第二十六話 花灯り
春の空は、青く澄み切っていた。町へ続く道を歩くユノの足は軽やかだ。そんなユノを笑いつつも、リアの足取りもいつもよりずっと早い。
二人の後ろをついて行くミラは、呆れながら注意する。
「二人とも、お祭りだからといって羽目を外しすぎないように」
「はい」
「分かってるよ」
素直に返事をするユノに対して、リアは子ども扱いされたことが気に食わないのか、口を尖らせる。こういう所がまだまだ子どもだと言うのだが、ミラは口にはしない。
町からは笛や太鼓の音が聞こえてくる。色とりどりの旗が通りを飾り、風に混じって屋台の食べ物の匂いが町の外まで漂っていた。
花灯りの祭り。今日は朝から春の訪れを祝おうと、多くの人が町に集まっていた。
「体調はもう大丈夫?」
「ここ数日しっかり見張られていたのでもう大丈夫です」
リアはお手上げだとでも言うように、両手を上げる。先日病み上がりで町に行った帰り、微熱が出たのが原因だ。熱自体は一晩寝たら下がっていたが、それからは森に行く際にも二人に見張られていた。
「今日は思いっきり楽しむんだからね!」
決意も新たに、町の門をくぐる。通りでは子どもたちが花びらを投げ合い、花模様の灯篭が等間隔に並んでいた。屋台では呼び込みの声が飛び交い、町は熱気に包まれている。
屋台を眺めながら広場に来ると、中央には大きな薪が組まれていた。
「夜になるとあの篝火の周りで皆で踊るんだよ」
「へぇ、それはすごいね」
「まぁ、見た事はないんだけどね」
そう言って苦笑するリアの横顔を見て、少しだけ迷う。いつもは日が沈む前に森へ帰る。でも、せっかくの祭りだ。せめて、今日くらいは――
「春の花占いやってるよー! 一人一回だけだよー!」
広場の端で、籠に入った花を引きながら子どもたちが騒いでいる。どうやら花に占いの結果が書かれた紙が括ってあり、好きな花を選んで占うらしい。
「花占いだって。やってみようよ」
「あ、うん……」
ユノは言えなかった言葉を飲み込み、リアの後を追いかけた。籠には色とりどりの花が入っており、リアはどれにしようか迷っている。最終的に決められなかったのか、目を閉じて一本選ぶと括られた紙を開いた。
――夜の光が、あなたの道を照らすでしょう。
「夜の光って何のことだろう」
「灯篭のこととか?」
「そうかもね。ほら、ユノも引いてみて」
リアはそっと紙を畳むと、ユノを籠の前へと押しやった。自分もリアと同じように目を閉じて選ぼうとした時、ふと一本の花が目に入った。無意識に選んだそれは、リアの目と同じ深い青色をした花だった。
「何て書いてある?」
「ちょっと待って……」
――あなたの選ぶ一歩が、暗闇の巡りを変えるでしょう
「巡り?」
「結構抽象的だね。とりあえず何か選んでみる?」
「選ぶ……」
真剣に悩み出したユノに、リアは首を傾げる。ほんの冗談のつもりだったのだが、何か迷っていることでもあったのだろうか。しかし、結局その場では何も言わなかった。
その後は食べ歩きをしたり、広場で踊る人達を見て過ごす。あっという間に時間は過ぎ、空は橙色に染まり始めていた。
「ちょっと遅くなっちゃったね。そろそろ帰ろうか」
リアが名残惜しそうにぽつりと言う。その顔はやはり寂しそうで、ユノは歩き出したリアの手を掴んだ。
「もう少しだけ、見ていかない?」
「でも……」
「今日は僕もいるし……だめかな?」
リアは迷って、うかがうようにミラの方をちらりと見る。すると、ミラは肯定するように一度淡く明滅した。リアの顔がぱっと明るくなる。
「それじゃあ、広場まで戻ろうか」
門の近くまで来ていたため、広場に引き返そうとした時、通りの端にあった灯篭に火が入れられた。柔らかな光が、花模様を浮かび上がらせる。
一つ。また一つと火が入り、地面にも花模様が映る。
「すごい……きれい……」
「本当だ……」
まるで春の花が夜に咲き始めたように、灯篭の火は広場までの道を照らした。風が吹き、花びらが光をかすめて舞う。
「これが、花灯り……」
リアの声は、ほとんど吐息だった。そんな二人の様子をミラは後ろから眺める。
花灯り。
昔は灯篭などなくとも、精霊の灯りが花を透かしていた。それを見て、人は花灯りと呼んでいた。今は誰も覚えていないけれど。そのことに一抹の寂しさを感じながらも、ミラは二人の後についていった。
広場にもどると、丁度篝火が焚かれるところだった。人々が輪を作り、太鼓がゆっくりと鳴る。火が放たれた途端、ぱちっと音が弾け、炎が空へ伸びた。火の粉と花びらが舞う中、歓声が上がる。最近は天候不良や精霊具の不調で暗い顔をしている人も多かったが、音楽に合わせて踊る人々は皆晴れやかな顔をしていた。
「すごいね! これがお祭りの本番なんだね!」
「うん、私もこんなの初めて見た……ユノ、ありがとう」
炎に照らされたリアの顔は、今までで一番輝いて見えた。あなたの選ぶ一歩が巡りを変える。本当にその通りだったのかもしれない。自分の一言でこの景色を見せられたことに、胸の奥がほんのりと温かくなった。
とは言え、やはり子どもだけで遅くまでいるのは危険だということで、しばらく広場を見て回った後は帰路に着いた。町を出てからも、背後からは楽しげな音が聞こえてくるが、既に二人は満足感で満たされていた。
町から離れるにつれ、明かりが届かなくなり、辺りが闇に包まれ始める。近くの農村の人たちも町に出ているのか、ぽつり、ぽつりと明かりがついているだけで、手元のランプだけでは少し心許なく感じた。ミラが先導してくれるおかげで道には迷わないが、いつもと違う景色に二人は無意識に身を寄せる。
「お祭り、楽しかったね」
「うん、屋台もおいしかったし」
「灯籠もきれいだった」
「篝火もね」
恐怖心を払うように、祭りの思い出を話しながら歩く。やがて森が見えてくると、どちらともなく安堵のため息をついた。夜の森はいつもより柔らかく感じる。
ふと、森の奥で淡い光がふわりと灯った。咲き始めた花の上で、精霊の光が揺れる。町の灯籠より淡く、柔らかく。家への道を照らすように、花を照らす精霊たちを見て、リアは小さく笑った。
「花灯りみたいだね」
その言葉に、ミラは目を細める。人は忘れても、こうして春は巡っていく。春の夜風が、三人の間を通り抜けていった。そこで、ユノはあることに気が付く。
「あ、夜の光……」
ユノの呟きに、リアもはっとする。
「本当だ……」
二人は顔を見合せ、くすりと笑った。ただの偶然かもしれない。けれど、今日の夜を忘れることはきっとない。
夜の光は見守るように、道を照らし続けていた。
幻想的な雰囲気が伝わるように書くのは難しいですね。




