第二十五話 巡る風
当然、薬を飲んだからといってすぐに良くなるということはなく、リアの熱は二日かけてゆっくりと下がっていった。
三日目の朝、窓を開けると暖かい風が部屋の中に入ってくる。
「もうすっかり暖かくなってきたね」
リアは体調も良くなったのか、ベッドから降りて大きく伸びをする。
「まだ無理しないで」
「もう大丈夫だよ。ユノが看病してくれたおかげ」
ありがとうと言って笑うリアに、それ以上何も言えなくなってしまう。本当はもう少し休んでいてほしかったが、ミラが諦めたように肩を竦めているので、ユノも口を閉ざす。
「今日は森の入口まで散歩に行こうと思うの」
「まだ早いんじゃない?」
リアの言葉にユノは難色を示す。それでもリアは首を振った。
「少し森の様子を見ておきたいの。暖かくなってきたし、薬草も増えてるかも」
「今日は薬草を摘むのもなしですよ」
「うっ……」
どうやら散歩で終わらせる気はなかったらしい。ミラに釘を刺され、リアはたじろぐ。その様子を見て、ミラは大きな溜息をついた。
「全く、油断するとこれなんですから」
「うぅ……分かった、本当に散歩だけにするから……」
このままだと外出まで禁じられてしまう、と危機感を抱いたリアはしぶしぶといった体で妥協した。ミラとユノは顔を見合せて苦笑する。
外に出ると春の暖かな日差しを感じた。どこからか、花の甘い香りが漂ってくる。少し寝込んでいる間に、森はすっかり春の気配を纏っていた。
外の空気を堪能していると、精霊たちが心配するようにリアの周りを囲む。ここ数日は、精霊たちもどこか静かだった。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
大丈夫という言葉に精霊たちは、懐疑的に揺れる。リアの大丈夫は当てにならないとでも言うように。
「……疑われてますね」
「私ってそんなに信用ない?」
「ええ、全く」
ミラに断言されたリアは、少しショックを受けた顔をした。でも、少しは自分の体調を省みてほしい。ユノも隣りで深く頷いた。
「もう、本当に無理しないってば!」
春の森に三人の笑い声が響く。久々の賑やかさに、精霊たちも嬉しそうに森を飛び回るのだった。結局その日は、精霊たちと森の入口まで散歩をして、すぐに家で休んだ。
翌日、すっかり顔色も良くなったリアは町に出掛けるべく、身支度を整えていた。
「本当に行くの?」
「ユノってば、ミラの心配性がうつったんじゃない?」
「誰かさんが無理ばかりしなければ、こんなに心配する必要もないんですがね」
「……たまにしかしてないもん」
子どもが森で一人で暮らすには、無理をしなければならないこともある。精霊に手伝えることも多くはない。ミラも多少の無理には目を瞑るが、それと心配するしないは別の話だ。頼れる部分はどんどん頼るべきである。
ユノはまだ本調子ではないリアに合わせ、歩調を落として隣りを歩く。いつもは少し後ろを歩いていたユノが、今はリアと並んで歩いているのを見て、ミラは笑みをこぼした。
「人の成長は目覚しいものですね」
その言葉は、前を歩く二人には届かない。しかし、森の精霊たちは同意するように一瞬光を強くした。
森を出て町が近付いて来ると、いつもとは違う空気を感じた。遠くから、木槌の音や笑い声が聞こえてくる。町の入口が見える頃には、花の香りや焼き立てのパンの香りが風に乗って漂ってきた。
「何だか賑やかだね」
「もうすぐお祭りだからね。町に入ったらもっと驚くと思うよ」
町の門を潜ると、通りには鮮やかな色彩で溢れていた。道には花が飾られ、屋台の骨組みには色とりどりの布が掛けられている。
通りを行き交う人々の足取りは軽く、どこか浮き足立っている。子どもたちが花の飾りを抱えて走り抜けると、花の香りがふわりと舞った。
「おーい! こっちにもっと板持ってきてくれー!」
「こっちは赤い布が足りないぞー!」
屋台を組む男たちの声が響き渡る。町は春の訪れとともに活気づいていた。
「……すごいね」
「ふふ、そうでしょう。昔からあるお祭りらしくて、毎年盛大にやっているの」
「うん、本当にすごい」
ユノは目を輝かせ、すごいすごいと繰り返す。リアもその様子を見て、楽しんでもらえそうで嬉しくなった。ここ数日、自分の看病を付きっきりでしてもらっていたので、祭りでは思いりき楽しんでもらいたい。
祭りの準備を見ていると、ふと大人たちが灯篭を並べているのが目に入った。リアの視線に気付いたユノも、灯篭の方に目を向ける。
「あの灯篭は何?」
「あれは、夜になったら灯りを入れるんだよ」
「へえ、それは綺麗だろうね」
「うん、きっとすごく綺麗なんだろうな」
灯篭の表面には細やかな花の模様が彫られている。昼の光の中で見るとただの器だが、夜になれば花の模様が浮かび上がって、とても幻想的な光景だろう。
そう思って聞いたのだが、返ってきた言葉にユノは首を傾げる。
「実は、夜まではいたことがなくて。子どもの頃は大きくなったらって言われてたし、今は一人で夜遅くまでいるのは危ないからね」
ここから森までは距離がある。この辺りは比較的治安も良いが、祭りで人の出入りが多くなれば、どんな人が入ってくるか分からないだろう。それでも、リアの少し寂しそうな顔を見てユノは口を開いた。
「あのさ、今回は夜まで――」
言いかけて、止まった。ユノの腕を小さな手が引いたからだ。
「お兄ちゃん、これあげる!」
見ると、花飾りをたくさん抱えた少女が花輪を差し出していた。色とりどりの淡い花で作られたそれはとても可愛らしかったが、なぜリアではなく自分なのだろうか。
「僕にくれるの?」
「うん! そこのお姉ちゃんにプレゼントしてあげて!」
少女は半ば強引にユノの手に花輪を押し付けると、走り去っていく。飾り付けの手伝いをしていたようで、少女は母親と何やら話しながら笑ったあと、再び飾り付けに取り掛かっていた。呆然とその様子を見つめたあと、はっと我に返る。
「……よく分からないけど、これ、良かったらもらってくれる?」
「えっと……それ……」
ユノが花輪を頭に乗せると、リアは一瞬目を瞬かせる。祭りの日に花輪を贈り合うのは、古くからの慣習だ。幸運が巡るように、と願いを込められた花輪には、相手の幸せを願って贈る場合と、もう一つ。
――最近では相手を幸せにするという意味で、恋人同士で贈り合ったりもするらしい。
しかし、リアは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「どうかした?」
「ううん、ありがとう。この花輪は幸運が巡るようにって贈り合うものなんだよ」
「へえ、そうなんだ。良い風習だね」
「……似合う?」
そう尋ねるリアの頬が少し赤い。それを見て、ユノも少し照れながらも口を開く。
「うん、似合ってるよ」
ユノはもう一つの意味を知らない。自分だけが知っている、その状況が何だかおかしくて、笑いがこぼれる。
「ユノも花輪かぶってみる?」
「えぇ? 僕はいいよ」
「ユノにも幸運が巡りますようにって」
そう言って、リアは花輪をユノの頭に乗せる。しかし、恥ずかしいのかすぐにリアに返した。春の風が、花びらを運んでいく。リアは花輪に触れ、小さく笑った。
やっと外に出られて書いてて楽しかったです。次回、お祭り回です。




