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名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第四章 静かな冬、芽吹く兆し

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第二十三話 ぬくもりの隣りで

 昼間は上着がいらないほど暖かくなる日も増えた。しかし、朝晩はまだまだ冷える。夜の森なら尚更だ。雪はほとんど消えたというのに、いまだに暖炉には火が入っている。

 今日は雨でいつもより冷えるため、暖炉の火も強めに焚いていた。


「やっぱり、雨の日はまだまだ冷えるね」


 暖炉の前で火にあたっていたリアが口を開く。もう小雨になっていたが、気温は上がらないままだ。

 一瞬、背筋にぞくりとした寒気が走り身を震わせるが、それもすぐに消えた。季節の変わり目に体調を崩すことが多いリアは、それでも気のせいかと頭を振る。


「リア」

「なに?」

「……いえ、なんでもありません」


 ミラに名を呼ばれ、身を震わせたのがバレたのかと思ったリアは努めて何でもない顔をする。ミラはリアの顔をじっと見つめていたが、結局口にするのをやめた。

 ユノは薪を入れて火の調整をしているため、こちらを見ていない。無駄に心配させる必要もないので、気付かれていないことに安堵する。


 念の為、今日は温かくして寝ようと毛布を一枚多めにかける。しかし、しばらくすると再び寒気が襲ってきた。ミラに気付かれないよう、毛布を引き寄せて目を閉じる。明日にはきっと何事もなく治っているはず。そう願いながら、意識はゆっくりと沈んでいった。


 翌朝、リアは何食わぬ顔で起きてきた。少し熱っぽい感じはするが、これくらいならまだ動ける。寝込む前にやれることはやっておかなければユノが困ってしまうだろう。あまり食欲はなかったが、食べなければ心配かけてしまうと思い、無理矢理口に流し込む。

 ミラには体調がばれているのか、先程から視線が怖いので必死に目を逸らした。


「リア、大丈夫?」

「……何が?」

「ちょっと顔色が悪いように見える」

「そう? 大丈夫だよ」


 ドキリとした。最近ユノは周りをよく見ている。リアは笑って誤魔化し、椅子から立ち上がった。その時、視界がぐらりと揺れる。立ちくらみだ、そう思って机に手をつこうと思った腕をユノが取って支えた。


「あ、ありがとう」

「やっぱり。熱がある」


 ユノの手にはリアの体温が伝わってくる。服越しからでも伝わってくる熱に、ユノは咎めるようにリアを見た。


「大丈夫、大したことないよ。この時期はいつものことだから」

「大丈夫じゃない。リアは頑張りすぎ」


 有無を言わさないユノの視線に、リアは戸惑う。「頑張りすぎ」それは昔からよく言われていた言葉だ。いつの間にユノはこんなにはっきりと自分の意見を言うようになったのか。それは嬉しい反面、今言われるのは複雑な感情だった。


「ほら、リアはもう寝て」

「でも……」

「リア、もう観念してベッドに入りなさい」

「……はい」


 今まで口を出さずに見守ってくれていたミラにまで言われてしまっては、どうすることも出来ない。何より二人の視線が怖い。リアは大人しく従う他なかった。

 一人になると途端に体が重くなる。ユノの前ではだいぶ気を張っていたことに気付いた。ベッドに横になり、目を閉じる。熱が上がっているのを感じながら、リアは意識を手放した。



 夢を見た。まだ母が生きていた頃。毎年のように季節の変わり目に体調を崩して寝込んでいても、優しく看病をしてくれていた母。上手く甘えられないリアのそばにずっと付いていてくれた。


「無理しなくていいのよ」


 優しい声で額に手を置いてくれた。熱で火照った体には、ひんやりとして気持ちがいい。母の作った薬は苦くて、でも優しい味がした。


「あなたは頑張りすぎるから」


 ああ、ユノがあんなことを言うから、母の夢を見たのだ。久しぶりに見た母の夢。自分がしっかりしないとと思って気負いすぎているのは分かっていた。ユノを守ってあげたいと。

 でも、自分は勘違いしていたのかもしれない。だって、ユノはもう自分の足で立っている。どうすればいいかと指示を仰いでいた少年はもういない。

 ふと、額に触れていた冷たさが遠ざかる。リアは慌てて母の手を掴んだ。


「待って……行かないで……!」


 自分の声で目が覚めた。目が潤んで視界がぼやけている。汗で服が張り付いて気持ち悪い。


「リア、大丈夫?」

「ユノ……?」


 歪んだ視界にユノが映る。瞬きをすれば涙がこぼれそうで、慌てて目に力を入れた。これはきっと熱のせい。そう言い聞かせる。

 その時やっと気が付いた。自分がユノの手を掴んでいたことに。


「あ……ごめん! その、ひんやりして気持ち良かったから……」


 リアは恥ずかしくなって慌てて手を離す。恐らく行かないで、と言ってしまったことも聞かれているはずだ。随分と子どもじみたことをしてしまった。これも熱のせいだ。リアはかけていた毛布を口元まで引き上げる。

 しかし、ユノは笑うでもなく、冷たい手でリアの額を撫でた。


「リアは、もうちょっと甘えてもいいと思う」


 その言葉にリアはきょとんとする。ずっと迷惑をかけてはいけないと思っていた。父が亡くなってからは、母を支えなくてはと幼心に思っていたし、母が亡くなってからは一人で立てるように努力してきた。もちろん、ミラには色々助けられてきたけれど。


「あ、えっと……僕じゃ頼りないかもしれないけど……あの、ミラもいるから……だから……」

「……ふふ」


 突然慌てだしたユノを見て、リアは思わず笑みがこぼれた。自分が黙っていた理由はそういう事ではなかったのだが、さっきまで見違えるほどだったのに、今はもういつものユノだった。でも、そういう所を含めてユノなのだろう。


「ねえ、寝るまでそばにいてくれる?」


 リアはそっとユノの服の裾を掴んだ。


「……うん、いるよ」

「ありがとう」


 そう言ってリアは目を閉じる。今はまだ、どうやって甘えたらいいか分からない。でも、もう自分一人で頑張りすぎなくても良いんだ。こうして支えてくれる人がいるのだから。



 規則正しい寝息が聞こえるようになると、ユノはそっと息を吐いた。握られたままの手を、無理に離すことはしない。

 少し離れた場所で、ミラはその様子を静かに見ていた。

 昨夜、リアの体調悪化の前兆に気付いていた。 朝の顔色も、無理をしていることも分かっていた。

 それでも、あえて強くは止めなかった。人は弱っているときほど、本音を零す。普段は決して見せない顔を、ようやく見せる。

 リアはずっと、一人で立とうとしてきた。

 

「……ようやくですね」


 小さく呟く。見守ることと、放っておくことは違う。その境目は、未だに難しい。

 それでも、今はこれで良かったと思えた。


 外では雨が上がり、換気のために開けていた窓の隙間からは、風が温かい春の香りを運んできていた。

もう少し風邪回お付き合い下さい。

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