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名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第五章 風の変わる頃

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第二十七話 森に満ちる春

第五章です。引き続き春のお話です。

 森は春の匂いに満ちていた。雪解けが早かったせいか、例年よりも早く瑞々しい緑と色鮮やかな花が森を覆っている。

 薬草も豊かで、リアはその生育に自然と顔がほころぶ。


「今年は本当に春が早いね」

「ええ、本当に……」


 ミラは同意して、森を見渡す。例年通りなら、まだ花はこんなに咲き誇ってはいないだろう。ミラは戸惑いの色を浮かべるが、リアはもうすでに手元の薬草に目をやっていた。香りを嗅いで、満足そうにうなずく。ユノも同じように香りを嗅ぐと、手元の手帳に何やら書き込んでいた。

 ユノは春になり、本格的に薬草の勉強を始めていた。いつまでも置いてもらうだけでは申し訳ないと、リアの仕事の手伝いがしたいらしい。もちろん、そんなことは全く気にしていないのだが、ユノがやりたいことを止めるつもりもない。最近はこうして森に出ては、ユノに薬草の種類を教えていた。


「あ、ユノ、そっちの薬草はまだ若いからだめ」

「……そっか、こっちの方が葉が柔らかいね」


 ユノは二つの薬草の違いを自分で考え、再び手帳に書き記す。少し前のユノなら、こんな風に自分で学ぼうとしなかったかもしれない。まだやりたいことというよりは、役に立ちたいという気持ちが大きいかもしれないが、自分で決めてやるということが大切だと思う。

 リアはユノが変わっていく様に、心が温まるのを感じた。


「ユノは覚えるのが早いね」

「毎日寝る前に見直してるから」


 そう言って、ユノは手帳の表紙をそっとなでた。森では軽くメモを取る程度だが、帰ってからは薬草を観察して特徴をまとめているところをいつも見ている。家にある植物の本にも目を通しているし、元々覚えることは得意なようだった。


「僕なんかより、リアの方がよっぼどすごいよ。薬草の生えてる場所や種類を全部覚えてるんだから」


 その言葉にリアはくすっと笑う。素直に褒められるのは嬉しい。


「さすがに全部じゃないよ。それに、私はずっと森で育ってきたからね」


 小さい頃から、母について森の中で薬草を見てきた。それでも、覚えきれなかったものはたくさんある。そういったものは、ミラに教わってきた。きっと森の奥には、まだ知らない薬草も多く残っているのだろう。ユノを見ていると、自分もまだまだ勉強することがたくさんあると感じる。


「もう少し奥に行くと別の薬草も生えてるから、今日はそこまで行ってみようか」

「わかった」


 リアは薬草をまとめて籠に入れると立ち上がる。いつもはもう少し暖かくなってから採りに行っていたが、他の植物の成長具合を見ると一度確認しておいた方がいいかもしれない。

 歩き出そうとした時、森の奥から風が吹き抜けた。若葉が擦れ合い、さらさらと軽やかな音を奏でる。ミラの淡い光が、葉の間を縫うように移動していた。


「……今年は芽吹きが早い分、花の盛りも短いかもしれませんね」

「そういうもの?」

「均衡が崩れたとき、自然は必ず何かで帳尻を合わせますから」

「帳尻……?」


 ミラはそれ以上答えず、森の奥に視線をやる。リアも首を傾げながら、同じように森の奥を見る。特に変化は見えないが、確かに春の訪れが早かった分、夏も早くやってくるかもしれない。


「それなら、春に採れるものは早めに採っておかないとね」


 改めてリアは森の奥へと足を進める。奥に進むほど、木々が鬱蒼と生い茂り、陽の光が届きにくくなる。その分、じめっとした場所を好む薬草が多く生えているのだ。


「こっちまで来ると結構ひんやりしてるね……」

「陽射しが届かないとどうしてもね。でもその分、この辺りは夏でも涼しいんだよ」

「それはいいね。僕、寒さはまだ我慢できるんだけど、暑さには弱くて……」

「森は夏でも結構涼しいよ。でも森から町への道は結構辛いかも」


 町には魔道具があるため、ある程度気温は調整されているが、町までの道はどうしようもない。日差しを遮るものも少ないため、なるべく行く回数を減らしたいと思っているが、食料の長期保存も出来ないので難しい。

 ユノは眉間に皺を寄せると、少し考え込む。暑さが苦手だというのであれば、ユノには留守番をしてもらうのもありかもしれない。ミラと一緒に薬草採集や下処理をやっておいてもらえればこちらも助かる。

 そんな事を考えていると、ユノが口を開いた。


「夏は順番に町へ行くのはどうかな……」


 リアはそれを聞いてきょとんとする。どうやら、こちらのことも気遣って提案してくれたらしい。暑いのが苦手だと言ったのはユノなのに、と思うと少しおかしくなる。


「ふふ、本格的に暑くなってきたらそれもありかもしれないね」


 リアはふと、顔を上げた。森の奥だというのに、一瞬日差しが強くなった気がしたからだ。しかし、上を見ても木々の間からわずかに柔らかな光が降り注いでいるだけだった。風は変わらずに穏やかに流れ、あちらこちらから鳥のさえずりが聞こえてくる。

 気のせいか、とリアはすぐに手元の籠に目を移した。今日はこれくらいで大丈夫だろう。


「早く帰って、乾燥させないとね」

「うん、春先のものは水分が多いんだったね」

「そうそう、すぐに痛んじゃうからね」


 ユノは復習するように、教えられたことを話し出す。リアも時には訂正しながら、ユノの話を聞く。

 歩きながら、リアは一度だけ森の奥を確認するように振り返った。やわらかな光の中で、やけに精霊たちの光が強く見えたような気がしたが、その違和感はすぐ足音に紛れて消えた。

 森は、静かに春の盛りを迎えようとしていた。

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