第二十二話 雪の名残を踏み越えて
雪が降らなくなってしばらく経った。例年なら、この時期はまだ肺を刺すような冷たさを感じるはずだが、今日は穏やかな風が吹いている。
森の中にはまだ雪が残っていたが、陽のあたる場所では土が顔を出し、雪解け水が地面を濡らしている。日陰には雪が残っており、踏みしめると凍った雪がぱりぱりと音をたてながら割れた。それが面白いのか、ユノは雪を見付けるとわざわざ踏んで歩く。
今日は久しぶりに三人で町に行って食料品を買い足すことにした。リアは周りを見渡しながら、春の匂いを感じていた。
「ぬかるんでるから、気を付けてね」
リアもぬかるんだ道に足を取られないよう慎重に歩きながら、前を歩くユノにそう声をかける。ユノは泥を跳ねさせながらも、その足取りは軽やかだ。久しぶりの町なので、浮かれているのかもしれない。
「朝晩は冷えるけど、日が当たるとやっぱり暖かいね」
「そうだね、町の方はもっと春めいていると思うよ」
「そうなんだ」
森にも草木が蕾を付け始めているが、町ではもう花も咲いているだろう。森で薬草が採れるのはもう少し先になるから、町で薬草の品揃えの確認をしておくのも良いかもしれない。
そんな事を考えながら、リアも真似をして雪を踏みしめる。春は待ち遠しいが、雪が消えるのも少し名残惜しく感じた。
町に近付くにつれ、白い雪は殆どなくなり、草木の緑が目立つようになる。どこからか、花の香りも漂ってきて、すっかり春のようだった。まるで、森が冬に取り残されているように感じる。
「冬の前よりも人が多いね」
「暖かくなると色々な所から人が集まるからね。お店の品揃えも良くなるよ」
「それはちょっと楽しみだな」
冬の間はどうしても保存食が多くなるが、春になれば色々な食材が手に入って、食卓が鮮やかになる。リアもそれは楽しみだった。
町に入ると、露店の店先に春物らしい布や道具が並んでいるのが見えた。呼び込む声もどこか活気に溢れている。
「先に薬草見るね」
「うん」
そう言って、馴染みの店に入る。店に入った途端、リアは首を傾げた。棚に置いてある薬草の数が少ない気がする。店内には薄らと薬草の香りが漂っているが、いつもならもっと強いはずだ。春になったばかりとはいえ、町では冬の間も魔道具で薬草を育てているのに、と不思議に思う。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「久しぶりだね。今年は雪が多かったんだって?」
「そうなの。でも雪解けも早かったから、今日は買い物に来たんだけど……」
リアは店内を見渡す。やはり、数も種類も少ない。その視線に気が付いたのか、店主は難しい顔をしながら腕を組んだ。
「すまないね、今在庫があまりないんだ」
「何かあったの?」
「しばらく前から薬草の育ちが悪いんだ。それに加えて生活具の不調だろう? 困ったもんだよ」
店主はやれやれ、と溜息をつく。そういえば、冬前に町に来た時もそんな話を聞いた。森にはそんなに影響が出ていなかったため、すっかり忘れていた。
「森の薬草が採れるようになったら、少し卸してくれるかい? 多少質が悪くても、買い取るよ」
リアは次に来る時に持ってくる約束をし、何も買わずに店を出た。
「薬草、買わなくても良かったの?」
「うん、別に急いで必要なわけじゃなかったから」
続いて二人は食料品の調達に向かうことにした。歩きながら、リアはミラを盗み見る。ミラも何やら思案顔だった。ミラと話をしたかったが、町中で話しかけるわけにもいかない。森まで我慢だ。
市場に行くと、そこは活気に溢れていた。しかし並んでいる品物を見ると、ここでも数が少ない気がする。
雪の多さ、雪解けの早さ。これらは無関係なのだろうか。
そんなことを考えていると、店主が客と世間話をしている声が聞こえた。
「今年は雪が多かったから、移動が大変で入荷が遅いんですよ」
「町の外は大変そうよねえ」
「雪で道が閉ざされてたって聞いてますよ」
「町の中じゃよく分からなかったけど、そんな事になってたのね」
リアはその話を聞いて得心がいく。確かに雪の中品物を運ぶのは骨が折れる。ここでは雪解けが早かったが、他の地域ではまだ雪が残っているのかもしれない。色々な食材が手に入るのはもう少し先のようだ。
今日は少なくなった調味料を買い足して、食材もいくつか買って行くことにする。値段も春にしては少し高い気もするが、仕方がないことかもしれない。
買った物はユノが自分から受け取って持ってくれた。こういう自発的な行動に変化が現れていて、嬉しくなる。たまに気を使いすぎていないか心配になるが。
「ユノ、私も半分持つからね」
「まだ大丈夫だよ。それよりリアはゆっくり買い物して」
「……ありがとう」
必要な物を買い揃えて、帰路に着く。森の近くにはまだ雪が残っているが、それでも朝に比べて白が減っている気がした。
「もう雪も終わりだね……」
ユノが名残惜しそうに呟く。
「そういえば、もう少し暖かくなると町で花灯りの祭をやるよ。春の訪れを祝うの」
「お祭り?」
ユノの目が輝く。豊作を祈って行うお祭りだが、色々な屋台も出て珍しい料理も食べられたりする。夜には町の広場で大きな篝火を焚くようだが、リアは見たことがない。森と町では距離があるので、そんな時間までいると帰るのが遅くなってしまうからだ。
「屋台だけでも楽しみだよ。お祭り、初めてなんだ」
初めて、という言葉に、リアの胸がチクリとする。王都でもお祭りはあったはずだが、ユノのこれまでを考えると当然なのかもしれない。
そんな事を感じさせず笑うユノを見て、リアも楽しみになって来た。毎年ミラも一緒に行ってはいるが、町中では一緒に話せないので一人で屋台を回っているようなものだった。それが寂しくなかったと言えば嘘になる。
二人はお祭りの話をしながら、森を歩いた。
胸の中に残る小さな違和感をそっとしまい込んで。
屋台料理ってわくわくするし、普通に食べるよりおいしく感じますよね。お祭り行きたいです。




