな顔をするが、リアはそれよりも気になることがあった。以前見かけた、神の恩寵で直されたという魔道具。あれと同じように、精霊の力が乱れている魔道具が増えている。恐らく、同じように教会が直したのだろうそれは、いつ壊れてもおかしくないように見えた。
「いやあ、生活具が直って良かったな」
「本当ね。最近はおかしな天気が多かったから」
町の人々は笑い混じりにそんな会話をしている。
「北は大雪、南は干ばつ、一体どうなってんだかねえ」
「雪解け水で川が溢れたって話もあったぞ」
「でも教会が鎮めて回ってるんだろ?」
「それなら安心だな!」
そう言って笑い合う人々の顔は明るい。しかし、リアはその会話を聞いて、心がざわりとした。
豪雪に干ばつに洪水、まるで統一性がない。自然の乱れならどこか連続性がありそうなものだが、これではまるで、別々の力が勝手に暴れているようだ。
「そういえば、前にも似たようなことがあったよな。確か十五年……二十年くらい前だったか?」
「ああ、確かその時も誰かが回って鎮めたって話だぞ」
「きっと教会の方ね。それなら今回も大丈夫だわ」
それは初めて聞く話だった。十五年以上前ということは、産まれる前の話だろう。町の人もあまり記憶にないのか、それ以上詳しい話は出なかったが、随分曖昧なことが気になった。
ミラなら覚えているだろうか。そう思い、肩口に留まっているミラを見ると、ひどく懐かしむような顔をしていた。
「……ミラ?」
リアが小声で囁くと、ミラははっとして首を振る。
「なんでもありません。それよりも神官の数が増えてますから、気を付けてください」
そう言われ周りを見ると、確かに白い神官服を着た人が目立つ。どうやら、壊れた魔道具の確認をしているようだった。念の為、町ではユノに目深にフードを被ってもらっているので、万が一顔見知りの神官がいても大丈夫だろう。王都からわざわざこの町に来るとも思えないが、ユノを探している可能性もある。
「今日は早めに帰ろう」
「そうだね」
薬草を売りにいつもの店へ入ると、この間とは打って変わって薬草の香りが充満していた。棚にも薬草や薬が所狭しと置かれている。
「おや、いらっしゃい。薬草を売りに来てくれたのかい?」
「そのつもりだったんだけど、随分商品が増えたね」
「そうなんだよ。教会が生活具を直してくれたおかげでね」
店主はそう言って安心したように笑う。冬の間は本当にどうしようかと、ほとほと困っていたらしい。
「もちろん、リアちゃんにも沢山卸してもらったから助かったよ。森の薬草が良いって人もいるからね、ちゃんとそっちも買い取らせてもらうよ」
リアは精算をしてもらっている間、棚に並べられた薬草を眺める。直された魔道具で育てた影響か、薬草に残る精霊の気も、どこか乱れているように感じた。これでは、効果も薄れてしまうだろう。
しかし、精霊の話など出来るはずもなく、上手く説明する方法も分からない。リアはただ歯痒い思いをするのだった。
「上手く言葉に出来ないんだけど、なんだか町中が変な感じだね」
店を出ると、ユノがぽつりと呟く。恐らく、ユノも精霊の気の乱れを感じているのだろう。いつもと違う町の空気に、居心地の悪さを感じる。二人は買い物を済ませると、足早に町を出た。
森に足を踏み入れた途端、いつもの空気に包まれる。精霊たちにも、変わった様子は見られない。ふと、ミラの言っていた言葉を思い出す。
「自然は、何かで帳尻を合わす……」
もしこれが、抑え込まれた精霊の反動なら。一箇所を無理に鎮めれば、別の場所で歪みが現れるのではないか。それなら、教会がやっていることは――。
リアはそこまで考えて頭を振る。どれも憶測だ。第一、もし本当に精霊の影響なら、ミラが何も言わないでいるとは思えない。
空を見上げると、町までの道とは違い、春らしい柔らかな陽射しを感じる。春の空はどこまでも青く澄んでいた。




